式典
正午。
王都中央大広場は人で埋め尽くされていた。
旗が翻り、楽団の音が空に響く。
「うわぁぁ!すごいすごいすごい!!」
ルカがぴょんぴょん跳ねながら前を見ようとする。元気全開。周囲の視線も気にしない。
「落ち着いて……まだ始まってないよ」
ユイがぼそっと言う。半分眠そうな目で城を見上げる。
ソラは周囲の警備や配置を確認しながら立ち、
レオンは腕を組んだまま無言で階段上を見据えていた。
鐘が鳴る。
扉が開く。
王族たちが姿を現す。
最後に現れたのは――クレア。
白と蒼の正装。
背筋を伸ばし、静かに階段を進む。
広場が歓声で揺れる。
「クレアーーー!!」
ルカが誰よりも大声で叫び、両手をぶんぶん振る。
「元気すぎ……」
ユイがぼそり。
「目立つじゃねーか」
ソラが苦笑する。
レオンは何も言わない。
クレアは階段上で立ち止まり、民衆へ向けて一礼。
そして微笑む。
完璧な、王女の笑顔。
誰に対しても同じ温度。
均等で、美しい。
「やっぱ別人みたいだな……」
ユイが小さく呟く。
レオンの視線は動かない。
「……遠いな」
そのとき。
クレアの視線が、ゆっくりと広場をなぞる。
儀礼的な視線移動。
――のはずだった。
止まる。
ルカの全力の手振り。
「こっちこっちー!!」
その横でユイが、片手をひらっと上げる。
ソラは静かに手を上げる。
レオンは腕を組んだまま、まっすぐ見ている。
クレアの瞳が、わずかに揺れる。
そして。
笑顔が変わる。
ほんの少しだけ。
でも確かに。
さっきより大きく。
さっきより柔らかく。
王女の笑顔ではない。
“クレア”の笑顔。
「見た!?今絶対見たよね!?」
ルカが興奮気味に振り返る。
「うん、まあ……分かりやすかった」
ユイが淡々と答える。
ソラは小さく頷く。
レオンの口元が、わずかに緩む。
「……ちゃんと、いるな」
クレアはすぐに王女の表情へ戻る。
だが一瞬だけ確かにあった。
距離が縮まる瞬間。
遠い場所に立っていても、
確かに繋がっているという証明。
ルカはまだ手を振り続けている。
ユイはもう腕を下ろしている。
ソラは静かに見守る。
レオンは、少しだけ軽くなった表情で空を見上げた。
王女と仲間。
その両方を持つ少女は、
もう一度だけ、ほんのわずかに目を細めた。
式典が終わり、歓声が遠ざかっていく。
控室。
クレアは重い正装を脱ぎ、いつもの学園用の装いへと着替えていた。胸元の装飾も外し、肩の力を抜く。
鏡の前で小さく息を吐く。
「……ふぅ」
そこへ、扉がノックされる。
「入るぞ」
国王ロイド。
その後ろに王妃ギギ、メガン、ヘルス、サラもいる。
「式典、ご苦労だった」
ロイドは穏やかに言った。王としての声音ではなく、父の声だ。
「ありがとうございます、お父様」
クレアは一礼する。
メガンが微笑む。
「堂々としてたわよ、クレア」
サラが腕を組んで頷く。
「まあ、合格点だな」
ヘルスは静かに笑った。
「民の反応も良かった」
ギギはクレアの頬に手を添える。
「少し疲れたでしょう?」
「いえ、大丈夫です」
クレアは微笑む。
そのまま一礼し、部屋を出ようとした――
「クレア」
ロイドの声が止めた。
「はい?」
「今日、広場に学園の友人たちが来ていたな」
クレアの目が一瞬だけ見開く。
「……どうして、それを?」
ロイドはゆっくりと歩み寄る。
「分かるさ」
そして、優しく笑った。
「お前が一番輝いたのは、あの四人を見つけた瞬間だった」
クレアは息を呑む。
「……そんなに、分かりやすかったですか?」
メガンがくすっと笑う。
「ええ、とても」
ギギも頷く。
「あれは王女の笑顔ではなかったわ」
サラが肩をすくめる。
「完全に友達見つけた顔だったな」
ヘルスも穏やかに言う。
「嬉しそうだった」
クレアは少し俯き、そして小さく笑った。
「……はい」
顔を上げる。
「ソラと、レオンと、ルカと、ユイは……」
言葉を選ぶ。
「本当に一緒にいて楽しい、大切な仲間です」
「王族だから近くにいるのではありません」
「私が、あの場所にいたいから……一緒にいるんです」
静かな空気。
ロイドはゆっくりと頷いた。
「そうか」
それだけで、十分だった。
ギギは嬉しそうに微笑み、
メガンは優しく目を細め、
サラは鼻で笑いながらもどこか誇らしげで、
ヘルスは安心したように息を吐いた。
王としてではない。
父と母として。
兄と姉として。
クレアが心から笑える場所があることを、純粋に嬉しく思った。
「……ありがとう」
ロイドが言う。
クレアは首を傾げる。
「何がですか?」
「お前が、そんな顔で笑えることだ」
クレアの胸が温かくなる。
「……はい」
一礼し、今度こそ部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
ロイドは窓の外を見る。
「ソラ、か……」
小さく呟く。
式典中、群衆の中で一人だけ――
立ち姿が自然だった。
王族を前にしても、過度に畏縮しない。
だが、無礼でもない。
「……気になるな」
ロイドの声は低い。
ギギが隣に立つ。
「心配ですか?」
「いや」
少し考え、
「違う、そこじゃない...」
視線を細める。
「ただ、あの少年の目は――」
「何かを見ている目だった」
ギギは微笑む。
「あなたと同じですか?」
ロイドは小さく笑う。
「それは分からん」
だが胸の奥に、わずかな違和感。
静かな予感。
嵐の前触れではない。
だが、ただの学生ではない。
そう思わせる何かがあった。
「いずれ、話す機会があるだろう」
ロイドはそう言い、窓から視線を外した。
国王としてでもなく、
クレアの父としてでもなく、
一人のクレアレス王族として。
あの少年の存在が、静かに心に残っていた。




