信頼
会場のざわめきが最高点に届く頃
決勝戦の開始の合図がした。
2人は同時に踏み込む。
ガンッ!!
木剣が真正面からぶつかり、衝撃が腕を震わせる。
押し合いは一瞬。
レオンが角度をずらす。
力で押さない。
流す。
その瞬間――
ソラの左目が、淡く緑に光る。
観客席から小さなどよめき。
式眼。
世界式を視る眼。
視界の奥で、無数の緑色の線が広がる。
重心。
筋肉の収縮。
木剣の軌道。
地面に伝わる圧力。
すべてが“ベクトル”として可視化される。
(右肩軸、横回転。次は袈裟斬り)
ソラは半歩引く。
だが――
来ない。
レオンは振り下ろさない。
踏み込みの途中で止め、
軌道を消し、
下段から跳ね上げる。
カンッ!!
木剣が弾かれ、緑の線が乱れる。
(予測分岐、修正)
ソラの左目の光が一瞬強まる。
レオンは読まれていると理解している。
だから本気の軌道を“途中で殺す”。
筋肉制御が異常だ。
普通なら体勢を崩す。
だがレオンは崩れない。
再接近。
砂が跳ねる。
レオンは低い姿勢。
左足前。
呼吸が浅くなる。
ソラの式眼が再び展開。
緑の網がレオンを包む。
複数の未来予測。
横薙ぎ。
突き。
下段払い。
(最短は突き)
ソラは内側へ滑る。
突きを受け流し、胴へ――
その瞬間。
緑の線が揺らぐ。
レオンの足が止まる。
突きは囮。
体重は既に後ろ。
回転。
背後へ抜ける軌道。
「……!」
ソラの左目が強く光る。
未来予測を強制再計算。
0.3秒。
間に合う。
振り向きざまに木剣を立てる。
ゴッ!!
重い衝撃がはしる。
至近距離。
視線がぶつかる。
レオンが低く言う。
「読んでるな」
「当然」
緑の光が淡く揺れる。
「なら、壊すだけだ」
レオンは間合いを潰す。
剣ではなく、体で。
肩がぶつかる。
至近距離ではベクトルが多すぎる。
世界式が示す分岐が爆発的に増える。
最適解が複数。
選択が一瞬遅れる。
レオンが足を払う。
ソラが浮く。
だが倒れない。
空中で体勢を調整。
緑の軌道線が地面への着地点を示す。
着地と同時に逆袈裟。
レオンが防ぐ。
乾いた衝突音。
二人は距離を取る。
呼吸が荒い。
観客の歓声が遠い。
三度目。
今度はソラから。
左目が、はっきりと緑に輝く。
レオンの全身を走る光の線。
筋繊維の動き。
視線の焦点。
呼吸のタイミング。
未来予測、0.2秒単位。
(上段フェイント、最適回避は右後方)
ソラは最短距離で踏み込む。
完璧な解。
木剣が胴を捉える――
その瞬間。
レオンは笑っていた。
世界式が示した“最適回避位置”へ、
あえて踏み込む。
効率を無視。
理論を破壊。
最適解の内側に侵入。
緑の線が、乱れる。
予測不能。
ゴンッ!!
同時打突。
衝撃が響く。
ソラの左目の光が、ゆっくりと消え、静寂が流れる。
審判が旗を迷わせる。
「……引き分け!!」
歓声が響きわたる。
決勝は引き分け。
賞品は山分けになり、
大会は穏やかな熱を残したまま終わった。
ソラは木剣を肩に担ぎ、何も言わない。
(久しぶりにこんなに疲れた。)
左目の緑はもう消えている。
ルカが駆け寄る。
「やばっ!! 二人とも人間やめてた!!」
「褒めてんのかそれ」
レオンが小さく返す。
ユイが笑いながらタオルを差し出す。
「はい。汗すごいよ」
「……ありがと」
自然に受け取る。
その“自然さ”に、レオン自身が一瞬だけ戸惑う。
――前は違った。
誰かと笑う。
少し踏み込む。
本音を出す。
そのたびに。
距離ができた。
怖がられた。
利用された。
あるいは――置いていかれた。
気づけば、自分から距離を取るようになっていた。
踏み込まなければ、離れない。
関わらなければ、失わない。
そう思っていた。
ルカが肩を組もうとしてくる。
「うおっと」
レオンは反射的に半歩引く。
……はずだった。
だが。
ソラが横から無言でルカの腕を押し戻す。
「暑苦しい」
「なんで!?」
三人が笑う。
レオンの位置は、輪の中心のまま。
誰も“避けない”。
誰も“怯えない”。
誰も“利用しない”。
ユイがぽつりと言う。
「楽しかったね」
レオンは少しだけ空を見る。
青い。
静かだ。
胸の奥に、わずかな違和感。
痛みではない。
重さでもない。
――ああ。
これ、か。
居心地がいい。
誰かと並んでいて、
警戒しなくてよくて、
強がらなくてよくて、
遠ざからなくていい。
そんな場所。
クレアがまだいない空の方向を見る。
「夜、花火だよね」
「魔導花火だな」
ソラが言う。
「派手らしいよ!」
ルカが身振り手振り。
レオンは鼻で笑う。
「ガキかよ」
でも。
今度は、ちゃんと笑っている。
ほんの少しだけ。
ルカがじっと見る。
「……戻った?」
「何が」
「顔」
レオンは眉をひそめる。
ユイが優しく言う。
「最近、ずっと遠く見てたから」
沈黙。
ほんの一瞬。
レオンは視線を逸らす。
このみんなとなら初めての俺の居場所になれる、たとえ因果が壊れようとも。
「別に」
今のレオンは喜びでも、楽しみでもない。
ただの信頼の笑顔を向けた。




