今日は入学式です。3
「あ~腹減った……」
智慧の行ったテストはその後も順調に進んでいき、チャイムが鳴ると同時に最後の生徒が終わった。
結局、中級魔法を発動させたのはクラスで7名いた。
その内の2名は悠兎と愁香だが、悠兎よりも優れた魔法を発動させた者はいなかった。
「さっきから何度も何度もうるさいわね」
「もうすぐだから。」
2人に宥められる悠兎だが、しかし胃袋はしきりに空腹を訴えてきていた。
「……つか、学校の端から端まで10分かかるって意味わかんねぇ」
「実際には10分もかからないよ。」
悠兎たち3人は現在校舎一階の中央ホールを歩いていた。
中央ホールは校舎の頂点である六階まで吹き抜けとなっており、ガラス張りの天井からは、柔らかな温もりを持つ春の日差しが降り注いでいる。
だが、今の悠兎にはここの荘厳さに見とれる余裕も、春の陽気を実感する余裕もなかった。
情けない音を鳴らし、握り潰されるような痛みが襲う胃を鎮める為に、食堂を目指してひたすら歩き続けた。
「ほら、見えてきた。」
校舎の中心である中央ホールから少し歩くと、十悟が廊下の先を指で差しながら悠兎に言う。
ようやく辿り着いた悠兎は、不機嫌を露わにしながら幼馴染の指の先を見て、そして唖然とした。
「……なにこれ」
食堂は中央ホールから、悠兎が考えていたよりも近くにあった。
そこは二階までが吹き抜けとなっており、扇形のスペースには、6人掛けのテーブル席が仕切りで区切られながら、規則正しく並んでいた。
そのほとんどは生徒で埋められており、まるで祭りでも催しているかのような騒がしさで満たされている。
入口から一番奥、全面ガラス張りの緩やかに弧を描く壁付近で食事をしている生徒の顔は、入口からでは遠くてよく見えなかった。
そして、広大な光景以上に悠兎たちを圧倒させたのは、カウンターから続く五本の大行列だった。
「最大1000人が同時に食事できるんだって。」
「いくら生徒が1500人もいるからって、でかすぎだろ」
「いいから早く並びましょ。腹減って倒れそうなのはあんただけじゃないのよ」
愁香はそう言うと、10台は設置されている券売機まで歩き始めた。
彼女自身もだいぶ腹が減っていたのだろう。
悠兎も食券を買う為に、十悟と一緒に列の最後尾付近にある券売機へ向かった。
「やべ、財布忘れた……」
券売機の前に立った悠兎は、そこで自分が手ぶらで来てしまった事に気付いた。
自室まで戻らなければならないのかと落胆していると、十悟がブレザーの内ポケットから、橙色をした手のひらサイズの手帳を取り出した。
それは、担任の三座川智慧より配布されたばかりの生徒手帳だった。
「校内だとこれで支払いできるよ。お金はすでに入ってるって。あんまり多くないらしいけど。……生徒手帳は持ってるよね?」
十悟の言葉を受けて、悠兎はブレザーの左ポケットに手を入れた。
そこからクシャクシャになった数枚のプリントに包まれた状態の生徒手帳を取り出すと、それを見た十悟はわずかに眉を寄せる。
「初日なのに、なんでもうそんなに汚いの?」
「渡されたプリントが多かったんだから仕方ないだろ」
悠兎が取り出したプリントを再び乱雑にポケットにしまいこむと、十悟が困ったように溜め息をついた。
食券を購入した悠兎たちは、最後尾にいた愁香の後ろに並んだ。
どの行列にも50人以上いたが、かなりのハイペースで捌いていく為、思っていたよりもすぐに順番が来そうだと悠兎は思った。
「ここ、夜はもっと行列ができるんだって。」
右手側、ガラスの先に見える森の風景を眺めながら、十悟が言う。
「飯くらい自分で作ったら良いのにな。せっかく部屋にコンロがあるんだし、何より安く済むし」
「夜は授業終わった後でみんな疲れてるから、食事の用意をする気力が起きないんだよ。」
「そんなんで良いのかよ」
「誰だって楽したいじゃない。あんただって、十悟がいなかったら今夜からでもここに通ってたでしょ」
愁香の指摘に、悠兎は返す言葉が見当たらず黙りこんだ。
それを見た愁香はさらに続ける。
「あんたもたまには料理したら? 料理が全くできない男は嫌われるのよ?」
「……これからは十悟に感謝するよ」
「感謝するだけで料理を作ってくれる人なんて素敵ね。こいつをここまで甘やかすのは、いったいどんな奴なのかしら?」
「……これからはもう少し厳しく接するよ。」
「期待してるわ」
それきり3人は黙りこみ、賑やかな食堂の中で黙々と順番を待った。
列に並んでから10分もしないうちに、悠兎たちの番になった。
悠兎がラーメン大盛り、十悟がAランチセット、愁香がカツ丼大盛りを注文すると、あっという間にトレイに乗せられて各料理が渡された。
3人は食堂の中央付近に空いているテーブル席を見つけ、そこに腰を下ろした。
「午後から動くんだぞ? そんなに食って良いのかよ」
大盛りを頼んだ愁香に、悠兎は何気なく尋ねた。
愁香は孤児院の時からよく食べる方だった。
悠兎も比較的食べる方だが、その悠兎と同じぐらいの量を容易く平らげてしまう。
彼女が太りにくい体質なのも関係しているのだろうが、それでも彼女の食事量に悠兎は改めて感心していた。
「だからこそよ。今のうちにしっかり食べとかなきゃ、へばっちゃうかもしれないじゃない」
「そういえば、愁香はギルドランクの結果どうだった?」
悠兎の隣でもそもそと食事を続けていた十悟が聞く。
同じタイミングで食べ始めたというのに、彼は愁香の半分ほどしか食べていない。
愁香は咀嚼を続けながら、ブレザーのポケットから1枚のプリントを取り出してテーブルの中央に置いた。
十悟は手に取ったそれを悠兎との間に置き、2人で読んでいく。
まず悠兎の目に飛び込んできたのは『ギルドランクF』という文字だった。
悠兎は自分の目を疑った。
今まで一度も悠兎を負かした事のない愁香は、悠兎と同じランクを取得していたのだ。
「凄い。悠兎と同じランクFを取れたんだね。」
「……ランクFだって?」
「なによ、不満そうな声出して。私がランクFなのがそんなに意外?」
「そんな事は……」
ない。
そう言いかけて、しかし悠兎はそれを口にできなかった。
半年前、悠兎が特待生試験を受けた頃から、愁香が特訓を始めたという事はなんとなく聞いていた。
だが、たかが自主練習程度で彼女との実力差が埋まるはずがない。
そう驕っていた。
「愁香は毎日頑張ってたもんね。今戦ったらもしかして悠兎にも勝てるんじゃないかな?」
冗談めかして言った十悟の言葉が、悠兎の耳に冷たく突き刺さる。
今まで同級生に負けた事のない悠兎は、生まれて初めてその地位を脅かす存在を意識した。
「で、あんたは?」
どこか腑に落ちないといった表情を浮かべながらも、愁香は左手の人差し指を動かして悠兎にプリントを出すよう促す。
それに従い、悠兎はポケットからくしゃくしゃになったプリントを取り出し、そこから目当ての1枚を抜き出して愁香に手渡した。
「ポケットにプリントを突っ込まない。ファイルを使いなさいって前から言ってるでしょ」
愁香は配布されたばかりのプリントの保管状態を見てそう咎めた。
更に怒られるかと思って身を固くした悠兎だったが、しかし愁香はそれ以上は言わずにプリントを確認し始めた。
愁香が見ている間、悠兎はさながら点数の悪いテストを保護者に提出した時のような居心地の悪さを感じていた。
一分もしないうちに読み終えた愁香は、「ふぅん」と感情の読み取れない声を出し、悠兎にプリントを返した。
「ランクは同じFでも、あんたの方が成績は良いわね。やっぱりまだ敵わないか」
素っ気ない声を出して愁香は言うと、丼の上に置いていた箸を手に取って食事を再開した。
悔しい時などに、愁香はこういう態度をとる事がある。
それに気付いた悠兎は、そこでようやく彼女に自分を抜こうとする気が少なからずあった事に気付いた。
「あ、午後の授業開始まで30分を切ってる。」
3人が雑談をしながら料理を食べ終えた頃、十悟が食堂の壁に掛かっている大きな丸時計を見ながら不意に言った。
食堂は満席状態で、代わりにカウンターの大行列は消えていた。
「まだ急ぐ時間じゃないだろ。なんかあったっけか?」
「スーパー。」
その単語を聞いて、悠兎はようやく十悟との約束を思い出した。
「買い物に行くの? 確かココヤスだっけ? 変な名前よね」
「愁香も一緒に行く?」
「私は琴音と行くわ。料理担当はあっちだから、勝手に食材買うとまずいのよ。日を改めて4人で行きましょ」
「分かった。」
十悟が残念そうな顔を浮かべながら承諾したところで、3人は立ち上がり、カウンターまで行って空になった器の乗っているトレイを返却した。
スーパー『ココヤス』は食品から雑貨品まで幅広く取り扱っていて、画期的だったのは買った品物はその場で自室に転送される事だった。
今まで一度も聞いた事のないシステムに悠兎は半信半疑で、買い物を終えてから部屋にまで戻り確認してみると、購入した食材がある程度分別されて冷蔵庫に入っていた。
この技術を何故新入生の荷物の搬入に利用しないのか疑問だったが、買い物がずっと楽になるのは確かだった。
そして現在、悠兎と十悟の2人は、武器戦闘の授業の為に移動しているところだった。
「すげぇ、武器戦闘も魔法戦闘も科目で分かれるんだ」
同級生でごった返している一階廊下を進みながら、5分前に智慧から配られたプリントを眺める悠兎は感嘆の声を漏らした。
武器戦闘の授業は扱う武器によって、刀剣科、槍術科、格闘科、銃火器科、法具科、特殊武器科の6つに分別される為、それぞれ授業場所が異なる。
刀剣科に分類された悠兎は、校舎外にある第一訓練場へと向かっていた。
武器戦闘の後に行われる魔法戦闘についても同様に、固有属性――火、水、木、地、雷、風の6属性によって分別される。
「強くなっていけるような気はするけど、なんだか寂しいね。でも、3人とも同じ刀剣科だからまだ良いかな。」
火属性の悠兎は、土属性の十悟とも、風属性の愁香とも、魔法戦闘では別々になってしまう。
「まぁ、そうだな」
十悟の言葉に、悠兎は頷いて同意した。
2人を含む一年生の一団は正面入り口から校庭へと出て、西側の森へ入っていく。
校舎と第一訓練場は、およそ1kmも離れている。
3年生になれば上級魔法を発動させる者も出てくる為、不慮の事故等の危険性を考慮しての事であろうが、しかし悠兎は面倒だという気持ちを拭いきる事が出来なかった。
訓練場という言葉に悠兎はどんな施設かと期待していたが、到着してみると、そこは森の一部を円状に切り拓いただけの場所だった。
見えるものといえば、背の高い木々と、『教官室』と『用具入れ』の看板がかかっている、青い屋根の2階建てのプレハブが一棟だけで、6階建ての巨大なドーム型の校舎も、木に阻まれてここからは見えなかった。
ここは一学年分の600名が収まるには狭いくらいだが、刀剣科に所属する110名には十分過ぎる広さだ。
プレハブの前には5名の教師が、一定の距離を取って横一列に並んでいた。
その教師たちに向かい合うように、刀剣科の生徒は6本の列を作って、誰一人として口を開かずに並んでいる。
悠兎たちは一番近くの列の最後尾に並んで、少しの間待っていると、大きな咳払いが前方から響いた。
それは教師陣の中央に立つ、筋骨隆々の言葉がピタリと当てはまる壮年の大男から発せられた音だった。
「今後も授業を始める時には必ず整列しろ。私語は慎め」
その教師の声は聞く者を萎縮させるような、腹に響いてくる声だった。
黒髪を全て後ろに撫で上げているせいもあって、悠兎は彼に少なからず恐怖した。
「おいお前、号令をかけろ。『お願いします』と言って礼をするんだ。他の者もそれに続け。やれ」
「お願いします!!」
「「「「「お願いします!!!!」」」」」
110名分の耳が痛くなるほどの大声はすぐ森に吸収されていく。
目を閉じてそれを真正面から受け止めた教師は、再び睨むような視線を生徒たちに向けた。
「わしは田端。刀剣科の主任をやっている。これから一年間、お前達に剣技を教えていく。よろしく」
田端が一旦言葉を区切ると、これから先の授業を想像した生徒たちの呻き声が悠兎の耳に伝わってきた。
その声は田端にも聞こえたのだろう、彼は不意にニヤリと口端を上げて笑うと言葉を続けた。
「安心しろ。これでも王国軍で教官をやっていたからな。半殺しの仕方は心得ているつもりだ」
その言葉に、刀剣科の生徒の息は示し合わせたかのようにピタリと止まり、時間が止まったのではと錯覚するほど、しかし一瞬だけ、第一訓練場は無音に包まれた。
これが冗談であればまだ笑う生徒が何名かいたかもしれないが、田端の風貌がその言葉の信憑性を保証していた。
「時間が勿体ない、早速始める。まずお前達には今から15分以内に、寮棟まで走って着替えてきてもらう」
その言葉に生徒はざわめく。
寮はここから校舎を挟んだ向こうにある。
足の速い者なら10分程度で往復出来るだろうが、しかし着替える時間を考慮すると、クリア出来るかは中々予測しにくくなる。
15分という制限時間はよく計算された設定だった。
いったい何名がペナルティを受けるのだろうか。
田端の言葉を思い出し、悠兎は冷や汗を流しながら覚悟を決めた。
「220名、揃いました!!」
若い男性教師は、田端に向かって元気良く叫んだ。
その言葉に田端は一度頷くと、いくつもの荒い息遣いが響く第一訓練場全体を見渡した。
つい20分前まで秩序良く整列していた220名は、大の字になって寝転がるか、或いは隅で四つん這いになって嘔吐していた。
「はぁッ……はぁッ……!!」
膝を地面に付けながら、悠兎は酷く乱れている呼吸を整える為にひたすら酸素を貪った。
高校最初の授業は、その内容とは裏腹に驚くほど過酷だった。
単に走るだけでは間に合わない事に気付いた数人の生徒たちは、開始直後に魔法を使い、身体能力をあげるなどして時間短縮を図った。
魔法の使用は制限されていない事に気付いた悠兎だったが、火属性には、悠兎でも習得できるような簡単な身体強化魔法はなかった。
走るしかないと覚悟を決めたところにやってきたのは、青ざめた顔をしている十悟を脇に抱える愁香だった。
身体強化魔法を覚えていた彼女は、悠兎と十悟を抱えながらなんとか時間内に往復したのだ。
「――うっ、まだ地面がぐらぐらするよ。」
悠兎の横で、雑草の生えた地面に身体を投げ出している十悟が呟く。
見事時間内にクリアした3人だったが、愁香はもちろん悠兎と十悟も、酷く疲弊していた。
さすがに男2人を抱えて走るのは無理があったのか、愁香の運搬には悠兎たちへの配慮が全くなかった。
容赦なく襲いかかってくる吐き気に悠兎は最後まで耐えたのだが、十悟は抱えられている最中、それも残り僅かのところで敗れてしまった。
到着した後、彼はすぐトイレに駆け込んでいったが、移動中に全てを出し尽くしてしまったのだろう、1分もしないうちに戻ってきた。
「全員整列しろ!!」
田端の怒声を受けて、地面に倒れていた生徒たちはまるで猫が大きな物音に驚くかのように跳ね上がり、肉体からの悲鳴を無視して授業開始の時と同じように並んだ。
全員着替えは済んでいて、ほとんどの生徒は学校側から支給される白と橙色を基調とした戦闘服を着ている。
悠兎と十悟もその中の一人だ。
だが、中には一目で高級だと分かる戦闘服を着用している生徒もいる。
彼らは貴族なのだろう。
よく見ると彼らが腰に差す長剣の鞘にも、平民では手にする事すら叶わないような精緻な細工が施されている事に気付いた。
「15分を切った者が53名、10分を切った者は8名。これは過去5年間で、2番目に悪い成績だ」
愁香の必死の努力のおかげで、悠兎たち3人は53名の中に入る事が出来ていた。
「まあ良い。では早速授業を始めよう。間に合った61名はついてこい」
そう言って背後を振り返った田端は、教師の一人にぼそぼそと呟く。
教師が頷いたのを確認すると、校舎と反対側、森の更に奥の方へと歩き始めた。
時間内に到着した生徒たちは、近寄り難い雰囲気を放つ彼の背と一定の距離を取って歩き始める。
「どこに行くんだ?」
「さぁ?」
悠兎の問いかけに、愁香が肩をすくめてみせながら答えた。
「……こっちには何もなかったはずだけど。」
いつも以上に元気のない十悟が、聞き取るのも困難なほど小さな声でボソリと呟いた。
森の奥で一体何をするのか、まだ始まったばかりの授業に少なからず不安を覚えながら、悠兎は遅れないように進んでいった。
61名をぞろぞろと引き連れて歩く田端は、10分ほど歩いたところで不意に立ち止まった。
先ほどとは違い、そこは太い幹を持つ木々が無数の緑葉で日光を遮り、くるぶしほどまで伸びている草は湿った地面に生えていた。
何の変哲もない、ごくごく普通の森だった。
「赤松先生!!」
田端が叫ぶと、一人の男性が木の影からヌルリと姿を現した。
70~80代の男性で、頭頂部の禿げた頭からは艶を失った白髪が肩に付くまで伸び、浮浪者を思わせる擦り切れた布を体に巻きつけている。
彼は使い込まれたリアカーを引いており、そこにはたくさんの斧が乱雑に積まれていた。
「斧を持て。それで木を伐れ。一人10本だ」
田端はすぐ横に生えていた一本の木を確かめるように数回ポンポンと叩き、必要最低限の言葉で授業内容を告げた。
静まり返っていた森の中の空気が、僅かに重くなったように悠兎は感じた。
この森を形成する木はどれも直径1mを軽く超す大木だった。
こんな大木を伐採した事など悠兎は一度もないが、これがどれほど過酷なのかは容易く想像できた。
銀色の長い髪をした女子生徒がリアカーへ向かって歩き出したのを皮切りに、さきほどの課題の合格者たちは徐々に斧を取りに歩き始める。
「やろう。」
大斧を武器として扱う十悟は斧を借りる必要がないため、そのまま付近の大木に向かって歩き出そうとしたが、それを見た田端は険しい表情を崩さぬまま十悟を指差した。
「今回は支給された斧を使え。この斧は故意に切れ味を落としてある。切れる斧で何本伐ったところで訓練にならん」
つまり、この授業はたった今悠兎が想像した以上に過酷なものだということだ。
注意された十悟は、素直に大斧を背中に戻した。
粗悪な斧を手にした2人は愁香と合流し、第一本目の選定にあたった。
だがどんなに探してもこの辺りの木は全てが大木で、結局3人は50mほど歩いたところで適当な木を選び伐採する。
そこから一度も休むことなくひたすら斧を振り続けて、悠兎が最後の一本に取りかかったのは30分以上が経過した頃だった。
汗で滑る手で斧を握りながら、その一本も今までと同じようにただひたすら切断していく。
幹の中心よりも少し深いところにまで斧が到達したところで、悠兎は手を止め、足でそれを蹴る。
葉が擦れ合う音や枝の折れる音を激しくたてながら、10本目の大木はついに大地に伏した。
胸がざわつくような達成感に襲われた悠兎は斧を地面に放り、崩れるように座り込んだ。
辺りは一面切り株だらけで、足元の草は生まれて初めてであろう太陽の光を、萎びた葉一杯に浴びていた。
そこから他の生徒が終わるまで、5分程度の休息を取る事が出来た。
まだ12名の生徒が伐採を続けていたが、
「もういい。お前たちにはペナルティを課す」
田端の一言で、それは中断された。
12名の生徒の中には十悟も含まれていた。
赤松によって12名が別の場所へと連れて行かれたところで、田端は集合をかけた。
「今から訓練を開始する。実際の戦闘は足場の悪いところでおこなう事の方が多い。丸太程度でどうにかなるものでもないが、ないよりはマシだ」
61名によって伐り倒された500本以上の大木を眺めながら、田端は言う。
そしてその1分後には、着替えや伐採よりも本格的で、今までがウォーミングアップだったと認識してしまうほど過酷な授業が開始された。