初めまして、機械仕掛けの神
ボロボロのサンゴを連れ帰った石英は案の定ルビに泣かれた。そんなルビに、石英は地に額をこすり付けて土下座をする。
ぐったりとボロ雑巾の様なサンゴの姿に、メノウも泣いた。二人を泣かせ、石英は更に焦る。
そんな彼の姿に、サファイヤとムーンは苦笑する。
・・・結局、石英は一時間半もの間土下座をし続けた。そうして石英は実感する。これからもきっと、自分はルビには勝てないのだと。そう思い、憂鬱そうに溜息を吐いた。
・・・・・・・・・
午後20:00ジャスト———魔王の城、頂上。
石英は星を眺めながら白ワインを飲んでいた。そんな石英に背後から声を掛ける者が居た。
サンゴだ———
「石英さん」
「来たか。・・・で、何か用か?」
石英はサンゴに炭酸ジュースの瓶を渡し、隣に座らせた。サンゴは少しの間黙り込んでいたが、やがて炭酸ジュースを一気にあおると意を決した様に問い掛けた。
「俺は・・・本当に強くなれるんでしょうか・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は目を見開き、サンゴの顔を見る。サンゴは不安そうな瞳で石英を見詰め返す。
「俺は弱い。どうしようもなく・・・・・・弱い。そんな俺がどれほど努力しても、結局は無駄では」
「それは無いよ」
石英は即断した。迷いなく。一切躊躇わずに。
その瞳は、強い強い光を宿していた。
「石英さん・・・?」
「確かに、この世界にはサンゴよりも強い奴はたくさん居るだろう。けど、それでも努力は決して無駄なんかじゃ無いんだ。むしろ、生まれ持った才能よりも努力の力の方が素晴らしいと僕は思う」
「・・・・・・・・・・・・」
努力出来る事は、それだけで素晴らしい。それは決して無駄でも無意味でも無い。
だからこそ、サンゴの努力はきっと報われる。石英はそう信じている。
一の努力で駄目なら十の努力を。それでも駄目なら百を。尚駄目なら千を、万を、億を、兆を。
ひたすら努力を重ね続ければ良い。そうすればきっと報われる。そう信じているから。
「がんばれ、サンゴ。君の努力はきっと報われる」
「っ、はいっ!!!」
石英の力強いはげましに、サンゴは笑顔で頷いた。
大丈夫。その努力は無駄なんかじゃない。だからこそ、決して諦めない。もう、二度と迷わない。
サンゴは今度こそ、迷いを振り切った。石英とサンゴは共に笑い合う。
そんな二人を、物陰からサファイヤとメノウが見ていた。空には綺麗な月が浮かんでいた。
「あっ、それワインの瓶だった」
「ごほっ!!」
中々締まらなかった。やれやれだ。
・・・・・・・・・
それから一ヶ月の時が過ぎ去った———
龍の心臓、南門前に十万にも近い兵が集まっていた。その一人一人が一騎当千の実力者達である。
その兵達の前に、石英は立っていた。何時もの黒いコートの下に竜の鱗と皮で作った軽鎧を着ている。
将を任された者が短刀一振りだけというのは、格好がつかないとヘリオドールから渡されたのだ。
最初は動きにくいと断った石英だが、最終的に押し負けた。
ちなみに、石英の黒いコートは元々父親の遺品であり、錬金術によって作られた物だ。その防御性能は神の纏う鎧にも匹敵する。しかし、当然それをヘリオドール達は知らない。
石英は一応その事には気付いている。しかし、石英にとってはとても丈夫なコートで父親の遺品である以上の意味は持っていない。それ以外は全く気にすらしていないのだ。
石英はこほんっと咳払いをすると、兵達に向けて声を張り上げる。
「諸君!!これより我等は機械仕掛けの神、通称デウスとの戦闘に入る!!自身の守るモノの為、大切な何かの為に戦う覚悟があるなら、その為に我に命を預けられるなら、共に戦おう!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!!!』
割れんばかりの怒号が響き渡った。どうやら、臆する者は居ないらしい。
石英は満足そうに頷いた。
「では、往くぞ!!!」
石英は片手を振るい、異界への扉を開いた。そのまま、異界へと入ろうとする石英。
と、その時———石英に声を掛ける者が居た。・・・サンゴだ。
「石英さん!!!」
石英は足を止め、サンゴと向き合う。サンゴは真剣な瞳で石英を見ていた。
まるで、何かを覚悟している様な———そんな瞳だ。
「どうした?何か僕に用か?」
「・・・俺を、俺もデウスとの戦いに連れていって下さい!!」
サンゴのその言葉に、場が騒然とする。
当然だ。サンゴはまだ子供。そんな子供を連れていく訳にはいかないだろう。
石英は目を鋭く細め、サンゴをじっと見た。サンゴは一瞬たじろぐが、それでも真っ直ぐに見返した。
「サンゴ、これは遊びじゃ無い。下手をしたら本当に死ぬんだ。・・・解るな?」
「解っています!!けど、それでも俺は行きたい。いや、行かなきゃいけないんだ!!」
その瞳は本気だ。恐らく、サンゴは強い覚悟を決めて来たのだろう。
或いは、デウスを倒さなければ未来を見据えて生きられなくなっているのだろう。
「・・・・・・本気、なんだな?」
「はいっ!!!」
その返答に迷いは一切無い。覚悟は既に決まっている。
なら———
「解った。無理も無茶もしない、危険だと判断したならすぐに撤退する。それを守るなら来い」
「はいっ!!!」
そうして、石英とサンゴ、兵達は異界へと足を踏み入れた。その姿を、陰からメノウが見ていた。
「・・・・・・サンゴ」
その瞳は、とても心配そうだった。
・・・・・・・・・
異界は何処までも広がる荒野だった。空には黄金に輝く魔力が満ちている、黄昏の空だ。
「じゃあメノウ、頼むよ」
「は、はいっ!!」
緊張した声でメノウはカードを取り出し、魔力を高めていく。それは、無色の魔力だった。
幾何学模様の円陣と数字の羅列が浮かび上がり、周囲は幻想的な光に包まれる。
誰もがその光に心を奪われる中、異変は起きた。
空間に亀裂が入り、其処から銀の魔力光が噴き出す。吹き荒れる魔力の嵐。
そして、その亀裂からまず腕が出てきた。二つの掌が亀裂を広げ、ついにその者は姿を現した。
「ふむ、呼ばれた気がして来てみたが。かなり手荒い歓迎の様だ」
白銀の髪に薄い水色の瞳、白い肌。色素の薄い肌からは歯車の様な物が見えている。
間違いない。こいつが機械仕掛けの神"デウス・エクス・マキナ"だ。皆がそう確信する。
「初めまして、機械仕掛けの神。短い付き合いとなるがよろしく願う」
「・・・・・・ほう」
デウスは目を細め、不敵に笑った。石英も不敵に笑う。
瞬間、石英の魔力とデウスの魔力がぶつかり合った。その魔力の圧だけで異界全体が軋みを上げる。
白銀の魔力と黄金の魔力が拮抗し合い、互いにせめぎ合う。
その力のぶつかり合いは、まさしく神域の戦いだ。その魔力の圧力に、誰もが冷や汗をかく。中には膝を着く者さえ居る程だ。その力のせめぎ合いは只々激しく、苛烈だった。
そして———
「おおおおおあああああああああっっ!!!」
絶叫と共に、人造太陽に等しい大火球がデウスを襲う。サンゴだ。
その大火球は激しい熱波と火柱を上げ、炸裂する。
倒したか?誰もがそう思った。誰もがそう信じたかった。しかし———
「くはっ!他者の戦いに割って入るとはつくづく無粋な奴よ」
デウスは全くの無傷だった。傷どころか、焦げ目一つ付いていない。
ありえない。場を絶望感が満たす。だが、それでも諦めない者が一人居た。
「諦めるな!!!心が折れたらその場で負けだ!!!」
石英だ。石英の瞳には、未だ闘志が燃え盛っている。まだだ、まだ負けていない。
その闘志を受け、全員の闘志が再び燃え上がる。
「ほう」
それを見て、デウスは笑みを深めた。此処に、機械仕掛けの神との戦いの火蓋が切って落とされた。




