閑話:融和
夕暮れの街を、三人は並んで歩いていた。
ソラ、イナミ、ドミニク。
校庭での騒ぎが嘘のように、今は穏やかな時間が流れている。
「いやでもさ、あの時の顔やばかっただろ」
イナミが笑いながら言う。
「お前が一番ビビってたけどな」
ドミニクが淡々と返す。
「いやいや!?あれは普通ビビるって!」
軽口を叩き合う二人。
他愛もない会話。
くだらないやり取り。
ソラは少し後ろを歩きながら、それを聞いていた。
(……なんだろうな)
不思議な感覚だった。
目の前にいるのは、本来なら“敵側”の人間だ。
王都を危険に晒した側。
クレアたちを、あの場所を、脅かした存在と同じ陣営。
なのに――
怒りが、湧かない。
それどころか。
どこか、懐かしいとすら思ってしまう。
イナミの笑い声。
ドミニクの落ち着いた返し。
その空気が――
ふと、重なる。
王都での日々に。
(クレア……)
脳裏に浮かぶ顔。
明るくて、真っ直ぐで、よく笑う少女。
(ユイ……)
少し不器用で、それでも優しい声。
何気ない会話。
何気ない帰り道。
あの時間と――
今が、重なる。
ソラは視線を前から外した。
気づけば、道は海岸沿いに変わっていた。
潮の匂い。
波の音。
視界が開ける。
広がる海。
そして――
水平線の向こうに、太陽が沈みかけていた。
空が、赤く染まっていく。
橙から紅へ。
ゆっくりと色を変えていく空。
水面にもその光が反射して、きらきらと揺れている。
ソラは足を止めた。
その景色に、見入る。
(……綺麗だな)
ただ、そう思った。
この街は異質だ。
魔力がない場所。
地下に魔法の街がある。
アバンという存在がいる。
理解できないことだらけだ。
でも――
この景色は。
この空は。
どこか、変わらない。
同じ“世界”のものだと感じられる。
その時。
「おーい」
声が飛んできた。
振り向くと、少し先でイナミが手を振っている。
「何してんだよ、ソラ」
いつもの調子。
「ぼーっとしてないで来いよ」
その隣で、ドミニクもこちらを見ていた。
「話、まだ途中だぞ」
淡々とした声。
だが、その表情はどこか柔らかい。
ソラは少しだけ目を細める。
二人の顔を見る。
そこに敵意はない。
警戒もない。
ただ――
“普通の同級生”として接してきている。
(……ほんとに)
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
(なんなんだよ)
自分でも分からない感情。
だが、嫌じゃなかった。
ソラは小さく息を吐く。
そして――
少しだけ笑った。
「ああ」
軽く手を上げる。
「なんの話だったんだ?」
イナミがニヤッと笑う。
「お前の魔法の話に決まってんだろ!」
「いやそれもういいだろ……」
ソラが苦笑する。
ドミニクが静かに言う。
「よくない」
「普通に気になる」
三人の距離が、自然と縮まる。
歩き出す。
また、並んで。
イナミが楽しそうに話し始める。
ドミニクがそれに短く返す。
ソラも、その会話に混ざる。
気づけば。
さっきまで感じていた“よそ者感”は、少し薄れていた。
完全に消えたわけじゃない。
でも――
確実に、変わっている。
この街。
フリッス。
最初は、ただの“異質な場所”だった。
理解できないものの集まりだった。
けれど今は。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
自分の中に入り込んできている。
笑い声が響く。
夕焼けが、三人の影を長く伸ばす。
波の音が、静かに寄せては返す。
ソラは歩きながら、ふと思った。
(……悪くない)
この場所も。
この時間も。
そして――
この関係も。
まだ分からないことばかりだ。
アバンのこと。
世界式のこと。
タペストのこと。
全部、重い。
全部、簡単には受け入れられない。
それでも。
今、この瞬間だけは。
ただの“日常”として、ここにいる。
ソラは少しだけ空を見上げた。
赤く染まる空。
沈みゆく太陽。
その光が、優しく街を包んでいる。
その景色を見ながら。
ソラは静かに歩き続けた。
仲間と共に。
新しい日常の中へと。




