お前に救われた奴だって居るんだよ
静寂。
誰も何も言わず、只風が吹く音だけが聞こえる。・・・石英も、リュウスイも、翁も何も言わずに只黙しているだけだ。
先に口を開いたのは石英だった。
「で、どうする?僕を逮捕するか?この異世界で―――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
殺人鬼、"断頭の死神"―――
世界中で猛威を振るった連続殺人犯。名前も素性も不明、犯行があまりにも鮮やかな上に活動範囲が広すぎた為に、捜査はかなり難航した。
当時、警察がどれほどの数を動員しても捕まえるどころか、手掛かりすら摑めなかった事と、犯行のほとんどが首切り殺人だった為、付けられた名が"断頭の死神"である。
その死神が、今目の前に居るのだ。本来なら、即座に捕まえるのが彼の仕事だろう。
しかし―――
「一つ、聞かせてくれ。お前は何を思って人を殺した?何が、お前を人殺しに駆り立てた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は黙り込む。その問いの真意を探る様に、リュウスイの瞳を覗き込む。リュウスイは動じずに石英を見返す。
・・・どうやら、本気の質問らしい。石英は少し考える様に俯き、やがてぽつりと答えた。
「恐らくは憎かったから、だろうな・・・」
「・・・・・・・・・」
何が、とは聞かない。石英の瞳は真剣そのものだ。石英は話を続ける。
「きっと僕は憎かったんだ。僕を化物と呼び、人間として認めなかった奴等を。いや、そんなことよりも何より、両親が殺された時に周囲の奴等は笑っていた。それが許せなかったんだと思う」
そう、笑っていた。両親が殺されて死んだ時、他の奴等は皆笑っていたのだ。
化物の親が死んだと、化物が一人になったと、陰で囁いていたのを知っている。
悔しかった。憎かった。きっと、あの時から石英は殺人鬼として目覚めていたのだろう。
「・・・そうか」
「ああ、でも勘違いして欲しくないから言うが、僕は誰よりもクズだ。正義だの復讐だのの為に殺した訳じゃない。何時だって僕は殺人衝動に身を任せて殺していたんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何時だって石英は殺人衝動に身を任せていた。そうやって人を殺し続けた。
そうして、付いた名が"断頭の死神"だ。
快楽殺人者よりも尚質が悪い。・・・何故なら、つまるところ石英は大した理由もなく人を殺していたのだから。
「僕は畜生以下のクズさ。楽には死ねんだろうよ・・・」
吐き捨てる様に、石英は言う。それは、心の底からの自己嫌悪だ。
要は、石英が一番許せなかったのは自分自身である。
そんな石英に、リュウスイは鋭い糾弾の視線を向ける。
「違うな。お前は只、楽に死ねないとそう期待する事で人殺しの罪悪感から逃れようとしているだけだろうが」
「・・・・・・・・・ああ、そうかもな」
石英はその糾弾を肯定する。
本当は誰よりも死を望んでいた。死によって救済を期待していた。だからこそ、楽には死ねないと言い聞かせる事で自身の心を保っていた。
何時か来る終わりに期待していた。地獄の様な罪悪感にも終わりがくると、そう信じたかった。
「本当にクズだな、僕。死ねば良いのに・・・」
ぽつりと、吐き捨てる様に呟く。
大勢の人を殺しておいて自分だけ救いを求める。それがとても罪深い事に思えて自分が嫌になる。
リュウスイは溜息と共に言った。
「いや、実はそうでも無かったけどな・・・」
「は?」
石英は呆けた顔で、思わず間抜けな声を出した。
「何を言っている?」
「警察の俺が言って良い事じゃねえがな、殺人によってお前に救われた奴だって居るんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は一瞬、理解出来なかった。自分はあの世界では嫌われ者だったから、だからこそ憎まれる事こそあったが感謝される事など無かった。
皆、石英の事を怯えた目で見ていた。化物だと呼ばれた。死神と呼ばれた。
だからこそ、石英に救われたと思っている奴など皆無だと、石英はそう断言する。
しかし、そんな石英にリュウスイはまた溜息を吐いた。
「死神、俺がお前を追っている時に調べた事だがよ、お前が殺したのはどいつもこいつも救い様の無いクズばかりだったよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「人身売買の元締め、悪徳宗教の教祖、快楽殺人犯、どいつも救い様の無い人間のクズだった。その被害者達はむしろ、お前の事を英雄視しているみたいだったよ・・・」
「っ、でも・・・」
それでも石英は殺した。生きる為でも、正義の為でもない。只、衝動のままに大勢の命を殺した。
そのことだけが、未だに石英に罪悪感として圧し掛かっているのだ。
「・・・・・・・・・でも」
それ以上、何も言えずに石英は顔を俯ける。
「・・・はあっ」
黙り込んだ石英にリュウスイは何か言おうとするが、その前に今まで黙っていた翁が口を開いた。
「石英よ、少し儂の話を聞いてはくれんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は答えない。黙ったまま、翁の方を向く。翁はそれを肯定と受け取り、話を続ける事にした。
「儂は嘗てとある山奥の寺の二男坊だった。その寺で、儂は仏道の修行をしていたよ」
修行こそ厳しかった物の、人里離れた山奥での生活はそこそこ充実していたらしい。
野山を駆け回り、山の恵みを得て、規則正しい生活をしていた。当時の時代を考えれば、そこそこ充実していた方だろう。
そんな中、当時の翁は修行を積んでいたという。修行を積み、仏道を極めていった。
しかし、修行の過程で翁は次第に傲慢になっていったという。己の力に過信していったのだ。
「結果、儂は魔道に堕ち、天狗に成り果てた。天狗になってしばらくは後悔の連続だったよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自身をクズと卑下し、死に場所を求めてさまよった。しかし、結局死にきれなかった。
最後には自身の生まれ育った山に戻ったが、既に其処には寺は無く、人の居なくなった山で翁は御山の主となった。
「山奥に一人、何十年も住み続けた儂はある日、一人の子供を見付けた。・・・その子供が当時幼かった石英だよ」
そして、石英に興味を引かれた翁は半ば無理矢理に彼を弟子にしたという。
実際、石英との修行の日々は翁にとってとても充実していたという。此処まで満たされたのは果たして何時以来だろうか。記憶が古すぎて、思い出せない。
だが、同時に気付いてもいた。その修行の日々を、石英は何とも感じていないという事を。
石英の絶望の深さを―――
だからこそ、この状況に一石投じる為に、翁は石英と本気の決闘をしたという。
その話を聞いた石英は率直な疑問を口にした。
「何故、その話を今、僕に話した?」
「お前には、儂みたいに堕ちて欲しくなかった。確かにクソッたれな人生かもしれないが、お前の人生にも救いはある筈だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
石英は黙り込む。石英にとっての救い。石英の心を救ってくれる存在。石英の脳裏にルビの笑顔が一瞬だけ浮かぶ。
しかし、彼女とは既に別離した。もう、二度と会う事も無いだろうと決別した。
それなのに、何故か胸が痛む。悲しげに顔を俯ける石英。
リュウスイは一つ、溜息を吐き言った。
「そういえば石英、お前に一つ伝言がある」
「伝言?」
怪訝な顔で、石英はリュウスイの顔を見る。リュウスイはこくりと頷き、話を続ける。
「お前が姿を消す少し前、お前によって救われたシスターからだ。"私を助けてくれて本当にありがとうございます。貴方に救いの光があらん事を切に願っています"だとよ」
「・・・そうか、あのシスターがね」
石英は思い出す。あの何もかもを優しく包み込む、温かな光の様な笑顔を。
石英が薄っすらと笑ったのを見て、翁はにやりと笑う。
「・・・ほう、女か」
その嫌らしい笑みに、石英は少し不機嫌な顔になる。
「・・・別に、翁が考えている様な色っぽい関係じゃないぞ」
「むっ、そうなのか?」
「そうだよ。それに―――」
あのシスターに、消えない心の傷を植え付けたのも僕だから―――
石英はそう言った。




