第十九話 栃木戦(Ⅲ)
――6月31日深夜・日光市市街地・第七混成大隊・第三陸戦歩兵中隊・デルタ6――
『和真! 右から五機! 近接型!』
勇希の声がヘルメット備え付けの通信機から聞こえる。
俺は右手の一軒家から飛び出してくる近接型に突撃銃を撃つ。
『黒崎先輩! 援護するッス!』
涼の狙撃銃で二機、俺で三機仕留める。
「サンキュ、涼!」
『石田より小隊! 左側の住宅街に砲撃型多数! ロックオンに注意しろ!』
その軍曹の声と同時に前方から休む間もなく近接型が押し寄せた。
『いいですか!? 出来るだけ道路沿いに展開しなさい! 入り組んだ住宅街は近接型の思うつぼです!』
渡伍長の声だ!
そうしている間にも、スパイダーが迫る!
『とにかく弾幕を張れ! 近づかない限りこっちが有利なんだ!!』
浦田が叫ぶように突撃銃を撃つ。
俺達はとにかく車に身を隠しながら撃った。
こうすれば、いざという時レーザーの砲撃から車が盾になってくれる。
っと、噂をすれば、《被弾警報》だ!!
『警報だ! 回避運動!!』
石田軍曹に言われるまでも無く、後ろに下がる。
直後、レーザー砲弾が辺りに降り注いだが、被害は無い。
俺達は、ヴェクトルの進行を防ぐため、ひたすらにスパイダーを撃破し続けていた。
が、このままでは消耗戦だった。
司令部へ通信を送っても、『現在対策を協議中』とお決まりのセリフが帰ってくる。
今のところはまだ日光市内で足止めをしているが、いつまでこの状況が持つか……。
『デルタ7より6! 座標G67-11付近で砲撃型がまた固まって進軍してやがる! このまま来ると俺達どころか後方の戦車連隊がやばい! 何人か抽出できるか!? オーヴァー!!』
デルタ7の小隊長、ウラジミール・ヴォルコフ曹長の甲高い独特の声が聞こえた。
ここでは珍しくロシア人だが、結構陽気で面白い人だ。
『ヴォルコフ! 黒崎と佐川を向かわせる! 上手く使ってやれ!』
『おうよ!! 久賀ぁ! 坂本ぉ! 暴れるぜ!!』
『『了解!!』』
俺達は、デルタ7の久賀、坂本、それとヴォルコフ隊長と共に砲撃型の排除をすることになった。
ようするに、敵陣の奥に囲まれながら突撃するという危険な任務だ。
が、ここでやらなければ後々大変な事になる!
――同時刻・WAP極東本部・地下11階作戦司令室――
「春崎、ヴェクトルの現在位置は?」
「はっ! 座標G31、35、H07です。表示します」
河東大佐が、オペレーターの春崎中尉に現在位置を聞く。
春崎が操作をすると、戦術MAPに座標と現在位置が転送された。
「第七大隊の損耗率、17%か……だいぶ目立ってきたな」
高峰司令は顔を苦くしながら言った。
第七大隊は今やスパイダー増加を前線で受け止めている。
戦車部隊の支援こそあるが、航空支援はこちらまで回って居ない状況だった。
「現在、青森県から反応弾を積んだ部隊を送っていますが……、最速でも到着には一時間はかかります」
安斎中佐が緊張でずれた眼鏡を上げながら言う。
特に東北六県は去年の侵攻で酷いダメージを受けていたので、最低限での道路整備しか復活していなかったのだ。
それでも輸送に使われる最短距離で計算して、どう見てもそれぐらいの時間はかかってしまう。
空輸も考えたが、巨大な輸送機はいくら護衛戦闘機を付けても、バリウスの的にしかならず、ここまで輸送するのにどうしても戦域を通らなくてはならない。
「一時間……それまでヴェクトルを抑えられるのか……。壬生市の防衛線構築はどうなっている? 白石中尉」
「はっ。現在構築作業中ですが、宇都宮と真岡付近から漏れ出した敵群が合流し、大規模な戦闘が発生しています。構築状況、58%です」
白石中尉は赤城少将に的確に情報を伝えた。
「ヴェクトル三隻……反応弾……ん? 赤城少将、確か千葉県には大規模な兵器工場があった筈だな?」
河東大佐が、何かに気づいたように赤城少将に尋ねた。
「その通りだが……、まさか、兵器工場からそのまま戦場に持ってくる気か!? 確かにあそこは反応弾の製造もやって居る筈だが……」
常識的には、そんな事をしてはいけない。
反応弾はその威力と広範囲に広がる衝撃波から大量破壊兵器に分類されている。
“放射能汚染の無い核兵器”とまで呼ばれる程だ。
それを厳密な検査もしないうちに戦場で使って、万が一事故でもあったなら、被害は想像できない。
「田代! すぐに京葉工業地帯で反応弾を造ってる兵器工場を探し出せ! 使用可能な反応弾もな!!」
「了解!!」
河東大佐が田代中尉に指示を出した。
「確かに、現状ではそれが最も有効ですね……、そこからなら、MLRSを配備すればすぐにでも攻撃が可能です」
安斎中佐が射程距離を計算して言った。
湾曲フィールド反応中和弾頭誘導弾。
射程距離は、250km。
十分射程に入っている。
「京葉工業地帯、朝日重工業第14番工場区と連絡が取れました! 使用可能な反応弾2発を確認! 最終チェック完了済みです!」
田代は大声で報告した。
その声は希望を感じたのか明るさが見て取れた。
「よし!! MLRS部隊をそこへ向かわせろ! 大至急だ! 朝日重工業にも発射準備せよと連絡を入れろ!! 日光市の戦力は順次後退! 敵の総戦力を壬生市に集結させ、そこで反応弾を使い一気に敵戦力を叩く!!」
高峰司令の声で、司令部は一気に動いた。
――数十分前・第三陸戦歩兵中隊・デルタ6、7――
『黒崎ぃ! 小学校だ! 校庭にうじゃうじゃいやがるぜ!!』
超男っぽい女、久賀が面白そうに言った。
右手に校庭。
そこに砲撃型が群がるように進んでいた。
『曹長!! 三時方向から近接型! 迫ってきます!』
デルタ7の坂本がヴォルコフ曹長に叫ぶ。
坂本は中隊の中では結構大人しい方だが、射撃のセンスはいいって話だ。
『そんなのは無視しろ! 止まるな、走れ! ゴーゴーゴー!!』
はははっ!
相変わらず大胆な命令だよ!!
俺達の任務は砲撃型の撃破なので、これが最も有効だな!
「了解! 勇希! 突っ込むぞ!!」
俺は真っすぐに走って小学校へ侵入する。
『ヒャッハー!! クソ蜘蛛さんよォ!! これでも喰らえ!!』
ヴォルコフ曹長は右手に突撃銃、左手で榴弾砲を持ち、そこらじゅうに乱射した。
命令も大胆ならすることも大胆なんだこの人は。
「懐に入りゃあ何もできないよなあ!! そらッ!!」
そう言いながら、身も隠さずにとにかく撃ちまくる。
ここでボサっとて砲撃型が狙いを定めたら死ぬのは俺達だ!
姿を見られたら、早期撃破が生きる術だ!
俺はとにかく近づいて一機ずつ散弾砲で片付けて行く。
『おらおらおら! 鉛玉でも食ってなっ!!』
久賀も俺と似たような戦法で次々撃破してゆく。
俺達は、一方的に砲撃型を撃破していった。
『ヴォルコフ曹長! そろそろやばいです! 近接型が校庭に侵入してきました! あっ、九時方向からも来てます! 挟み打――』
と勇希が言い終わる前に。
『――スネークアイよりヴォルコフ!! ヴェクトル接近!! すぐにそこから退避しろ! 砲撃されるぞ!!』
なにぃぃ!?
上前方を見ると、明らかにヴェクトルはこの小学校に砲身を狙って接近してきた!!
スパイダーの補充が終わったから侵攻し始めたのか!
『臨時分隊! 逃げるぞ、急げ!! ここに居たらまずい!!』
曹長は一目散に走っていき、俺達もその後に続く。
『――うおぉぉッ!?』
曹長!?
民家の陰から急に飛び出した近接型に左腕を斬られた!
二撃目が迫ったが、ダガーで刃を受け止めた後、坂本の援護射撃でなんとか倒した。
《HQより――》
HQから広域通信!?
だが聞いてる暇はない!
『曹長、大丈夫ですか?』
『すまんな、戦闘続行に支障は無え! とにかく走れ! 行け!!』
後ろから巨大な飛行物体が迫る重圧は、ハンパじゃなかった。
『曹長!! 砲撃、来ます!!』
後ろを見て勇希が大声を出した。
砲身が光ってる!!
『頭を下げろぉぉ! 祈れ!!』
祈れってなんだよと思う間もなく、頭を抱えて伏せたと同時に、背後を物凄い衝撃が襲った。
後ろを向くと、さっき俺達がいた小学校の辺りは、黒煙と土煙が舞っていた。
多分、クレーターが出来ている。
その黒煙の中から、更に高度を下げたヴェクトルが現れた。
完全に狙いを定められた!
『くっそぉぉぉ! とにかく走れ!!』
伏せの体制からすぐに立ち上がり走った。
その俺達の前方を防ぐように近接型が立ちふさがった。
「どけぇぇッ!!」
ひたすらに突撃銃を走りながらに撃つ。
《スネークアイとりヴォルコフ! 聞こえるか!?》
今度はスネークアイから!?
なんなんだ!?
くそッ!
左の住宅街からうじゃうじゃ出てくる!
『こちらヴォルコフ! 何があった!! オーヴァー!』
《HQが今から敵を壬生市に引きつけて反応弾攻撃をする! 急いで離脱しろ! デルタ中隊も順次後退している! オーヴァー!》
住宅街から二機が飛びかかってきた!
一機を空中で叩き落とすが、もう一機間に合わない!
咄嗟に右ローリングで斬撃をかわし、撃破しようと思ったら既に勇希が片付けてくれた。
『了解! だが背後にヴェクトルがくっ付いて来てる! 一両で良いから機甲部隊を寄こせ!』
《スネークアイ了解! 向かわせるからそれまで生き残れ! アウト!》
反応弾攻撃って、早すぎないか!?
青森から持ってくるのにあと一時間弱は掛った筈だが……、とにかく、尚更ここに居たらやばい!
――その時だった。
『ぐはぁッ!』
横から突撃して来たスパイダーに、坂本が刺された。
『坂本ォォ!!』
ヴォルコフ曹長が叫んだ瞬間、
走る俺達に再び凄まじい揺れと衝撃と爆音が響いた。
背後からの凄まじい爆風と揺れで足を取られ、軽く吹き飛ばされたのが辛うじて分かった。
だが、全身に痛みを感じたと同時に、俺は意識が薄れて行くのを感じた……――。
◆人物紹介◆
名前:石田和義
性別:男
年齢:31歳
階級:軍曹(小隊長)
所属:第七混成大隊・第三陸戦歩兵中隊・第六突撃小隊・第四分隊
兵種:強襲兵(主武装:突撃銃、榴弾砲)
容姿:無精ひげと太い眉毛が特徴。肩幅も広く、筋肉質な体型。
一人称:俺
三人称:お前。
趣味:筋トレ、スポーツ観戦
詳細:基本的に真面目で、非常時にも冷静な判断が出来る。
だが性格はどちらかと言うと熱血で、時に「気合で何とかしろ!」と無茶な事を言う。
大の筋トレマニアで、勇希や涼は分隊長が石田になってからかなり筋肉が付いたとか。
デルタ6副隊長の渡伍長とは付き合いの長い戦友でありライバル。
戦闘では優秀で的確な指揮能力で小隊を導いて行く。
純粋な戦闘能力も高く、中衛からの榴弾砲での支援や、場合によっては前衛で突撃銃を持って戦う。