ただいま
龍の心臓、魔王の城———城内は現在、騒然としていた。
「陛下、町の住人が混乱をきたしはじめました!!!」
「陛下、もう結界が持ちません!!!」
「もう駄目だ、間に合わない!!うわあああああああああああ!!!」
混乱する城内でサファイヤは額に少なくない汗をかきながら、必死に結界を維持していた。しかし、それももはや限界だ。もう、間に合わない。
「くそっ、私じゃ此処までか・・・」
もう、限界・・・。そう、諦め掛けた瞬間———
「良く頑張ってくれた、コラン・・・。お陰で間に合った」
「・・・・・・・・・・・・えっ」
気付けば、其処には石英が立っていた。その手には、黄金に輝く林檎があった。
何時の間に・・・。しかし、それよりもサファイヤには気になる事があった。
(石英・・・、何だか雰囲気が変わった?)
それは、ほんの些細な違和感だった。何処か、前までの石英とは何かが決定的に違う。
そんな気がしたのだ。
しかし、今はそれどころでは無い。
石英は黄金に輝く剣を手元に顕現させると、虚空で一閃した。
「祓え」
刹那、町を覆っていた病も結界も一瞬の内に断ち切られた。それは、余りに呆気なかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その光景に、サファイヤはしばし呆然とした。しかし、まだ根本的に解決したとは言えない。
まだ、ルビが病に苦しんでいるのだ。
「往くぞ、コラン・・・」
「あっ、う・・・うんっ!!!」
石英は自分の家に転移した。
・・・・・・・・・
同時刻、無の世界———
「ウロボロス様。何故、アーカーシャは人間になりたいと思ったのでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・」
龍の巫女、トパーズの問いにウロボロスは沈黙で返す。トパーズは首を傾げ、ウロボロスを見る。
「えっと、ウロボロス様?」
「・・・うむ。巫女よ、お前なら既に気付いているのだろうが、俺達真なる神はそれぞれ人間を深く愛しているのだ」
「はい」
真なる神はそれぞれ形は違えど、人間に深く強い愛を抱いている。そう、つまりそれはアーカーシャも同様の事だ。彼は人類を愛し、共に歩みたいと考えていた。
・・・しかし。
「アーカーシャも人間を愛していた。しかし、真なる神は強大すぎる。その存在だけで多元宇宙を滅ぼしうる程にな」
「・・・・・・・・・・・・」
「それ故、俺達三柱はこの無の世界で人類を静かに見守る事にした。しかし、アーカーシャはそれに納得しなかったという訳だ」
アーカーシャは人類を愛していた。本当は、共に歩みたかったのだ。
しかし、真なる神は強大すぎる。それ故に、アーカーシャは一計を案じた。
それが、人間として転生するという事だ。
アーカーシャは自身に枷を嵌め、人間の器を得る事で人間と接する事に成功した。
しかし、それには弊害もあった。
人の器を得たと言っても、元は人ならぬ身だ。人の世に簡単に馴染める筈が無い。
人の器を得、人の名を得たアーカーシャの転生者。彼は幼少より自身の特異性に苦しむ事となる。
「・・・そう。そういう事か」
「・・・・・・うむ」
トパーズは納得して、無の世界の空を仰いだ。
それが真実。石英の背負った長年の孤独の真相だった。
・・・・・・・・・
その頃、石英の家では———ルビはもう、限界に来ていた。
「母さん!!母さん!!」
「・・・・・・・・・・・・」
ルビの体温は40度近くにも達し、意識もかなり危うい。もはや、限界だ。
「くそっ、俺は何も出来ないのか!!!」
黒曜が絶望の言葉を上げた、その時。
「ルビ!!!」
「っ、父さん!!?」
石英とサファイヤが、部屋に入って来た。その手には、黄金に輝く林檎が握られている。
「黒曜、この林檎を飲みやすいようすり潰してくれ!!!」
「っ、解ったよ!!!」
黒曜は黄金の林檎を持って、部屋を出て行った。石英は、ルビにそっと近付く。
「・・・・・・石、英?」
「・・・ああ、ただいま。ルビ」
石英の帰還に、ルビは安堵し微笑んだ。ぎこちない笑みだった。




