第7話 基本級
─翌朝─
今日からまた1週間が始まる。
さて、今日から僕ら3人はあることを始める。
トレーニングだ。
魔術師が魔術を扱うにあたって大切なこと、技術、体力、集中力の3つの内、体力を徹底的に強化していく。
体力は魔術を使う上で大切であるが、実戦の時でも非常に大切な要素の1つだ。
体力があったから生き残り、無かったから死ぬ、ということはあり得る話だ。
勿論、杖無しでの魔術にも体力は必要だ。
この杖無しの魔術は、本来技術世界の人間では扱うことが出来ない。
しかし、幸い僕らには魔術世界の人間である母の血が流れているから、扱えるようにはなるそうだ。
しかし、半分は技術世界の人間である父の血が流れている。
勿論、父の事を悪く言うつもりはないが。
さらに、杖無しで魔術を操るには技術を要する。
僕らが杖無しで魔術を操る事が出来るようになるのだろうか。
いや、それ以前に基礎級の心配をした方がいいな。
火と水の基礎級は使えるようになった。が、ここが終点ではない。
いや、僕らはスタートにも立ててないのだ。
まだ、氷、雷、風、土魔法の基礎級が出来ていない。
これら6種類の魔法は、どうやら属性により、魔力の扱い方を変えねばならない。
さらに、基礎級はあくまで基礎だが、これが今後の魔術師人生にとって非常に大切な土台部分となる。
ならば、基礎級程度は無意識であっても扱えるようにならねばならない。
魔術師学校でのタイムリミットは3年半。
この期間でどれだけ手持ちを増やせるかだ。
そしてそれは、基礎級、基本級をどれだけ早く習得するかが勝負になる。
そんなことを頭の片隅に置きながら、トレーニングの準備を始める。
僕は上下ジャージに着替え、ランキングシューズを履き、長すぎる寮の廊下に出る。
早朝のため、人が全然いないと思いきや、案外廊下に出ている人が多かった。
さらに見かけた人の多くは運動着を着ていた。
彼らもトレーニングをしているのだろうか。
寮の外に出る。
空気は少しひんやりとしている。寒くはない。
目の前には芝生広場が広がり、そこでトレーニングをしている者もいる。
人間観察をしていると、兄と美奈が出てくる。
兄は半袖半ズボンで、いかにも真夏の運動時の格好をしている。
反対に美奈は色々着込んでいる。
さて、トレーニングを始めるとするが、何をしよう。
とりあえず定番のランニングだろうか。
その前に準備運動だ。
続いて、アップとして学校敷地内でのランニングをする。
学校の敷地は広大のため、一周の距離が長めだ。
とりあえず僕らは体力面はまだ大丈夫だと思っている。
僕と美奈は運動部に所属。
よって、少しは体力に自信がある。
兄は帰宅部だが、ワルガキとは思えないほど、日頃からコツコツ筋トレ等を続けている。
兄曰く、ヒョロヒョロのワルガキより、逞しい体をもつワルガキの方がいいという。
確かに一理ある。兄らしい動機だ。
ランニングの後は筋トレ。美奈は引退してから時間が経っている割には頑張ってついてくる。
時間にして1時間ちょっと。
さて、今日も基礎級の習得に励もう。
火、水の次は氷かな。
氷は元は水だ。それを凍らせる過程が必要となるだけで、基本は水と同じだろう。
まあ、氷は割りと簡単に習得できてしまった。
問題は次の雷だ。
上手いこと魔力を注げない。
と思っていると、兄が軽々と雷を生み出す。
「ねえ兄ちゃん、どうやって雷生み出したの?」
「あん?雷は簡単だよ。なんか魔力をこう...」
うん、全然分からん。
まあ、魔力の注ぎ方は感覚だからな。説明するのは難しいだろうな。
「俺的には氷に苦戦してるな。」
「氷は簡単だよ。水と途中まで過程が一緒だしね。なんかこう...」
「ああ、全然わかんねぇ。もっと分かりやすく。」
ですよね。僕だって自分で何言ってるか分からないもん。
感覚を説明するって難しい。
ちなみに美奈は氷、雷共に習得済み、今は土で苦戦をしている。
土魔法は攻撃魔法の中で、最も魔力の注ぎ方の感覚が掴みにくいのである。
残念ながら僕と兄は土以前に雷、氷で苦戦をしている。
だからアドバイスは出来ない。
美奈はエドワードに何度もお願いするが、何度頼んでも基礎級だけは教えてくれない。
なんて言っていたら、何か分かったのだろうか。
次の瞬間、土の塊を生み出した。
「やったー!」
「はえ~」
「まだ雷と氷でつまづいてるの?まだまだね」
「やかましいわ。」
すると、隣で兄が氷魔法の習得に成功していた。
「はっ、お前はまだ雷で苦戦してるのか。まだまだだな!」
うわー、なんかすごい腹立つ。
どうせまだ風と土は習得してないんだろ。
早いとこ出来るようになってやる。
と、思っていたら
「お疲れ様、基礎級を習得した2人にはこれから基本級を教える。」
ん?基礎級を習得?基本級?なんじゃそりゃ。
いや、まさかね...
しかし、エドワードは兄と美奈の2人に基本級の説明をしている。
美奈はともかく、兄も既に風と土も習得していたそうだ。
何だろうこの敗北感。いや実際敗北しているようなもんだけど。
僕に才能が無いのか、はたまた2人に才能があるのか。
後者だと願いたい。
そんなことより、早く基礎級を習得しないと。
僕はまだ雷、風、土の習得ができてない。
このままだと置いていかれる。
焦りが出てきたが、雷はなかなか形にならない。
何度も試行錯誤して、何となくは分かってきた。が、形にはならない。
「ああ~、何で出来ないの~。」
僕は嘆く。すると、
「それって魔力を注ぐことだけしか意識してないからじゃない?」
美奈が声をかけてくる。
「というと?」
「修司兄ちゃんって見た感じ魔力の注ぎ方は分かってきたんでしょ?」
「まあ、大体は」
「問題はその後よ。魔力を注いだ後に上手いこと操れてないのよ。だから形にならないんじゃないの?」
うん、確かにそうだ。
技術、集中力の内のどちらか、もしくは両方が出来ていないかもしれない。
正直技術面は何度もやるしかない。しかし、兄と美奈はあっさりとできた。しかも、基礎級だ。技術はあまり関係ないだろう。
となれば、今僕に足りないのは集中力。
確かに魔力を注ぐことには集中していたが、その後はしていなかった気がする。
そうと分かれば後は早かった。
その日の内に、とはいかなかったが、翌日中には基礎級を全て習得することができた。
いや~、実に大変だった。
さて、基本級からは本格的にエドワードの指導が入るだろう。
─基本級─
攻撃魔術は、火、水、氷、雷、風、土の6種魔法を操ることができる状態を指す。
基礎級はあくまでも生み出すだけ。基本級ではそれらの魔法を放出したり、抑制したりという操作が必要になる。
一応、ある程度操れれば基本級を習得したと見なされるが、基本級に関しては極めようと思えばどこまでも極められる。
例えば氷の彫刻を作ったりとか。
日常で使われる魔術の多くは基本級を操ったもの。
例えば、水魔法で水を出し、火魔法でお湯を沸かしたりとか。
そして、基本級からは基礎級で扱わなかった守護魔術を扱うようになる。
守護魔法は、治癒、解毒を主体とする回復魔法と、実戦時に敵の攻撃から身を守る守備魔法の2つから成る。
基本級では、回復魔法の『ヒール』を使え、守備魔法の『シールド』を使える状態を指す。
『ヒール』は、ある程度の怪我ならば、治すことが出来る。但し、骨折や出血多量などの大怪我は不可。
『シールド』は、ある程度の物理攻撃から自分の身を守る。但し、魔術攻撃の防御は不可。
というわけで、早速僕も基本級に取りかかる。
一足先に基本級を習い始めた兄は雷魔法の基本級。
これは、流す電流の調節が出来ればよい。
「アギャギャギャギャァァァ!」
どうやら兄は自分自身に電気を流してしまったらしい。
エドワードの指導で、電気の放出は出来るようになったが、下に敷いてあるゴムに狙えていないし、調節も出来ていない。
習得には程遠い。
美奈は、守護魔術の回復魔法、『ヒール』の習得に向けて訓練を始めた。
彼女曰く、女は攻撃より回復の方が似合うそうな。
しかし、回復魔法というのは習得の判断が一番難しい魔術である。
守備魔法は、自分を守るための壁を張るため、見た目や感触で判断出来るが、回復魔法は負傷人を治療するための魔術であり、それを確かめる術は、実際に治療する以外の方法はない。
そこで登場するのが、技術と魔術の融合術で作られた、回復魔法の訓練用の機械である。
これを使えば、魔力の流れから、成功か失敗の判断が出来るのだが...
機械を取りに行ったエドワードは少し困った顔をしていた。
これはもう嫌な予感しかしないよ。
「機械が壊れてまして...」
ほらほら、やっぱりそうじゃんか。
「一応発注はかけたのですが、生憎在庫が0でして、届くのに時間がかかりそうです。」
「そうですか...じゃあ修司兄ちゃん。」
ビクッと体を震わせる。
予想はついている。
「実験台になってほしいな。」
嫌に決まってる。
裕也先輩の実験台にもならなきゃいけないのに、こんなところで実験台になってたまるか。
「嫌」
「そんな...お願い...お兄ちゃん...」
美奈は僕から見ても美女である。
愛敬もあるし、普通の男なら大抵は落ちてしまう。
が、ここで落ちないのが僕である。
なぜかって?兄だからだよ。
「嫌にきまっ!?」
なっ、なんだ!?なっ、兄が僕を押さえているだと!?
「良かったじゃねえか、可愛い女の子に治療してもらえるなんて。」
兄がにやけてる。
美奈もニコッとする。
ちょちょちょ、怖い怖い。
エドワード先生、苦笑いしてないで助けてくださいよ。
「ちょっ、やめやめやめ」
足をバタつかせるが、兄の両足で止められる。
「修司兄ちゃんありがとう!私嬉しい!」
いや、何が嬉しいや。こっちは恐怖なんじゃい。
すると美奈は自身の左手に杖を向ける。
「ファイヤー!」
彼女の左手には火ができている。
「ちょっと我慢してね。」
「キャッ、キャァァァァァ~~~」
ジュワー──
「あっ、つぅぅぅぅぅぅーーー、」
痛い痛い痛い痛い。
うわ、大胆に火傷してますやん。ヒリヒリして痛い。
一応エドワードから指導を受けているので、やり方は分かってるとは思うが、さっさっと習得してほしい。
が、なかなか出来ないのが現実である。
腕のヒリヒリが止まらない。
さて、僕はこの痛みから逃れるべく、水魔法の基本級習得を目指す。
水の基本級は、水圧の調節が出来ればよい。
とりあえずエドワードに指導をしてもらい、魔力を注ぐ、が、まあいきなりは出来ないだろう。
魔力を注ぐも、水の放出が出来ず、基礎級で止まってしまう。
ここからは美奈と僕、どちらが早く習得できるか勝負だ。
まあ、美奈はこれまで失敗はしているが、回復魔法の訓練はしてきている。
に対して、僕は今始めたばかり。
早いとこ治してくれるだろう。
だが、驚く結果に......はならなかった。
「ヒール!」
美奈が回復魔法を唱える。
すると、僕の火傷が治った。
「やっ、やった!」
「おっ、痛みがない。」
成功だ。美奈は回復魔法の基本級の習得に成功した。
と思っていると、
「ファイヤー!」
ん?美奈の手から火が出てる。
あれ?おかしいな。今成功したからもう一回やる必要なんて...
「あっちゃぁぁぁぁーーーー!」
「ヒール!」
美奈が火を僕に近づけ、炙る。
そして、再び回復魔法を唱え、火傷を治す。
今度こそ終わりだな。
「アチィィィィィーーーー!」
「ヒール!」
いやいやいや、今の必要ないでしょう。
2回目は100歩譲って良しとしよう。
3回目は唐突すぎやしませんか。
「ありがとう!修司兄ちゃん!」
「......はい」
相変わらず妹は怖い。
いや、そんなことより今は水魔法の習得の方が先だ。
放出か...
基礎級はただ単に発生させるだけだから、魔力を注ぐ際に、勢いは要らない。
むしろ水だから、滑らかさが大事なのだ。
しかし放出となれば、勢いを出さねばならない。
しかし、滑らかさも無ければ水にはならない。
慣れれば簡単である。
現に、基礎級は寮で反復練習をしているから、今は難なく6種を使い分けることが出来る。
しかし、出来るまでが大変である。
出来てしまえば、感覚を忘れない内に反復することで、体に感覚を染み込ませられる。
まあ、これは魔術に限らず、大抵のことはそうだろうが。
さて、朗報だ。
水魔法を使おうと思っていたら、火魔法の基本級を習得してしまった。
魔力を注ぐ際、水とは感覚が全然違うことは感じていた。
しかし、それまでは水が形成されずに、魔力だけが外に放出されたり、形成されても、放出されなかったりした。
が、今回の魔力の注ぎ方は火発生させるときに近かったのだろう。
僕でもその感覚はあった。
何となく可能性としては察していたが、こうも簡単に副産物が出来てしまうとは。
ついでに言うと、そのまま火力の調節も出来てしまった。
まあ、何はともあれ習得したんだから良かった。
さて、2人の状況はと言うと、兄もいつの間にか火の基本級を習得していた。
雷魔法ではなく、火魔法だ。
雷は保留にして、とりあえず火魔法に切り替えたそうな。
まあ、火と雷は似ているところがある。
火と雷は共に発生させる際、爆発力を必要とする。
つまり、勢いが必要だ。
しかし、火魔法は継続的な勢いを必要とする。
に対し、雷魔法は断続的な勢いが必要だ。
魔力を溜め込み、一気に放出する勢いだ。その勢いは、火魔法の時よりも上回る。
今は、基本級のため、基本的に慣れれば大抵の人が扱えるようになるが、範囲や威力が大きくなればなるほど、技術を要する。
特に、雷魔法は勢いを出しきれなかったり、制御しきれなかったりする場合もあるため、扱いが難しく、難易度は高めの魔術だ。
まあ、まとめれば、継続的な爆発(勢い)を必要とするのが火魔法であり、断続的な高火力の爆発を必要とするのが雷魔法である。
さて、美奈はと言うと、守備魔法の習得に成功。
美奈に1発お見舞いするが、返り討ちにされる。
手がめちゃ痛い。
彼女は守護魔術2種の習得を終えた。残るは攻撃魔術。
だが、攻撃魔術の習得は若干手こずっているようにも見えた。
もしかしたら、攻撃魔術より守護魔術の方が適性なのかもしれない。
その後10日程かけて、僕らは基本級を完全習得した。
まあ、習得には色々あった。
兄の回復魔法の訓練に付き合わされたり、僕の番で仕返ししてやろうと思ったら、新しい機械が届くし...
一応、出遅れた分は巻き返した。
さて、基本級を習得したし、裕也先輩に報告だな。
作者の呟き
肉まんとピザまん。自分はピザまん派かな。