ようこそ、"無名の天空都市"へ
「ああ、そうだーーーこの後大会議が終わったら、議題に出てきた死神の娘と一緒に石英君を私の城に招待しよう」
「は?」
「へ?」
大会議も終わりに近付いた頃、ふと思い出した様にヘリオドールが言った言葉に、石英とサファイヤは間が抜けた声を出した。それを見てにやりと不敵な笑みを浮かべるヘリオドール。
「カッカッカッ、なあに、取って食ったりはしないって。えっと、ルビっつったっけ?そいつを見定めるのと、あとは単純に石英君を気に入ったってのもあるな!」
そう言ってヘリオドールは石英に笑みを向けた。石英は僅かに冷や汗をかく。
面倒な奴に気に入られた―――
石英は心の中で溜息を吐いた。
「カッ、石英君もそんな顔をすんなって。もっと楽しもうや」
「は、はあ・・・」
盛大に笑うヘリオドールと面倒そうな顔をする石英。そんな二人を見て、サファイヤは苦笑する。
「あの、もう閉会しても良いかな?」
「カッカッカッ、構わねえよ」
「うん、もう良いだろう」
ヘリオドールは快活に笑いながら、石英はやれやれと呆れた様な顔で、それぞれ了承した。
ショールとネリアもそれに頷く。こうして大会議は何事も無く、無事閉会した。
・・・・・・・・・
大会議も閉会し、"龍の心臓"に戻ってきた石英とサファイヤ、ムーンの三人。
帰って来た三人、というよりも石英を出迎えたのはルビだった。
「おかえり、石英。大会議はどうだった?」
「ああ、ルビ・・・ちょうどいい所に来た。この後ちょっと用事があるんだが・・・」
「へ?」
ぽかんっと呆気に取られた顔をするルビに、石英は思わず苦笑する。
「えっと、この後ちょっと竜女王の城に行くからルビも付いてきて欲しいんだよ」
「え?竜女王?何でそんな事に?」
どうやらルビは若干混乱しているらしい。混乱と言うか、困惑と言うか・・・。
取り敢えず、混乱している様だ。そんなルビに、石英は更に苦笑する。
「まあ、取り敢えず今は付いて来てくれないか?道中詳しい理由とか話すから」
「あ、はい・・・」
何とか納得はしたらしい。ルビは小さく頷いた。
・・・・・・・・・
「えーっと、つまり私を見定める為に竜女王が私に会いたいと?」
「まあ、概ねそんな感じだね」
竜女王の城への道中、石英はルビに事の詳細を話していた。
・・・ちなみに現在、高度三千メートル。竜女王の城、"無名の天空都市"は高度四千メートルにある文字通り空に浮かぶ島に存在する。
石英とルビ、サファイヤは現在巨大なドラゴンの背に乗って竜女王の城へと向かっている。
竜女王直々に見定められるとあって、ルビは不安そうにしている。それを見て、石英はそっと声を掛けた。
「大丈夫、何があってもルビは僕が守るから」
「う、うん・・・」
ルビは顔を赤くした。同時にドラゴンが唸る様な声を上げる。
「お前等、我の上でイチャイチャするのは止めてくれないか?」
「うん?イチャイチャなどしていないが?」
「・・・・・・・・・無自覚か」
ドラゴンが呆れた様な溜息を吐く。失礼なと石英も溜息を吐いた。ルビは真っ赤な顔のまま、あうあうと呟くのみ。サファイヤは思わず苦笑した。
大丈夫だろうか?色々と―――
若干不安になってくるサファイヤだった。
「っと、見えてきたぞ」
ドラゴンの言葉に前を見ると、何時の間にやら巨大な島が目の前に浮かんでいた。
「大きい・・・」
ルビが思わず呟く。
仕方がないだろう。何故なら巨大な"島"が空に浮かんでいるのだ。
驚愕を通り越して、石英とルビはソレに見入っていた。
「どうしてあんな巨大なモノが浮いていて、今まで気が付かなかったんだ・・・?」
「ああ、それなら島全体を覆う"認識阻害"の魔術の効果だよ」
石英の疑問にドラゴンが答える。つまり、この島は一定の距離に近付かないと見えない様、魔術が施されているらしい。
それ以上遠ざかると、景色に紛れて見えなくなるのだとか。
「ふーん、魔術って凄いんだな」
「凄いのは此れだけの大魔術を片手間でやってのけた魔王の方だがな・・・」
「・・・は?」
石英は目を丸くし、ドラゴンの方を向く。続いて視線をサファイヤの方へ向けた。サファイヤは得意気に胸を張っている。
「えーっと、コラン?」
「ふふーん、凄いでしょ?」
見事なドヤ顔を晒すサファイヤに、石英は何故だか頭を撫でたくなる衝動に駆られる。
なので頭を撫でた。
「ふあっ!」
突然の事に、サファイヤは顔を真っ赤にする。構わず頭を撫で続ける石英。
「ちょっ、やめ・・・あううっ」
「お前等、何やってんの?」
「う、うぇっ!?」
突如聞こえたヘリオドールの声に、サファイヤは奇声をあげる。見ると、目の前に光の翼を広げたヘリオドールが、呆れた顔で見詰めていた。
「ヘリオドールか、さっきぶりだな」
石英は至って平然と挨拶する。対するヘリオドールは不服そうな顔だ。
「私の事はヘリオで良いって言ってんだろ?」
「ああ、うん・・・、じゃあ、ヘリオ」
「おうっ!」
一転、ヘリオドールはにかっと嬉しそうに笑う。
「むうっ・・・」
「ん?どうした、ルビ?」
突然、石英の後ろからルビが不服そうな顔で抱き付いてきた。しかし、その目は石英ではなく、ヘリオドールを睨んでいる。石英は訳が解らずにきょとんっとする。反対にヘリオドールは盛大に笑い出した。
「カッカッカッ!いやあ、石英君も中々どうして人気者じゃないか。モテる男は大変だねえっ、カッカッカッ」
「は?」
石英は更に訳が解らなくなってくる。ルビはまだ石英を抱き締めつつ、ヘリオドールを睨み付けている。
まあ、色々と身体の柔らかい部分が当たって気持ちいいのだが、石英からしたらルビのこの行動は訳が解らない。
石英は戸惑うばかりだ。
「カッカッカッ!取り敢えずーーーようこそ"無名の天空都市"へ」
ヘリオドールはにかっと笑い、石英達を歓迎したのだった。
・・・・・・・・・
島に上陸した石英達は入口の門を潜り、都市の内部へと入った。
"無名の天空都市"
其処は石造りの建物が建ち並ぶ立派な町だった。町の中央に見える巨大な石造りの城が、恐らく竜女王の城だろう。
良く見ると、町に住む人々は皆、後頭部に竜の角を生やしている。間違いなく此処は竜の棲む都だった。
町の中に入って少しは機嫌を取り戻したらしく、ルビは石英の腕を抱き締めながらかなりはしゃいでいる。気分はデートだ。
・・・まあ、ルビが楽しそうで何よりだ―――
そう思い、石英は苦笑した。
・・・先程からルビの胸が腕に当たっているが、石英はこの際気にしない事にする。
ルビから女性特有の香りが漂ってくるが、それも石英は気にしない。
何だかヘリオドールがにやにやと笑いながら見ているが、石英は全力で黙殺する。
「・・・・・・・・・」
「石英?」
ルビが不思議そうな顔で、石英の顔を除き込んでくる。石英は視線を泳がせた。
「どうしたの?何かあった?」
「・・・ルビはもうちょっと色々と自覚した方が良い」
「?」
ルビはこてんっと首を傾げる。・・・かわいい。
石英は一つ溜息を吐き、苦笑混じりにルビの頭を撫でた。
ルビは頬を朱に染めながら、それでも嬉しそうに笑う。
それを見たヘリオドールが腹を抱えて大爆笑。石英は黙ってヘリオドールを睨み付けた。
しかし、ヘリオドールはそれをさらりと無視。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「カッカッカッ、拗ねるな拗ねるな!」
本当に面白そうに笑うヘリオドール。石英は不機嫌そうに黙り込む。
そんな時、石英に声を掛けてくる者が居た。
「ヘイッ、其処の兄ちゃん!中々可愛らしい彼女を連れているじゃないか!どうだい?ウチの店に寄っていかないかい?」
「あ?」
石英は怪訝そうな顔で振り返る。すると、其処には人の良さそうな笑みを浮かべた中年のおじさんが立っていた。
後頭部には立派な二本の角が生えている。このおじさんも竜種なのだろう。
しかし、石英は現在機嫌が悪い。ガラの悪い目付きでおじさんを睨む。
「はははっ、そんなに睨むなよ。兄ちゃん達は人間だろう?天空都市に来た記念に何か買っていかないかい?」
おじさんは特に気にした様子もなく、店頭に商品を並べる。それに反応したのはやはりルビだ。
「うわあっ、綺麗」
それは天然石のネックレスだった。二つで一対になっているのか、二つの天然石がぴったりと噛み合う様になっている。
どうやらルビはそれが気に入った様だ。石英はしばらく苦々しい顔をしたが、やがて深い溜息と共に懐から財布を取り出した。
「おじさん、それ幾ら?」
「おう!そのネックレスは二つセットで銀貨二枚だな」
石英は財布の中から銀貨を二枚取り出し、おじさんに渡す。おじさんは笑顔で銀貨を受け取ると、ネックレスの名前と意味を教えてくれた。
曰く、このネックレスはラブペアネックレスと言い、身に付けたカップルを強く深く結び付ける為の物らしい。
それを聞いた石英は露骨に嫌そうな顔をし、ルビは頬を赤く染めながらも嬉しそうに微笑んだ。
そんな二人をヘリオドールはにやにやと笑いながら見て、サファイヤは少し羨ましげに見ていた。
石英は深い深い溜息を吐く。一方ルビはとても機嫌が良さそうな顔で、石英の腕に抱き付く。
「石英」
「・・・・・・・・・何?」
「ありがとう!」
花が咲く様な眩い笑顔に石英は一瞬きょとんっとした顔をする。その後また溜息を吐き、苦笑を返した。
そんな二人にヘリオドールとサファイヤが近付いてくる。片やにやにやとした笑みを浮かべ、片や実に羨ましそうな顔でネックレスを見ている。
「・・・コラン、後で何か買ってやろうか?」
「えっ!良いの!?」
一転、サファイヤはとても嬉しそうな顔をした。あまりにも嬉しそうなその顔に、石英は思わず苦笑する。
「良いよ、別に・・・」
満面の笑みを浮かべて喜ぶサファイヤ。それを見てヘリオドールは腹を抱えて大爆笑する。
石英はじとっとした目でヘリオドールを睨み付けた。が、やはりそれも無視される。
「・・・・・・・・・はあっ」
石英は何処か諦めた様な溜息を吐いた。何だかこの世界に来てから、女性に振り回されている気がするのだが。何故こんな事になったのか?天を仰いで見詰めてみる。
空は何処までも青く澄んでいた。




