山の民
境界の山脈―――
現在、石英とルビの二人はアルカディアとニライカナイの国境に位置する山を登っている。
この山脈を越えれば魔王の国、二ライカナイである。
二ライカナイ―――生命と豊穣の大国と言われ、竜種や吸血種、果ては巨人族などの多種族が共存しているらしい。
種族の垣根を越え、魔王の名の下に多種族が共生する理想郷、それがニライカナイである。
閑話休題―――
現在、石英とルビは山を登っているのだが、鍛えている石英と違って長年洞窟に閉じ込められていたルビだ。
山を登る体力がある筈も無い。すぐに体力が尽きて倒れ込んでしまった。
「っはあ・・・はあ・・・っ、ごほっごほっ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
流石にこれ以上は危険だろう。そう判断した石英は少し早めに野営の準備に入るのだった。
―――18:30―――
石英とルビは食事を済ませ、星空を眺めながらの会話をしていた。話の内容は主に石英の事だ。
石英の事をもっと知りたいとルビが強く言ったのである。石英は苦笑しつつ、当たり障りのない事を話す。
ルビが質問する事に石英が答える。石英の好きな事、嫌いな事、得意な事、苦手な事、その他様々な事を聞いていた。
しかし、ある質問の時―――
「ねえ、石英の両親ってどんな人?」
「――――――――――――――――――」
途端に、石英の瞳が冷たく無機質な物に変わった。顔の表情は抜け落ち、能面の様だ。
その余りの変貌にルビの背筋がゾッとする。
「せっ、石英?」
「・・・父さんと母さんは死んだよ。僕が小さい頃にね」
「・・・・・・・・・えっ?」
不意に零れた呟きに、ルビは愕然とする。石英の両親が死んだ?
その言葉は余りにも無感情に放たれ、そして同時に物悲しい響きがあった。
もしかしたら石英も悲しいのかもしれない。涙こそ出ていない物の泣いているのかもしれない。
そう思ったら、ルビも悲しくなってきた。その時――
「ルビ、こっちに来い」
「え?」
石英はルビの腕を引っ張り、自分の胸元に抱き寄せた。突然の事に、ルビは混乱する。
しかし、次の瞬間その意味が解った。―――牛骨で出来た仮面を被った集団に囲まれていたのだ。
仮面の集団は槍や弓矢を構え、二人を取り囲んでいた。その瞳は明らかに敵意がある。
「お前達は何者だ?何故僕達に刃を向ける?」
「お前達こそ何者だ!この山が我々山の民の物だと知ってて侵入したのか!?」
石英の問いに対し、槍を持った戦士が怒気と共に問い返す。仮面で顔は解らないが、衣服を押し上げる豊かな胸としなやかな身体付きで、すぐに女性だと解った。
無骨な牛骨の仮面を被っているが、艶やかな黒い長髪と澄んだよく通る声とはミスマッチだ。
「僕達はこの山を越えて隣の国に行きたいだけだ。この山をどうこうするつもりは無いよ」
「・・・・・・・・・本当だな?」
「本当だ」
女戦士は暫く俯いて考え込むが、やがて顔を上げて言った。
「お前達を長老の許に連れて行く。付いて来い」
そのまま石英とルビは山の頂上へと連れて行かれた。
・・・・・・・・・
山の頂には神殿の様な物があった。白い石造りの神殿で、入口に星央神殿と名が彫られていた。
星央神殿―――そう、此処は星の中央である。
神殿の入口で待たされる事約一時間、ようやく中に入れて貰えた。神殿に入ると、中は明らかに外観よりも広くなっていた。
女戦士に聞くと、魔術で中の空間を拡張していると言う。
「空間を拡張しているって事は、もしかして神殿の中は外よりも時間の流れが早いのか?」
「ああ、知っているのか?」
「少しだけな」
ルビは意味が解っていなかったようなので、要点だけ解り易く説明する。
―――つまり、時間と空間には密接な繋がりがあり、時間が遅くなれば空間が縮み、逆に時間が早くなれば空間が拡張すると言う。
これは光の速度とも関係しており、光速で移動する物体は空間を縮め、結果として時間の流れが遅くなると言う。
この理論は石英の元居た世界では既にある人物によって証明されている。
話を戻そう・・・。
神殿の奥には純白の神官が着る様な服を着た人物が居た。この人物も牛骨の仮面を被っていたが、その奥から覗く瞳は油断ならない物があった。
「お前達か?この山を越えて隣の国に行きたいと言うのは」
その声はしわがれているが、しっかりと力の籠った男の声だった。どうやらこの男が長老らしい。
「はい、僕の名は石英と言います。貴方が山の民の長老ですね?」
「そうだ―――ワシが山の民の長老、ウレキだ」
ウレキと名乗った男は牛骨の仮面を外す。中から白髪に白い髭の彫りの深い顔が現れた。
長老ウレキは石英の顔をじろりと観察する様に見る。
「・・・ふむ、ならワシの提示する条件を満たせたら、この山の通行を許可しよう」
ざわり、と山の民の者達がざわつく。慌てて女戦士が飛び出してくる。
「長老!?本気ですか!!」
「うむ、シディアか・・・。そうだな、石英とやら、このシディアに勝つ事が出来たらお前達の事を認めよう」
「長老!?」
シディアと呼ばれた女戦士が更に慌てる。山の民達のざわつきからして、かなりの武芸者の様だ。
要するにシディアと戦ってその武勇を示せと、そう言う事なのだろう。
「解りました。その条件、受けましょう」
「石英!?」
今度はルビが慌てたが、石英は気にしない。そのまま石英とルビは山の民達に連れられ、中庭に造られた訓練場に行った。
―――00:25―――
中庭の訓練場で石英とシディアは向かい合っていた。石英は片手に木剣を握っており、シディアは木製の槍を握り、構えている。
ルビとウレキは山の民達と共に訓練場の外から様子を見ている。ルビはとても心配そうだ。
そして殺人鬼と女戦士、二人の決闘がついに始まる。
「っ!!」
先に動いたのは石英だ。石英は一瞬の間に距離を詰め、シディアの懐まで近付いた。
「なっ!?」
余りの異常な速度にシディアは驚愕する。
当然だ。石英は文字通り距離を縮めたのだ。
縮地法―――
空間上の距離を縮め、疑似的に空間転移する技術。石英の奥義の一つである。
一閃。石英の放った斬撃は木剣であろうと必断の鋭さを持つ。
その気迫と鋭さを悟ったシディアは後方へと跳んだ。だが、避け切れずに衣服が僅かに切れた。
その剣技にシディアは思わず息を呑んだ。この男は此処まで強かったのかと。
「此処からは全力で往かせて貰う!!」
今度はシディアの方から突撃を仕掛けて来る。石英はそれを迎え撃つ様に構える。
シディアが一息に十二の刺突を繰り出すと石英はそれを全て木剣で受け流した。逆に石英が斬り掛かるとそれを槍で絡め取る様に受け流し、反撃をしてくる。
二人にはもはやお互いしか映っていない。集中力を極限まで高め、刹那の攻防を繰り返しているのである。
だが、集中力も何時までも続く訳ではない。酸素濃度の低い山頂ではすぐに息が上がる。
そして、ついに限界はやって来た。
石英が片膝を地に付けた。
これを好機と見たシディアは石英の左胸を槍で突く。この場に居る者全てが石英の死を幻視した。
しかし―――
シディアの槍は何も無い空間を穿った。シディアが突いたのは残像だったのだ。
「なっ!?」
次の瞬間、シディアの首に木剣が添えられる。
「僕の勝ちだ」
呆然とするシディアの背後で石英が勝利宣言をした。
次の瞬間、石英の背に抱き付く者が居た。ルビだ―――
ルビは石英の背に顔を埋め、泣いていた。
「良かった・・・。石英が生きていて本当に良かった・・・」
泣きじゃくるルビを石英は苦笑しつつ宥め続ける。そんな二人に近付く者が居た。
ウレキだ。
「ふむ、良くやったな石英よ。ワシはお前達を認めよう」
その言葉と共に、山の民達から歓声が上がる。石英とルビが山の民に認められたのだ。
・・・歓声に沸く中、シディアは一人、ぼんやりとした瞳で石英の姿を見ていた。
・・・・・・・・・
その後、長老ウレキに認められた石英とルビは、山に一晩泊めて貰う事になった。
―――03:00―――
石英の眠る部屋に忍び込む者が居た。シディアだ。
シディアはこっそりと石英に近寄り―――
「何か用か、シディア?」
「っ!?」
シディアは驚きに身体を硬直させる。まさか気付かれるとは思っていなかったのだろう。
硬直したまま、何も話せない。そんな彼女に石英は溜息を吐く。
「取り敢えず、外で話そうか」
シディアはコクンッと頷いた。
神殿の入口前に、石英とシディアの二人は居た。片や堂々とした、片や何処かそわそわした姿で共に座っている。
「で、僕に何か用か?」
「・・・・・・・・・」
問われたシディアは黙って仮面を外す。仮面を外すと、中からは透ける様な白い肌の美しい黒髪の少女の顔が現れた。
シディアは頬をほんのりと朱に染め、それでも石英を真っ直ぐに見詰めて言った。
「どうやら私は貴方に本気で惚れた様です。どうか私と付き合って下さい!」
・・・告白された。




