大会議を開会する
―――龍の脳―――
大会議場を有する、二ライカナイの政治の中心地。其処に石英とサファイヤ、ムーンの三人は来ていた。
"龍の脳"は閑散とした静かな町だった。それもその筈、この町は余り人が居ないのだ。
この町は政治の中枢である。様々な種族の長が集うこの町は、関係者以外立ち入れないよう結界が張られているのだ。
現在、石英達は大会議場の前に立っていた。大会議場は天を衝かんばかりの巨大な建物だ。
魔王の城の二倍くらいはあるだろうか。
「ふむ、でかいな・・・」
「そうでしょう、この大会議場を造るのに約一年半もかかったんだから」
素直に感心する石英に、誇らしげに胸を張るサファイヤ。そんな二人にムーンは先を促す。
「サファイヤ様、石英様、そろそろ中に入りましょう」
「あっ、そうだね」
サファイヤは急いで建物の中に入っていく。石英もそれに続く。
中はとても広く、けれど一切の無駄の無い造りとなっていた。
大理石で出来ているであろう建物の中を進んでいく三人。
やがて、目の前に巨大な扉が見えて来た。ムーンが扉をゆっくりと開く。
中はとても広く、壁には歴代の首長らしき絵画が飾られていた。最も奥に飾られている絵がサファイヤである。
恐らくは議長としての立場なのだろう。他の絵画より大きく、立派だ。
部屋の中央には円卓が在り、その一角にくすんだ金髪に黄金の角を生やした女性が居た。
居た、というよりも円卓に足を投げ出して盛大に寝ていた。しなやかな細めに引き締まった長身に純白のスリーブレスの衣服を着ている。
しかし、実に気持ち良さそうに寝ているな。そう石英は思う。
サファイヤは溜息混じりに、その女性に声を掛けた。
「今回は早く来たと思ったら、何で熟睡してるの?ヘリオ―――」
「ん・・・、んあっ?・・・・・・・・・お、おおっ!サファイヤじゃん、おはよう!」
ヘリオと呼ばれた女性は目を覚ますと、快活に笑いながら挨拶する。
何だかぱっと見た感じ、首長と言うよりはヤンキーという感じだ。思わず姉御と呼びたくなる。
そんな下らない事を考えている石英だったが、不意にその女性と目が合う。
「ん?もしかしてお前が噂の石英君か?」
「・・・噂と言うのは知らないが、僕が石英だ」
若干たじろぎながらも名を名乗る石英。すると女性は盛大に笑い出した。
「カッカッカッ!そう固くなるなよ!私はお前に会う為に、わざわざこんな早くから此処に来たんだからな!」
「僕に?」
「おおよ!あのサファイヤが心の底から惚れた男ってのが中々興味があってな!」
そう言ってまた、カッカッカッ!と笑う女性。石英はサファイヤの方を見る。
サファイヤは溜息を吐きつつ女性を紹介する。
「石英、この方はヘリオドール。全ての竜種を束ねる女王だよ」
「おう、私が純血の竜女王ことヘリオドールだ!よろしくなっ!!」
そう言ってヘリオドールは片手を差し出す。石英はその手を取り、握手する。
みしりと石英の手の骨が軋んだ。
「・・・あの、痛いんですが」
「ん?おおっ!すまんすまん、加減を間違えた!」
そう言ってカッカッカッと笑うヘリオドールだが、石英は笑えない。危うく手の骨が砕ける所だったのだから。
この女、意外と力が強いな―――
石英は自分の手をさすりながらそう思った。その時、開け放たれた扉から五メートル程はある巨体の黒髪の大男と、漆黒のマントを羽織った血の様に真っ赤な瞳とオールバックの赤髪の男が現れた。
「ん?何だ何だ!ヘリオが先に来てるなんて珍しいじゃねえか!!」
そう言ってガハハと笑う大男。
「そうですね。何時も最後に来る貴女が既に来てるなんて、何かありましたか?女王」
マントの男は品の良さそうな口調だ。
そんな二人にヘリオドールはにかっと笑い掛けた。
「おお!ショールにネリアか。見ろ、こいつが噂の石英君だ!」
ヘリオドールは石英の背中をばんっと叩き、乱雑に紹介する。石英は痛そうに顔を顰める。
大男にマントの男は二人して目を丸くする。
「ほう―――」
「この方が」
「・・・・・・・・・どうも、石英です」
石英は痛む背中をさすりながら挨拶する。その姿に二人は苦笑しつつ名乗った。
「俺の名はショール、巨人族の長ショールだ」
「私の名はネリア、吸血種の長をしております」
大男がショールと言い、マントの男がネリアという名らしい。石英はそれぞれと握手する。
すると、吸血種の長ネリアが僅かに真剣な顔になった。
「時に石英君、後で少しばかり血を分けて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん?僕の血を?」
「ええ、実は最近我々吸血種の間でワインの血液割りが流行っているのですよ」
「そ、そうか・・・」
石英は若干引いている。ネリアは僅かに熱の籠った視線で石英を見る。
何故石英の血なのか?という疑問が一瞬、石英の中で湧く。
しかし、どうせそれも噂とやらが関係しているのだろうが・・・。そう思考を切ろうとした時、不意に次の疑問が湧いた。
「そう言えば、噂って何の事だ?」
石英の問いに、そう言えばと思い出した様にネリアは答える。
「二ライカナイに伝わる噂でして、嘗て異世界に渡った魔王が其処で人間に恋をしたと―――」
石英はちらりとサファイヤを見る。びくっと震えるサファイヤ。
「コラン?」
「あ、あははっ」
サファイヤは誤魔化す様に笑った。石英の視線がじとっとした物に変わる。
ムーンは呆れた様に溜息を吐いた。
「サファイヤ様、そろそろ会議を始めては・・・」
「あっ!そ、そうだね・・・。そろそろ始めようか」
そう言いサファイヤはこほんっと咳払いする。首長達がそれぞれ用意された席に座る。
石英も空いている席に座った。全員が座った所で、議長であるサファイヤが再び咳払いする。
「では、此れより大会議を開会する」
議長の宣言で大会議が始まる。同時に円卓の全員に二枚の用紙が配られた。
石英達はその概要を一読する。その内容は―――
「今回の議題は一ヶ月前のアルカディアの侵攻についてです」
一ヶ月前に起きた王国アルカディアとの戦争についてだった。
用紙には戦争の原因になったルビの事や石英の事、そして侵攻による被害などが細かく纏めて書かれていた。
首長達の顔が険しくなっていく。皆が注目したのは一か所だ。
ルビ―――もとい死神と呼ばれた病の事である。
死神、現在ルビに宿っている病は嘗て世界人口の約半数近くを滅ぼした。
それはつまり、二ライカナイでも被害があったという事である。到底見過ごせる話ではない。
「おいおい、よりにもよって死神絡みかよ。厄介にも程があるだろう」
巨人族の長、ショールが口元をヒクつかせながら呟く。他の首長達も同意見なのか、何も言わずに押し黙っている。
しかし黙り込んでいる場合でもない。下手をすれば再び戦争が起きるかもしれないのだ。
それも前回の侵攻で、アルカディアは王を失っているのだ。もはやルビ一人だけの問題ではない。
「其処を何とかお願い出来ませんかね?」
そう言って石英は頼み込む。それでも首長達は渋る。
「しかしだな、言いたくは無いがこれはお前の撒いた種だろう?」
「ショール!!」
渋い顔で言うショールにサファイヤは反論しょうとする。しかし、それを石英が片手で制する。
「確かにこれは僕の撒いた種だ、本来はこんな事言えた義理では無いのは解っている。けど、それでもお願いします。皆の力と知恵を貸して下さい!」
石英は首長達に頭を下げた。首長達、特に議長のサファイヤが動揺する。
「い、いやしかし・・・」
それでも素直にYesと言う訳にはいかない。それほど死神という病は厄介なのだ。
何せ一度解き放たれれば、世界を滅ぼしかねない脅威なのだから。
再び沈黙が室内を満たす。
それを破ったのはヘリオドールだ。
「だーっ!!うだうだ考えんのは止めだ、止め!良いぜ、私は力を貸してやるよ!」
突然叫び出したヘリオドールに、皆は目を見開いて驚く。
特に驚いたのは、今まで沈黙を貫いていたネリアだ。
「良いのですか?本当に―――」
「私が良いと言ったんだ、文句あるか?」
「しかし、簡単にはいと言える問題では無いかと・・・」
ネリアは苦い顔で尚も食い下がる。それをヘリオドールはカッと笑い飛ばした。
「それでも心配だってんなら、私がその娘を見定めてやるよ。それで文句は無いだろう?」
「・・・・・・・・・女王がそう仰るのなら、私は信じましょう」
そう言ってネリアは引き下がる。サファイヤはほっと安堵の表情を浮かべる。
石英はヘリオドールに頭を下げた。
「ありがとうございます、女王」
「私の事はヘリオで良い」
ヘリオドールはにかっと笑い言った。どうやら話は上手く纏まった様だ。
と、其処でサファイヤが思い出した様に声を上げる。
「そう言えばネリア、ネリアは情報屋もやってたよね。何かアルカディアについて知らない?」
問われてネリアは考え込む。ネリアの住む"龍の瞳"は情報の町だ。
ネリアは町の情報屋を纏めるボスでもある。
「そうですね、そう言えばラピスの後任として、その息子が国王に就いたそうですよ」
「!?・・・そう、解った」
サファイヤは表情を引き締める。ラピスの後任としてその息子が王となったのなら、報復の可能性も充分考えられる。
それは石英も解っているのか、真剣な顔でネリアに問う。
「そのラピスの息子はどんな奴なんだ?」
「彼の名はタイガ=アルカス、王軍"星の騎士"のリーダーであり、何でも天雷と空間転移の能力を操る二重能力者との事です」
「二重能力者・・・ね・・・」
ぼそりと石英が呟く。二重能力者とは、文字通り異能を二つ宿している者の事である。
更に言えば、タイガという男は天雷と空間転移という二つの強力な異能を宿している。
空間転移については言うに及ばず、天雷とは稲妻系統の異能の中でも最上位の能力である。
その二つの異能を併せ持つ彼は間違いなく恐るべき強者だろう。
「ハッ、だから何だ!例え異能を二つ持っていようと、どれほど強力な異能を持っていようと、生身の人間に変わりゃしねえ!」
そう言ってヘリオドールはカッカッカッと笑った。その言葉に大分空気が和らいだ。
石英も頷きながらその言葉に賛同する。
「そうだな、確かにヘリオの言うとおりだ。人は一人では無力だ」
そう言う石英の瞳は何処か寂しげだ。その瞳の意味に気付いたのはサファイヤ一人だけだった。
「石英・・・」
サファイヤはそんな石英を悲しげに見詰めるのだった。




