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簒奪者に告ぐ、  作者: しータロ(豆坂田)


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第2話 狭まっていく選択肢

「……さすがにか」


 次の日の朝、解体場に行く前にカリウスは穢肉族オルトロスの男を殺した現場に立ち寄った。長く続く裏路地にはすでに規制線が張られ、警察らしき者達や野次馬が集まっている。

 カリウスはその光景を横目で見てからそのまま素通りした。

 すでに死体は発見され、捜査が始まっている。

 心臓が跳ねるのを感じながらも、カリウスは手のひらの剣だこを見て心を落ち着かせた。そしてすぐに解体場がある方へと足を進ませる。大通りを通って、差別され、裏路地を抜けて、いちゃんもんをつけられて……いつもの道をいつもされているようなことを受けながら歩く。

 解体場へと向かうその途中で、カリウスがある景色に視線を奪われた。


「……」


 大通りに繋がるようにして存在する円形の広場で、人間種フラギリスの奴隷が主人であろう穢肉族オルトロスの男に罰を受けていた。奴隷の体に刻まれた鞭の跡や打撲根から、どのような行為が行われたのかは容易に想像できた。

 本来ならば許されるはずのない行為。だが道行く者達は誰も彼らを気にも留めなかった。人間の奴隷が公衆の面山で罰を受けること自体はあまりにもありふれたことで、日常の一風景だった。

 故に彼らは気にも留めない。

 当然、同様の光景を見慣れていたカリウスも素通りしていた――いつもならば、だが。


「……」


 誰も気にせず通り過ぎるその光景を見て、カリウスは立ち止まって視線を送った。日常の一場面として処理してきた光景に疑問を抱いたのだ。


「……なんか」


 なぜ、その光景に疑問を覚えたのかカリウス自身も分からなかった。ただ漠然と、違和感を覚えたのだ。

 

「……」


 視線を注いでいると、ふと奴隷の少女と目があった。少女の光の無い俯いた眼球が、カリウスを見る。

 助けを求めるわけでもない。

 自らの悲惨を訴えようとしているわけでもない。

 

 ——なぜ、日常の一部始終として処理されるはずの光景に足を止めてみているのか。


 珍しい反応を見せたカリウスに疑問を持ってただ見ているに過ぎない。

 

(なんで……)


 少女の気持ちを察したカリウスは抱いていた違和感を強めた。しかしながら、依然としてその正体は掴めない。言語化には程遠い。この違和感の正体を探る――前に、少女の主人である穢肉族オルトロスが足を止めて見るカリウスを怒鳴りつけた。

 

「何見てるんだ!」

「すいま……せん」


 カリウスは誰にも聞こえないほど小さく呟きながら、背中を丸めてすぐに立ち去る。

 頭の中で先ほどの光景を思い浮かべながら人混みに紛れ、肩をぶつけられないようにしながら歩く。 

 すれ違う異種族のことを気にしながら道の隅を歩く。

 自らを取り巻くすべてに対して疑問を持ちながら。


 ◆


 解体場に着いたカリウスはいつものように魔獣や家畜の肉を解体していた。皮をはいで、内臓を取り出して、その他下処理をして、肉塊にしたら吊るして別の場所へと送る。

 昨日はこの送られた肉塊を切り分けるところで作業していたが、今日はその前段階を任されている。正直、こちらの方が面倒くさい。個体によっては皮膚が分厚かったり、硬かったり、巨大な魔獣ともなると内臓を切り開いた瞬間に寄生虫が飛び出してくる……なんてこともある。


「……んだよこいつ」


 内臓を切り開いた瞬間に飛び出して張り付こうとした寄生虫を、解体用のナイフで突き刺さして殺す。

 そして何事も無かったかのように解体へと戻った。

 毎日、同じようにナイフを肉に突き刺して解体していく。この日々がいつまで続くのかは分からない。一生かもしれない。もしかしたらどこかで終わりが来るのかもしれない。

 それこそ昨日の反抗がバレれば……。

 昨日の事件が脳裏に過ってカリウスが手を止めた時、突然後ろから肩を掴まれる。


「……あなた」

 

 振り向くと牛の頭があった……解体場の現場監督であるバグーが立っていた。


「何手を止めてボケっとしてるんですか。また給料を引かれたいと?」

「いえ……」


 いつものように申し訳ない顔をして、カリウスが頭を下げた。いつもならばバグーの留飲はこれで下がるが、今日ばかりは何か嫌なことでもあったのかしつこかった。


「そもそもあなたは、人間の立場でありながら仕事につけているのですから、それにまず感謝してください」

「はい……」

「その態度、態度が私は気に入らないです。いいですか」


 舐め腐った態度、視線。申し訳なさそうにしているだけ。顔がうざい、声が駄目。バグーは執拗にカリウスを罵った。

 さすがのカリウスもいつもならば受け流せていたが、少しだけイラついた。そして少しばかりの現実逃避をした。

 

 ——どうせあと数時間で仕事は終わる

 ——こいつはこの後に残業がある。

 ——給料がもうすぐで振り込まれる。

 ——そろそろ留飲も下がるだろう。


 頭の中で色々と思い浮かべてバグーの言葉が脳に入って来る余地を消す。


 ——そもそもなんでいちゃもんつけられて怒鳴られなくちゃいけないんだ。

 ——なんでこいつに頭を下げなくちゃいけないんだ。

 ——というか、いつまでこんな生活を続ければいいんだ。


 難癖をつけられてバグーに口汚く罵られる日々。他の作業員に差別される日々。

 

(俺は……死ぬまでこの毎日これを続けなくちゃいけないのか??)


 人間を雇ってくれる場所は少ない。稼ぐために、生き残るために逃げれない。

 解体場ここで日銭を稼いで死ぬだけの人生。

 

(……でもこいつ、刺したら死ぬんだよな)


 カリウスがふと考えて―――すぐバグーを殺すという選択肢を思い浮かべた自分自身に驚いた。

 目を見開いて動揺したカリウスを見て、やっと怯んだと思ったのか満足したバグーが軽く頭を叩いて踵を返す。


「ちゃんとやってくださいね。じゃないとクビ、ですから」

「……」


 去っていくバグーを横目に、カリウスは魔獣や家畜の血液が付着した解体用ナイフを見た。

 場所もブツも違うのに、昨日、穢肉族オルトロスを刺し殺した時の光景と重なって見える。


「い、いやいや……」


 社会的に強者であるはずの異種族も、ナイフで刺せば死ぬという当たり前の事実に、気が付かない方がよかった事柄に、今この瞬間カリウスは思い至る。


 ◆ 


 仕事を終えて家に帰って来たカリウスが穢肉族オルトロスを殺害した凶器ナイフと向き合っていた。

 部屋の隅で座り込みながらナイフを見つめる。

 すでに血痕は残っておらず、ただのナイフにしか見えない。穢肉族オルトロスに残った傷跡からナイフで殺したことが分かっても、カリウスが今持っているナイフだとは断定できない。


「捨てないとな……」


 安全を考えるのならばナイフを下水道にでも落とすのがてっとり早い。しかし現状バレていないのだから、無理にリスクを冒す必要もないように感じた。捨てられればいいが、その光景を誰かに見られる可能性がある。

 見られずともナイフが発見でもされれば、カリウスに辿り着かれるかもしれない。少しの危険も冒せないのだ。そう考えると、ナイフを捨てに行くのも得策とは言えない。

 かといって家にこのまま置いておくのも……。


「はぁ……」


 ナイフから手を離して布に包んで、代わりに錆びだらけの剣を持って現実逃避へと興じる。

 トタン屋根の天井と隙間だらけの壁と、凸凹だらけの床で、今日も今日とて剣を振る音が響く。


 ◆


 次の日、久しぶりの休日にカリウスが外を歩いていた。いつもならば、異種族が跋扈する街中を歩いて無駄な心労を負いたくないから家に引きこもっている。しかし今日は用事があって外出しなくてはいけなかった。

 用件はただ一つ。

 穢肉族オルトロスを殺した凶器ナイフを捨て去ることだ。

 よくよく考えてみれば、このナイフはあの穢肉族オルトロスから奪ったもの。穢肉族オルトロスの所持品を調べた時、知人からの情報の相違で、もしかしたらナイフが無くなっていることに気が付かれるかもしれない。

 ナイフをよく見ると手持ちの部分に模様が彫られているし、やけに重厚だ。もしこれが特注品であった場合、カリウスが持っているところを見られたらまず疑われる。人間種フラギリスであることを考慮すると犯人の確証が取れていなかったとしても、犯人に仕立て上げられる可能性は十分にある。

 

 だからこうして、カリウスはナイフを捨てるために歩いていた。家の近くに捨てるのは不安だ。かと言って証拠物を持ったまま長時間歩くのは精神的にきつい。ほどほどに人がいて、ほどほどに見つかりづらくて、よく知っている場所、こういった要素からカリウスはある一つの場所に目星をつけた。

 今はそこへと心臓をバクバクとさせながら歩いている途中だ。

 こういう時、人間カリウスをいないものとして扱ってくれる異種族の扱いに感謝だ。もしすれ違う者たちから視線を向けられていれば顔に不安が現れてしまっていたかもしれない。


 そんなことを考えて歩いていると昨日通った広場の近くまで来ていた。異種族が溢れかえる広場や大通りをすぐに通り抜けようと足を進ませる。しかし、昨日と同じようにある景色が視界に入って、思わずカリウスは足を止めてしまった。 

 

(……昨日の)


 広場には昨日も見た少女の奴隷がいた。特に鞭を打たれている様子でもないし、主人が近くにいるようにも見えない。

 ただ虚ろな目をして広場に転がっているだけ。

 首輪から伸びた鎖は広場に立つポールへとつなげられている。

 まるで見世物だった。


「……」


 やはり気になるのだ。

 その《《当たり前》》が。 

 どうしようもなく憤りを感じるのだ。

 

「……あいつ」


 そこに主人の穢肉族オルトロスが戻って来る。

 へらへらと笑顔を浮かべて。

 

「……」


 服の中に隠した凶器ナイフの柄を掴んで、ゆっくりと握り締める。

 そして群衆の中から一歩踏み出して広場へと入る――瞬間に、後ろから肩を誰かに捕まれた。


「ちょっと君、危ないよ」

「え、あ」


 振り向くと人間種フラギリスの女性が立っていた。くすんが赤髪の女性だ。彼女の視線は確かに懐に収められたナイフがある場所へと向けられている。


「ま、とりあえずここじゃなんだから、ついて来てもらえる?」


 そして女性は笑ってそう言った。


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