第220話 軽率に振り回してくださいよ!
春休み前最終日なこともあり、今日は午前中で授業が全て終わってしまった。
いつも通り放課後すぐに3-Sの教室へ向かったルークだが、当たり前のようにブレアはいなかった。
「――エマ先輩!先輩どこ行ったか知りませんか?」
闇雲に探し回って入れ違うのも嫌なので一旦確認しておく。
エマはすぐにルークに気づいて心配そうに表情を曇らせた。
「わからないけど……部屋にいるんじゃないかしら?早速帰省するって言ってたし、用意してるかも。」
目の前で振られていたのだ、当然エマも心配している。
ブレアが本気でルークのことを嫌がっているのならブレアの味方をするまでだが、そうは見えなかった。
「今日ですか!?」
「そうみたいよ。リアム先生が付いてきてくれないーって怒ってたわ。」
「自ら1人でですか!?」
驚きである。
早速今日という行動力にも驚かされるし、ブレア1人でというのが意外すぎる。
冬休みはリアムに連れられて嫌々という感じだったのに……。
「……俺を避けているとしか思えなくないですか?」
「ごめんなさい、私もそう思う。」
さっきまでのブレアの様子を伺ってもそうとしか思えない。
どれだけ問い詰めても別れようと言った理由は教えてくれなかったし、元気もなさそうな気がした。
列車に乗るのは苦手だと言っていたが、あの状態で1人で帰れるのだろうか。
「春休みって2週間ありますよね、2週間も先輩に会えない……?しかもこの状態で……?」
ようやく事の重大さを認識したらしい、ルークの顔に絶望の色が浮かんでいる。
なんとかしなければまずい。別れるにしろそうでないにしろ、せめて蹴りをつけるべきだろう。
ブレアはもう終わったものと思っているかもしれないが、ルークに言わせれば終わらせてたまるか、といった感じだ。
「あの先輩って――ぐっ。」
ショックで小さく震えているルークに何者かが激突してきた。
倒れるほどの重さではないが、気を抜いていたのもあり普通に痛い。
「――ルーくーん、元気ぃ?」
「……元気なわけなくないですかー。」
突撃してきた者――アリサはいつも通りにまーっと笑う。
どこからどう見ても元気がないのは丸わかりだろうに、嫌味だろうか。
「ゆりゆりは『普通』って言ってたけどぉ。」
朝ブレアにも同じように聞いたのだが素っ気ない答えだった。
傍から見るとブレアは常時元気があるとはいえないので、多分元気はないのだと思う。
「先輩普通なんですか?俺は、俺はこんなに……先輩のことを想って情緒を何億と殺したというのに……。」
「ルークくん、落ち着いて。」
情緒不安定を通り越して死んだらしい。
「もーくよくよしないのー!リサがハグしてあげるからさぁ。未練ったらしい男は嫌われるぞーなんちゃって。」
「そうなんですよ、それは重々承知なんですけど~!こんな別れ方で諦められません!」
ルークはくよくよした台詞のわりにはきはき喋る。
もうしているではないか、というツッコみをする余裕もないらしい。
「そりゃあ先輩が俺のことが大嫌いで、もう顔を合わせたくない、関わらないでほしいって言うなら俺は泣く泣く死ぬ気で先輩の意思を尊重しますよ?ちゃんと部屋も出て先輩に話しかけるのもやめて、1メートル後ろとかから見つめるだけに留めます。」
「それストーカーって言うのよ。」
そうならないためにも別れないでほしい。ルークはブレアのためを思っているのかもしれないが、ストーキングされる方が可哀想だろう。
「でも先輩俺のこと……す、きっぽくて、何で別れようとしたのかわからなくて……――すみません、俺、先輩のとこ行ってきます!」
「急に!?」
恋愛相談に入る流れかと思ったが違うらしい。
何を思ったのかルークは2人の返答を待たずに走り出した。
**
全速力で走ったルークは一瞬で寮室の前へたどり着く。
途中すれ違ったリアムに何か言われた気がするがよく聞こえなかった。無難に『廊下を走らないでください』だと思いたい。
「――っ先輩!」
そして部屋の前でブレアにエンカウントした。
本当に帰省する気なのだろう、小さめのキャリーケースがブレアの隣に置いてある。
「……おかえり。」
「ただいまです。けど!先輩は今出たとこっぽいですよね?どこ行くんですか?」
「……リアムの家。」
一応聞いてみるが、やはり帰省のようだ。
おそらく丁度施錠して出るところだったのだろう、危なかった。
「お1人ですか?」
「……うん、リアム仕事あるからまだ帰れないって。」
やっぱりブレアは普通だ。
いつも以上に素っ気ないわけでもなければ、避けられている気もしない。
「どうせ僕いないから君も早く帰りなよ。」
「待ってください!」
ルークはすぐに立ち去ろうとするブレアの腕を咄嗟に掴む。
掴んだ手首は見た目通り細く華奢で、するりと手から抜けてしまいそうだった。
「……何。」
仕方なく足を止めたブレアが振り向いても、ルークは手を離さない。
ルークがブレアと別れたと思っていないのは顔を見ればわかる。
エマが少女漫画と形容するような格好つけた台詞でも言おうとしているのだろう。
「先輩、俺――」
さて、何を言うのだろうか。
「――先輩に人生めちゃくちゃにされたいですっ!」
「……は?」
格好悪い。悩む時間はいくらでもあったはずなのにこれか。
「”されてもいい”じゃないんですよ、”されたい”んです!人生どころかありとあらゆる全てそめちゃくちゃにされたい……!性癖とか。」
「キモ……。」
驚くほど飾り気のないルークだった。あまりにもいつも通りすぎて拍子抜けしてしまう。
「呆れた。君ってやっぱり――ん、待って、人生って。」
「すみません先輩、多分昨日魔法かけまちがってました。身体は寝てるんですけど意識は全然あって。」
魔法のかけまちがい、というより失敗したのだろう。
あの魔法の手順を術式から読み解くと、先に身体を寝かせてから意識を寝かすようになっている。半分だけ使うと金縛りである。
そして無詠唱で使ったブレアは無意識に半分だけ発動させてしまったということで――遅れて気が付いたブレアがかぁっと顔を赤くする。
「え、嘘……でしょ、本当に……?」
「はい、めちゃくちゃ嬉しかったです!」
ルークに全部バレていることも、魔法を失敗したことも恥ずかしい。
更に顔の温度を上げたブレアはばっと背を向けて逃走を図る。
「だからこそ先輩がなんで別れようって言ったのかわからないんです。もし俺の今後のこと気にしてるなら余計なお世話です!俺の意思なんですから尊重してください!ルークも喜んでるしいっかって軽率に振り回してくださいよ!」
「もう行くから離――れない!?」
ルークを振り払ってしまおうと思っていたブレアだが、力の差がありすぎて手が解放されない。
魔法で自身の力を強めようとしてもどうも上手くいかない――というか、逆にするすると力が抜けていく気がする。
「待って、なにこれ……無効化魔法使ってる!?」
「すみません使ってます!別れたいならあんな可愛いことしないでくださいよ、こうやって……離したくなくなるじゃないですか。」
ブレアは一向に振り向いてはくれないが、ルークは話を続ける。
目を合わせてくれずとも、ただルークの言葉が届けばいい。
「カッコ悪いし情けないってわかってます、けど……――別れたくないです、先輩。」
ルークが少しだけ手の力を緩めると、するりとブレアが離れてしまった。
それでもブレアは逃げ去ったりはせず、か細い声で言う。
「……そうだね。」
それだけ言うとブレアは再び歩き出す。
ルークから逃げるわけでもなければ、気まずい空気から逃れるわけでもなく。
ただ当たり前に、そうするものとしてその場を後にした。




