幸せになれないよ
―――09:30―――
朝、起きたルビと共に身支度を済ませ、下山の準備に掛かる。不意に石英が欠伸を噛み殺した。
「ふあっ」
「石英、眠そうだね」
「ああ、ちょっとな・・・ふあっ」
睡魔に襲われながら石英は数時間前の事を思い出す―――
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・」
「貴方の事が大好きなんです。好きになってしまったんです」
そう言って、シディアは石英の胸にそっと寄り掛かり、抱き付いた。ふんわりとした甘い香りがシディアから漂う。
若干、花の様な香りも混ざっている気がする?
これだけでも、並の男なら瞬時に魅了されてしまうだろう。しかし―――
「あー、えっと・・・、何時からだ?僕に好意を抱いたのは」
石英は少しも照れた様子すら無く、僅かに困った様な顔で問うた。シディアは少しだけ残念そうに笑みを浮かべる。
実はシディアは石英の部屋に来る前、催淫作用のある花のエキスを身体に振り掛けていたのだ。
残念な事に、石英には効果が無かった様だが・・・。
シディアは何処か諦めた様な顔で、石英の問いに答える。
「決闘で貴方に負けた時から・・・。あの時、私を負かした時の貴方の姿を見た時、不覚にも私の心は貴方の物となりました」
つまり、こう言う事らしい―――
これまでシディアは、一部の例外を除いて負けた事が無かったらしい。もちろん、只の人間には負けた事が無いと言う。
その戦闘能力は巨人に匹敵する程だ。それを石英は互角に戦って見せ、見事打ち勝ったのだ。
その時の堂々とした姿に、シディアは惚れたと言う。
ちなみに、シディアの言う一部の例外とは、竜の女王と魔王の二者である。この二者に神、ミカドを含めた三者には絶対に戦いを挑んではならない、それがこの世界の暗黙の了解である。
「・・・・・・・・・そうか」
石英は納得した様に呟くと、未だに抱き付いたままのシディアの肩を掴み引き離す。
真っ直ぐに向き合う二人。
「シディアの気持ちは良く解った。その上で答えさせて貰う」
「・・・はい」
シディアは真剣な顔で返事をする。此処まで来たら、もう覚悟は出来ている。
そう瞳で訴える。そんなシディアに、石英は出来るだけ優しく答えた。
「僕は君の好意には答えられない残念だけど、君と付き合う事は出来ない」
「・・・・・・・・・はい」
シディアは泣いた。ぽろぽろと涙を零し、泣き続ける彼女を石英は優しく慰め続けた。
・・・・・・・・・
下山の準備を終え、石英とルビは神殿の入口に出る。すると、其処にはウレキ達、山の民が居た。
それだけではない。其処には、仮面を外したシディアまで居たのだ。
シディアは石英の姿を見付けると、嬉しそうに駆け寄ってきてその胸元に飛び付いた。
これには、石英もルビも唖然とした。
「えっと、石英?この女は?」
「・・・シディアだよ」
石英の胸元で嬉しそうに抱き付くシディア。最初に会った時の凛とした戦士は何処へ行ったのか。
石英とルビは開いた口が塞がらなかった。
其処へウレキが近寄って来、何処からか取り出した白骨の杖でシディアを突いた。
「あ痛っ!?」
「あ痛っ、じゃねえ!シディア、お前目的忘れてねえだろうな?」
その言葉にはっとしたシディアは僅かに頬を染め、石英から離れた。若干、名残惜しそうなのは気のせいだろう。
こほんっと咳払いをし、シディアは言った。
「客人である二人を、この山の麓まで送り届けましょう。と、言う事で私も同行します」
「は、はあ・・・」
石英はそれだけしか言えなかった。ルビは未だ唖然としている。
そしてルビは理解する。シディアと自分は同じ想いを石英に向けていると言う事を。
「・・・・・・・・・」
ルビは胸が締め付けられる様な不安に襲われる。そして、ぼんやりとした瞳で石英を見詰めるのだった。
・・・・・・・・・
山を下る最中、休憩がてら魔王の国についてシディアに聞いてみた。
―――二ライカナイ―――
王国アルカディアから境界の山脈を挟んで西側にある、魔王サファイヤの支配する大国である。
支配、と言ってもサファイヤは王としては善良であり、国民達からはとても慕われている。
本来魔王と呼ばれる様な存在では無いのだが、山脈を挟んだ隣の大国、アルカディアの民達からは恐怖の象徴として恐れられている。
何故、其処まで恐れられるのか?それは彼女の"権能"にこそある。
曰く、その気になれば星の自転を止め、本気を出せば星を砕く事が出来る。
曰く、一度見た異能や魔術を完全に再現する事が出来る。
曰く、死んでも自力で蘇生出来る。
曰く、宇宙空間でも死なない。
曰く、老いる事を知らない。
など、五つの曰くがある。そして、それ等全てが異能の類では無く、只の力技だったり、技術的な才能だったり、体質によるモノである。
それ故に、彼女は人々から忌み嫌われてきたのである。
噂によれば、神と悪魔と人の三者の血を引く混血者らしい。強大な力を宿しているのはその為だとか。
「・・・・・・・・・」
その話を聞いた石英は、眉間にしわを寄せて考え込む。その姿をルビが不思議そうに見る。
「どうしたの?石英?」
「いや、何かその話を何処かで聞いた様な・・・」
「?」
結局、考えても答えは出なかったので、途中で思考を放棄した。
山の麓には一日かけて下山した。一晩、山の麓で野宿する。
次の日、涙ながらに別れを惜しむシディアと別れ、石英とルビは歩き出す。
山の麓に広がる森を抜けると、其処には町を囲む高い鉄壁と、入口の巨大な門があった。
「此処がニライカナイ、龍の口か・・・」
「あれ?石英、何で町の名前知ってるの?」
「神殿で山の民達に聞いた」
「・・・・・・・・・」
既に情報収集を済ませている事に、ルビは呆気に取られる。
―――龍の口―――
境界の山脈に最も近い位置にある町。主に、アルカディア王国からの侵略を防ぐ為の防衛都市として機能していると言う。
ちなみに、二ライカナイは龍の口、龍の瞳、龍の脳、龍の心臓、龍の尾の五つの都市から成る大国である。
更に言えば、魔王の居城は"龍の心臓"にある。
それはさておき―――
石英は入口の前に立つ兵士に訳を話し、中に入れて欲しいと頼み込む。兵士は最初、中に入れる事を渋っていたが、其処に他の兵士が慌ててやって来た。
その兵士が言うには、魔王から直々の命令で石英とルビの二人を通す様にと言われたらしい。
「なるほどね、全てお見通しという訳か」
石英はそう呟いた。何はともあれ、石英とルビは無事町へと通された。
・・・・・・・・・
町はかなり賑わっていた。人々が行き交い、子供達ははしゃぎ回り、皆笑顔に満ちていた。
その雰囲気にルビも楽しくなってきたらしく、ぱあっと顔を明るくさせる。
「石英、ちょっとこの町をぐるっと見て行きましょう!」
楽しげなルビの姿に、石英も僅かに微笑む。こんな事も偶には良いかと、そう少しだけ思った。
「ああ、そうだな。少しだけなら良いか」
そう言って二人は町の中を回る事にした。
・・・とは言え、二人は現在金が無い。基本的に見て回るだけだ。
ルビは少しだけ残念そうにしている。そんな時―――
「へいっ!そこの兄ちゃん!ちょっと力試しでもやって行かないかい?」
呼び掛けられた。見ると、其処には細身の男と約二メートル程の筋肉質な大男が居た。
大男はむすっとした顔をしており、細身の男はにやにやと笑みを張り付けている。
何とも胡散臭い―――
話を聞くと、どうやらこの大男を倒せば、賞金として金貨五枚を貰えるそうだ。
ちなみに、この世界の貨幣の価値は石、鉄、銅、銀、金、白金、星金の七種類あり、それぞれ日本円に換算すると一、十、百、千、万、十万、百万となる。
つまり、この大男に勝てば五万の賞金が手に入ると言う事になる。やはり、胡散臭いと石英とルビは同時に思う。
「石英、明らかに怪しいよ、この人達・・・」
石英のコートの袖を軽く引っ張り、注意を促すルビ。確かに怪しい、物凄く怪しい。
しかし、この手合いは今見逃すと後々禍根の元になる。そう石英は考えている。
暫く考えた後、石英は―――
「解った、やってみよう」
「石英!?」
ルビが驚いた声を上げる。細身の男がにやりと笑みを深くする。
石英と大男が真っ直ぐ向き合う。
「このコインが地面に落ちたらゲーム開始だ」
細身の男が一枚のコインを取り出し、指で弾く。コインはくるくると空中を舞い、弧を描きながらゆっくりと落ちて行く。
チャリンッ―――
石英の掌底が、大男の水月を打ち抜く。
「ガッ!!!」
大男が蹲った瞬間その頭に石英の踵落としが入った。勝敗は決した―――
完全なる石英の勝利だ。
「・・・・・・・・・」
「おい、勝ったぞ」
呆然としている細身の男に石英が話し掛ける。
はっと我に返った細身の男は慌てて賞金の入った袋を石英に渡す。中には金貨が十枚入っていた。
つまり、全部で十万。金貨五枚多い事になる。
「これから仲間になる方ですからね、色を付けさせて貰いました」
「・・・お前は何を言ってるんだ?」
「ささっ、詳しい話は此方で」
細身の男は石英を連れて路地裏へと入って行った。ついでに大男も路地裏へと入って行く。
実にタフな男だと、石英は思った。
―――半時間後―――
路地裏から、何ともスッキリとした顔の石英が出て来た。細身の男と大男は居ない。
「石英、大丈夫?」
「大丈夫だよ。あいつ等には丁重にお帰り願ったから」
「そう?なら良いけど・・・」
その後、路地裏で細身の男と二メートル程の大男が縄で縛られた姿で発見された。
細身の男の首には"私達、奴隷商です"と書かれた板が掛けられていたと言う。
つまり、こう言う事だ―――
奴隷商である二人はまず、石英を叩きのめしルビ共々奴隷にしようとした。しかし、あっさりと石英が勝ってしまった為、懐柔して仲間に引き入れようとしたらしい。
それを石英に叩き潰された訳だ。
その後、奴隷商の二人は奴隷売買の罪で町の警備兵に捕まった。二度とこの二人は牢屋から出られないだろう。それほどニライカナイでは奴隷売買は重罪なのだ。
―――数時間後―――
石英とルビは町の大通りを歩いていた。
ルビは、自分の指に嵌まった指輪を見てにこにこしている。宝石商で石英にねだって買って貰ったのだ。
その値段、金貨三枚。
しかし、ルビの嬉しそうな顔を見ると、石英は苦笑するしかなかった。
「それにしても、やっぱり女の子はこういうモノが好きなのかね・・・」
ぼそりと、そう呟く。そんな時―――
「其処のお二人さん、ちょっと占いでも如何かね?」
道の隅、黒いローブを着た女性が声を掛けて来た。口元はにやにやと笑みを浮かべているが、フードから覗くその瞳は人心を見透かす様な、そんな光が宿っていた。
石英がその占い師を警戒していると、ルビがぱあっと瞳を輝かせる。
「占い!私達を占ってくれるの!?」
「まあ、私のは占いと言うより人生相談に近いがね」
結局二人は占って貰う事になった。石英は二人分のお金を払う。
「まいどあり」
占い師は目の前に座ったルビをじっと見詰めると、にやりと笑った。
「へえ、アンタこの男の事が好きなのかい。随分とゾッコンだねえ」
「!?」
ルビは何故それを!?と言う顔をしている。占い師は尚もにやにやと笑う。
「何故それをって顔をしているね。そうだね、自己紹介がてらに種明かしでもしようかね」
占い師は椅子に座り直し、名乗りを上げる。
「私の名はアルマ、心を読む覚の一族だ」
「心を、読む?」
ルビは呆然と呟く。
覚―――
飛騨や美濃の山奥に棲むとされる妖怪。人の心を読む能力があり、心に思った事を言い当てると言う。
「そう、私には心を読む能力がある。っと、そうそう、占いだったね」
占い師、アルマは今度は石英の方を視た。
―――瞬間、目を見開き、ぎょっとした顔になる。
そして、すぐに表情を引き締めると、ルビの方に向き直った。
「あー、残念だけどアンタの想いを叶えるのは難しいねえ」
「えっ?」
ルビはきょとんっとする。
"想いを叶えるのは難しい"
それは如何いう事なのか?
「この男はかなり難しいよ。そうだね、此の際だからアンタの占いの結果も言おうか」
アルマは石英の方を向く。
「アンタの場合は、まあ言うまでも無いね。アンタは一生、否、永久に幸せにはなれないよ」
「・・・・・・・・・」
石英は黙り込む。
ショックを受けた訳では無い。信じていない訳でも無い。だったら何なのか?
解り切った事だからこそ、黙り込んだのだ。
しかし、その占いの結果にルビは納得出来なかった。
「どうして、何で幸せになれないの?石英だって努力すれば幸せになれるんじゃないの?」
努力して幸せになるというのも何か違う気がする。石英は、ふとそう思ったが敢えて言わない。
アルマは苦笑しながら言った。
「無理だね。この男の心には、絶望と絶無しか無い。心の中が空虚なんだよ。絶望した結果、何もかも失ったと言うべきかな」
ルビは更に混乱する。それでも何とか食い下がる。
「っ、でも石英は何度も私を助けてくれたよ?私の為に怒ってくれた。それでも心に何も無いの?」
アルマは首を横に振った。
「この男は空っぽの心を補う為に、多くの仮面を生み出したんだよ。言ってみれば、無が仮面を付けている様な物だ」
「そんな・・・」
ルビは顔を真っ青にした。これ以上は何も言えなかった。
石英は気を利かせ、その後すぐに宿を取った。
・・・・・・・・・
「ねえ、石英はどうして絶望したの?一体貴方に何があったの?」
「・・・・・・・・・」
宿屋にて、ルビは石英に詰め寄る。石英は頬をぽりぽりと掻いて苦笑した。
「もしかして、石英の両親が死んだ事と関係してるの?」
「・・・別に大した事があった訳じゃ無いけどね」
そう言って石英は話し始めた。自分の過去を―――
石英は昔、よくいじめを受けたと言う。
殴られ、蹴られ、棒で叩かれ、心が砕ける程の罵倒を受けた。
そうしている内に人が信じられなくなり、善意ですら悪意としか感じられなくなった。
それだけならまだ良かった―――
それに、誰も信じられなかった訳でも無かった。
ただ二人だけ、石英の両親だけは何時も味方でいてくれた。石英も両親だけは信じていた。
だが、ある夏の日の事―――
学校から帰って来た石英の目の前には、両親の死体があった。殺人だった。
明らかな殺人だった。
そして、石英は気付いた。気付いてしまった。
何をやっても心に響かない。何を聞いても心の奥に届かない。
こうして両親が死んでも、何も感じない。
もはや、何もかもに対して無感動になってしまった事に―――
その日、石英は全てを失った。
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、結局は誰の事も信じられなかっただけの事だけどね。僕にあるのはこんな仮面だけだ」
話し終えた石英の顔は、少し悲しげだった。それすら仮面による物なのだろうか?
ルビには解らなかった。
だけど、石英の事を救いたい。石英の心の支えになりたい。
そう思ったのは確かだった。
だから―――
「石英」
「うん?」
ルビは石英を正面から見詰める。そんなルビの様子に、石英は首を傾げる。
石英の瞳を真っ直ぐに見据え、ルビは言った。
「私は、貴方の事が大好きです。だから私の事をもっと頼って下さい!頼って欲しいです!」
石英は少しの間、ルビを見詰め、考え込んだ末にその口を開いた。
「ごめんルビ、僕は君を頼れない。人の頼り方が解らない」
ルビを拒絶した。
その日、石英は泣き続けるルビを一晩中慰め続けた。




