月光は水に溶ける
湖に棲む人魚とそうでない人魚の違いに、鱗の色がある。湖の人魚の鱗は緑色が強いのだ。無論、海の人魚にも川の人魚にも、そして湖の人魚にもそれなりに個体差があるのだが、全く緑色の入っていない鱗を持つ人魚は湖には居らず、湖の人魚に緑色が混ざっていない鱗は一枚もない。尤も、海にも川にも、緑色の鱗を持つ人魚は居るのだが……それも、ほぼ緑一色の人魚も居るのだが。それでも湖に棲む人魚の特徴として、緑色は挙げられる。いつか緑を宿していない湖の人魚が発生するまで。
人魚には鱗に模様を持つものも多い。青白い鱗と黒い鱗を併せもつもの、鰭の方に行く程に緑が深くなるもの、縁が白い鹿の子更紗のもの。
昔、赤と緑が混ざった鱗を見たことがある。赤色は光沢を強く帯びており、角度を変えて煌めかせるのが好きだった。あれはしかし何の鱗だったのだろう。人魚にしては大きな鱗だったような……。
「川の人魚は知らないけど」と湖の人魚は言う。「海のものとは確かに、同じ色にはならないでしょうね」彼女は時折、海の人魚に対して対抗意識のようなものを見せる。
「わたしたちは月光の反しかたが違うから」
自慢げに彼女は胸を張った。ただ、知識を教授する楽しさであって、湖の方が素晴らしいという言い方ではなかった。
「海のものは月に近いから、はっきりと反射するのだけれど」彼女は空を見上げる。見て、と言わんばかりだったので、私も視線を向けた。「わたしたちは月光を、いくらか受け容れることができる」薄っすらと浮かぶ、白い月。
視線を彼女に戻して、へぇ、と私が返事をすると、「あら、本当よ」と彼女はにっこり笑った(彼女も月ではなくこちらを見ている)。「色って、光の反しかたで決まるでしょう?」
確かに、と感心した風に頷くと、彼女は優しく微笑んで――教え子の理解を我が事として喜ぶように――説明を終えてしまったので、「海の方が月に近いっていうのは、どういう理屈かな」と尋ねた。
彼女はきょとんとした顔で私を見つめた。話し出すまでの少しの間、瞬きもせずに。
「海の潮は、月に引かれて起こるでしょう」
「ああ……それで」
納得しつつ、でも湖にも潮汐があるのでは、と思ったが私は口を噤んだ。
「夜にここにきたことはある?」
いや、と首を横に振ると、見にきた方がいいわ、と彼女は勧める。月明りが水に混ざって、上から見るのもとってもきれいだから、と。
「夜だから気をつけてきてね」
分かった、と私は頷く。
「この湖はちょうどいいの。月が遠くも近くもない」
だからね、と彼女は言う。
「わたしたちは、海のものより月に神秘を見出せる」
海のものにとって月はどうしても現実的なものでしかないから、と彼女は少しだけ憐れむように言った。
「湖にはね、月明りでする占いもあるのよ」
つまり、湖の人魚にとって占いは統計ではなく(そして月を使うのに天文学でもなく)、非科学的なものとして扱われているらしい。
どう占うの、と尋ねると「きぎょうひみつ」と彼女は嘘を吐いた。




