第13話 海の恵みの肥料と、君を迎え入れるための街
塩抜きが終わったイサウィラの畑。
絶えず吹き付ける強烈な潮風の中、俺は街の漁師たちがゴミとして海に捨て、港の悪臭と水質汚濁の元凶になっていた魚の骨や内臓、売り物にならない雑魚を大量に集めさせていた。
「ちょっとカイ、これ本当に土に混ぜるの? 凄まじい臭いなんだけど!」
セリアが銀色のショートヘアを潮風になびかせ、鼻を強引につまみながら叫ぶ。
「そうだ。これは魚肥といってな。前の世界でも沿岸部で盛んに行われていた、極めて優秀な有機肥料だ。窒素とリン酸が豊富に含まれていて、塩を抜いたばかりの痩せた土に爆発的な活力を与える」
「大将、本当にこんな臭えゴミが役に立つのかい?」
手伝いに駆り出された地元の漁師たちが、半信半疑な顔で魚の残渣を土に混ぜ込んでいく。
「数日待てばわかる。微生物が分解を始めれば、嫌な臭いは消えて豊かな土の匂いに変わるはずだ。同時に、この容赦ない潮風から作物を守るために、畑の周囲に常緑樹を植えて防風林の壁を作る」
数日後、魚肥を混ぜ込んだ土壌は、見事な団粒構造を持ったフカフカの黒土へと生まれ変わった。
土が蘇ったことで、漁師も農民も目の色を変えて俺の指示に従うようになった。
「よし。土の基礎はできた。次は、この厄介な潮風を逆手にとる」
俺は広げた羊皮紙に、木炭で巨大な建造物のスケッチを描いた。
「風の力で動く風車だ。これで地下水を自動で汲み上げ、塩害で放置されていた低地を洗い流して農地を広げる。さらに……風車にタービンを組み込んで電気を起こす」
「デンキ……?」
セリアとレイラが同時に首を傾げた。
「光や熱、動力を生み出すエネルギーだ。俺の左腕のフロは超高効率のマイクロ太陽炉で動いているが、この街全体のインフラを整えるには、泥臭くても自前で稼働する発電設備が必要だ」
俺がそう呟いた、その日の午後。
『ピロリン♪ マスター・カイ! 街の図書館の地下倉庫から、大昔のオランダ型風車の詳細な設計図と、錆びていない発電モーターの部品が「偶然」発見されたとのデータを受信しました!』
「……またか」
俺は小さくため息をついた。相変わらず、俺の独り言に反応して都合よく降ってくる「上からの支援」だ。
だが、使えるものは全部使う。
俺はすぐに部品を回収させ、風車の建設を開始した。
――そんな矢先のことだった。
街の酒場で、内陸から来たという行商人がふとこぼした言葉が、俺の耳に飛び込んできた。
『真偽は不明だが一ヶ月ほど前、黒髪の珍しい女が、ここからずっと東にある赤土の巨大都市【マ・カレシュ】へ向かうキャラバンに同行していたらしい』
カオルかもしれない。いや……あいつ以外に誰がいる。
今すぐにでもこの街を飛び出し、マ・カレシュへと向かいたい衝動が全身を駆け巡った。
だが……俺は、建設途中の風車の骨組みと、ようやく芽を出し始めたばかりの防風林の苗木を見つめた。ここで俺が抜ければ、せっかくのインフラ計画も、農地拡大もすべて頓挫する。
(俺は……何のために、カオルを探している?)
焦る心を静め、自問自答する。
彼女を見つけ出すのは絶対だ。だが、見つけ出した後、彼女にまたこの過酷な世界を彷徨わせる気か?
……違う。カオルが安心して暮らせる、豊かで安全な拠点が必要だ。
「……焦るな、俺」
俺は拳を強く握りしめ、深く息を吐き出した。
「レイラ、セリア。俺はこの街を、地域最大級の漁業と農業のハブ都市に育て上げる。カオルを見つけ出し、連れ帰ってきた時……ここが最高の場所になっているようにな」
俺はイサウィラのインフラ大改革へと完全に没頭していった。
巨大な風車の羽根が力強く潮風を切り裂き、防風林が青々とした壁となって畑を囲むようになるまで。
かつては「無駄な足掻き」と笑われた土地は、今やイサウィラの豊かな食卓を支える生命線へと変貌していた。
それから、二年もの歳月が流れた。




