第7話「魔王のいたずら」
魔王城の調合室。かつて毒物などが調合されていたその場所で、リリアが回復ポーションの蓋を開け、小さな瓶に入った尿意増幅の素を数滴垂らす。
「ふふっ、こうして冒険者たちを苦しめるために調合するのも、とても久しぶりですわ」
リリアは笑みを浮かべ、ガラス瓶をゆすって中身をかき混ぜる。
「魔王様、尿意増幅ポーションが完成しました」
小さな箱をいくつか乗せた台車を押し、リリアが調合室から出てきた。
「見た目も味も、市場に出回っている物とほぼ同じにしましたわ」
「効き目はどうだ?」
「飲んでから少し時間が経つと、魔力が膀胱に吸収されて急激に尿意を高めます。すぐにはトイレに行けない状況であれば、相当苦しむはずですわ」
「すぐにはトイレに行けない状況か……建設の最中や移動中に効けば、ちょうどいい頃合いということか」
「はい。それに、私がひと口試飲しただけでかなりの尿意を感じましたから、相当な効き目になっているはずです」
リリアが「漏れそうになっている冒険者」のジェスチャーで効果の強さをアピールする。
「自信作なようだな。よし、女騎士隊に「差し入れ」してやれ」
ディリュージアの指示とともに、魔族の兵士が小さな箱を女騎士隊へと「お届け」しに向かった。
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とある建設現場で、ソニアが背伸びをしていた。
「よし、ここは完成だな」
しっかり石組みの壁で囲まれ、新品の便器が設置されたトイレが、そこにはあった。
「これでまたひとつ、安心して使えるトイレが増えましたね」
「ああ、これであの黄色いスライムがこのあたりに出ても安心だな」
「お疲れ様です」
女騎士の1人が、小さな箱を抱えてソニアたちに近づいてくる。
「旅商人の方から、差し入れだそうです」
そう言って、箱の中から瓶を取り出し、女騎士たちに配っていく。
「おっ、助かるなぁ」
ソニアはそれを受け取ると、何の疑いもなく栓を開けて飲み干した。他の女騎士たちも同様に、全く疑うことなくそれを飲み、疲れを癒した。
「そろそろ、次の現場に向かいましょうか。先行隊が既に排水設備をそこまで整えて、仮設の設備の解体まで済ませているみたいですから」
「そうだな、早く建てて、みんなが使えるようにしないと」
ソニアは立ち上がり、女騎士隊とともに次の現場へと向かった。
(……ん……?)
移動を始めてしばらくした頃。
(……少し、トイレ行きたくなってきたな……)
ソニアの下腹部に、尿意という違和感が生まれていた。朝トイレに行ったきりだからか、と最初は思った。だが、進むにつれてよりはっきりと尿意の主張が強くなる。それを無視することができないほどに、ソニアの尿意は急激に高まっていた。
「……っ」
少し内股になり、ソニアが立ち止まる。
「ソニアさん、どうしましたか?」
「……いや、なんでもない。ちょっと、トイレに行きたくなってきただけだ」
ちょっと、というのはソニアが強がっただけで、本当は今にもトイレに駆け込みたいほどにソニアの尿意は高まっている。もはや、ソニアにとっては会話どころではない。下腹部の熱さは増し、歩みを進めるたびに中身が揺れ動いて出口を叩く。
「少し、急ぎましょうか」
「……ああ、早く着いて、作業を始めるぞ……っ」
ソニアの声に、焦りが見られた。
(……っ……早くしねぇと、漏れるっ……!)
次の現場に着いた頃には、ソニアの表情は強張っていた。
先行隊が既に作業を始めてこそいたが、まだ基礎と壁の骨組みが立っている程度。便器はまだ設置されておらず、トイレとして使うには不十分な状態であった。
「……最悪だ、こんな時に限って……っ」
下腹部の圧、膀胱から発出される要求は、既に限界を訴えている。
「……っ、はやく、便器をっ、せめて、1個だけでも……っ!」
近くに身体を隠せそうな物陰はない。トイレを済ませるなら、便器を設置してしまうのが一番手っ取り早い手段だった。ソニアは建材を乗せた荷車から重い陶器製の便器を持ち上げ、それを抱えてトイレになるべき場所へと運ぶ。
じゅ、じゅっ、と、抱えた便器に下腹部を押され溢れたおしっこが下着の中に解き放たれる。
(まずいっ、もう、漏れる……っ!)
脚の付け根が熱くなり、より一層力が入る。便器を抱えなおすたび、陶器の縁が下腹部を圧迫し、限界寸前までおしっこを溜め込んだ膀胱を刺激する。ソニアは何とか壁の骨組みに囲まれた排水用の穴の上まで便器を運び込むと、それを固定するよりも前に自身のベルトに手をかけた。しかし、
(そういえば、まだ丸見えじゃ……っ!?)
まだ壁の石が積まれておらず、周りの視線を遮るものは何もない。
周囲の視線が刺さる。だが、ソニアに迷っている猶予はなかった。ぴたりと閉じられた太腿の間が、じわりと熱を帯びる。
「う、うぁっ、で、出るっ……!」
これ以上の躊躇は、無様に下半身を自身の排泄物で濡らす様を晒すだけになってしまうと悟ったソニア。慌てて震える手でベルトを外し、下着ごと下ろすと同時にソニアは便器に座った。
刹那、ぶじゃぁぁぁぁぁっ、と激しい水流が、真新しい陶器を叩く。
「はぁっ、はぁっ……ま、間に合った、が……」
あまりの爆音に、周囲の目がソニアに集まっている。醜態を晒してしまったという実感が、ソニアの顔を熱くする。
おしっこの勢いが収まっても、ソニアはすぐには顔を上げられなかった。
漏らしたわけではない。トイレには間に合っていて、パンツに最小限のシミを作ってしまった程度に収まっている。だが、それを周りから丸見えの状態でしてしまったという事実が、よりソニアの顔を熱くした。
それが呼び水となったように、現場の空気が変わった。
「待って、急に、トイレに……っ」
「私も、突然尿意が……っ」
女騎士たちの間に、ポーションの効果が遅れて効き始め、急激に尿意を訴える隊員が1人、またひとりと次々に増えていく。ソニアが自身の使った便器を固定し終えた時には、そのトイレの前に十数人の女騎士たちが列をなしていた。ポーションを飲んでいない先行隊の面々やすでにトイレを済ませたソニアが急いで便器を運び、木の板で簡易的な間仕切りを作るが、ほぼ同時にポーションを飲み、尿意を催した女騎士たち全員が間に合うには、設置し終えた便器の数は足りなかった。
「もう、だめっ……!」
我慢できないと悟り、慌てて少し離れた草陰へと急ぐ者。
「漏らしてしまうくらいなら……っ!」
その場にしゃがみこみ、股布をずらしておしっこをし始める者まで現れてしまうほどの混乱。ただの回復ポーションでは説明がつかない尿意の高まりに、隊員の中には違和感を抱く者もいた。
作業を終えたソニアは、空になった瓶を睨むように見ていた。
「……エレナに、報告しないとな」
明らかな異変。だが、自身に起きたことを報告するために思い返し、ソニアは再び全身が恥ずかしさで熱くなった。
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夜の魔王城。壁に映し出された映像には、未完成のトイレの前に列を作る女騎士たちの姿がはっきりと残されている。
「ふふっ……魔王様の思惑通りですわ」
リリアが口元を覆いながら笑う。
「ああ、建設途中でトイレの数が減るところを、ちょうど崩すことができた」
ディリュージアは腕を組んだまま、満足そうに頷く。
「効果は充分そうだな。ゆくゆくは世界に流通している回復ポーションに紛れ込ませても面白いかもしれない」
「そうなれば、もっと面白いことになるでしょうね」
リリアの声は優雅で、どこか残酷さが混じっていた。
王国が得た小さな安心は、既に次の手で揺さぶられ始めていた。




