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現在、魔王の城は賑やかに沸き返っていた。機械仕掛けの神に勝利した宴の最中だ。
魔王の城、大広間で酒を呑み、肉を喰らいの大宴会。皆が勝利に酔いしれている。
普段なら場を弁えて控えているだけの執事やメイド達も今夜は無礼講。全員参加している。
幸いにも重傷を負った者は居た物の、死んだ者は一人も居なかった。全員が無事、生還した。
それも当然だ。何故なら、石英が予め全員に守護結界を張っていたのだから・・・。
守護結界———星王の加護。
この加護を受けた者を星の如き堅牢さで守る守護結界。絶対防御に位置する守りだ。
この守護結界、並の攻撃なら例え神の一撃であろうと防ぎ切るだろう強度を誇る。
まあ、今回は残念ながら並ではなかったのだが・・・。それ故に重傷者が多数出た。
・・・まあ、それも石英が全員回復させた事で無事に帰還を果たせた。今は兵士達全員が酒を呑み、料理を喰らいながらどんちゃん騒いでいる。中にはがははと粗野に笑う者も居る。
そんな中、石英はルビやサファイヤと共に談笑していた。
ルビは酒気が入って薄っすらと頬を赤く染めている。対する石英とサファイヤはまだ平気。素面と言ってもほとんど良いくらいだ。既に空の瓶が幾つも出来ているが・・・。
石英もサファイヤも、異常に酒に強いのだ。
「ああ、そうだ・・・。明日、僕はヘリオの許に行ってくる」
何でもない様な声で石英はさらっと告げた。しかし、その発言にルビとサファイヤは目を丸くする。
「えっと・・・、何か用事でも?」
「ああ、少し気になる事がな・・・・・・」
サファイヤの質問に、石英は端的に答えた。そんな石英に、ルビは小首を傾げる。
「・・・・・・用事を教えて貰っても良い?」
「・・・ああ、この短刀の事だ」
石英は腰に差した短刀を見せ、そう答えた。
短刀・神無———竜女王から授かった竜種の秘宝。かつて、人間の鍛冶師が打った短刀である。
しかし、今回の戦いで新たな疑問が出た。デウスの口にした対神兵器だ。
この短刀には秘密が隠されている。それが何なのか、一度竜女王に聞く必要がある。
「「・・・・・・・・・・・・」」
ルビとサファイヤは黙って石英の瞳を見る。石英も、それを真っ直ぐ見返した。
三人の間に沈黙が流れる。三人の耳から周囲の喧騒が消え、この空間だけ無音と化す。
その時———
「・・・えっと、石英さん?」
おずおずと石英に話し掛ける者が居た。サンゴだ。ぶどうジュースの入ったコップを片手に、独りぽつんと立ち尽くしている。
その姿はまるで子犬の様で、思わず石英は笑いそうになる。・・・まあ、笑わないが。
「ん?何か用か・・・?」
「・・・・・・その・・・えっと、あっ・・・ありがとうございます!!!」
突然、サンゴは頭を下げて礼を言った。その姿に、少しだけ注目が集まる。
・・・が、すぐに興味を失ったのか、視線を戻してまた騒ぎ出す。まあ、実際は石英が皆の認識を操作して気にしないように思考誘導しているのだが。
「・・・・・・・・・・・・ん、何が?」
「・・・・・・俺と姉ちゃんの故郷の、両親の仇を取ってくれて」
「・・・・・・・・・・・・」
石英は黙ってサンゴをじっと見る。対するサンゴは深々と頭を下げたまま、微動だにしない。
ルビとサファイヤは黙って二人の様子を見る。・・・やがて、石英は軽く溜息を吐いた。
「・・・はぁっ、別に良いよそんな事。で、話はそれだけか?」
「いえ、その・・・実はこれから姉ちゃんと二人で暮らしていこうと思っているんですが」
そう言って、サンゴはついっと目を逸らす。その頬は心なしか赤い。その視線はメノウの方に。
その反応に、石英達は僅かな不安を抱く。
———え、何?君達そういう関係なのか?姉弟で???
「あー、サンゴ・・・。君とメノウは確か姉弟だったよな?」
「?そうですけど・・・」
「・・・・・・そ、そうか」
触れてはならない何かに触れた気がして、石英は黙り込んだ。他の二人も呆然と黙り込んでいる。
石英達のその姿に、サンゴはきょとんっとしていた。
そんな空気を察したのか、メノウが不思議そうな顔で近寄って来た。
「・・・どうしたの?」
「っ・・・ね、姉ちゃん!?」
姉の登場に、サンゴはあからさまに挙動不審になる。そんな弟に、メノウは小首を傾げる。
若干、空気が変わったのを石英達は察した。嫌な予感が強くなる。
「・・・・・・?どうしたの?」
「えっと・・・あの・・・その・・・・・・」
「???」
挙動不審なサンゴに、メノウは更に不思議そうな顔をする。・・・やがて、サンゴは意を決した。
「っ!!姉ちゃん、いや、メノウ・・・俺と二人で暮らして下さい!!!」
それは、遠回しな告白だった。石英達に強い衝撃が奔った。嫌な予感は的中した。
・・・当のメノウは目を大きく見開いて固まっている。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・姉ちゃん?」
サンゴの不安そうな声。それは、もし自分が拒絶されたらという不安だ。
やがて、メノウの瞳からぽろぽろと涙が溢れ出した。サンゴはぎょっとする。
「っ、姉ちゃん!?」
「・・・・・・っ、ひぐっ・・・わ、私も・・・っ、えぐっ・・・サンゴと一緒に、暮らしたい」
「っ!!?」
それはつまり、そういう事だ。メノウの了承の言葉に、サンゴの瞳からも涙が溢れる。
やがて、サンゴとメノウはどちらからともなく抱き締め合った。強く、強く、抱き締め合った。
その姿に、石英達は呆然と見ている事しか出来なかった。
・・・・・・・・・
次の日———
石英は一人、無名の天空都市———竜女王の城へと来ていた。石英の目の前にはにこやかな竜女王。
石英が来たと聞いて、ヘリオドール自ら迎えに来たのだ。
「カッカッカッ!!良く来たな、石英君」
「ああ、今回はヘリオに直接聞きたい事があって来たんだ」
「カッカッカッ!!うんうん、なら応接室でゆっくり聞こうか」
それにしてもこの竜女王、御機嫌である。石英が来た事がよっぽど嬉しいらしい。
「・・・・・・・・・・・・後で模擬戦でもするか?」
「マジ!!?いやあ、この後が楽しみだ。カッカッカッ!!」
「・・・・・・はぁっ」
———そんな事だろうと思った。
石英は深く溜息を吐いた。ヘリオドールの顔が、先程から戦いたそうにうずうずとしていたからだ。
戦闘狂は相変わらずの様だ。執事長のカルサイトも疲れた様に溜息を吐いていた。
本当に、やれやれだ。
・・・所変わって応接室。室内には石英とヘリオドール、カルサイトの三人のみが居た。
「で、今回の用件は何かな?石英君」
「・・・用件はこの短刀の事だ」
そう言うと、石英は短刀・神無をテーブルの上に置いた。
「ふむ、神無がどうかしたのかな?」
「昨日の機械仕掛けの神との戦いの際、神無を見たデウスが言っていたよ、対神兵器と。ヘリオなら何か知っているのではないのか?」
石英は単刀直入に問う。ヘリオドールは真剣な表情になると、少しばかり考え込む。
「・・・・・・・・・・・・対神兵器、か。なるほどね」
「何か知っているのか?」
石英が問うと、ヘリオドールは静かに頷いた。僅かに静寂が流れる。
ヘリオドールはゆっくりと話し始めた。
「まず、端的に言うとその短刀はある神器を模した贋作らしい。それが神無の正体だ」
「贋作?」
石英は怪訝そうに首を傾げた。ヘリオドールは頷く。
「そうだ。とある蛇神の尾から出てきた神剣、その精巧な贋作だと言う。刀鍛冶であった父はアマクニという名の鍛冶師の一派に属する者だったらしい」
「っ!?アマクニ・・・、鍛冶師天国か!!!」
天国・・・。神代鍛冶とも呼ばれる伝説上の鍛冶師。日本刀剣の祖ともされる。
彼の逸話によれば、平家の家宝である小烏丸や三種の神器である天叢雲剣を打ったとされている。
一説によれば、複数人存在したという説もある。謎の多い鍛冶師である。
「・・・・・・まあ、私が知っているのはそのくらいだな。何せ、あまり自分の事を多くは語らない父親だったもんだからなぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
しかし、いまの会話で解った事もあった。石英はヘリオドールに礼を言い、席を立った。
・・・その後、石英は模擬戦でヘリオドールを散々叩きのめした。




