22話 拠点の孤児院
本当に仲が悪いのか疑わしくなるハルアードとジュナスの抗議に、グランは肘を付いて呆れながらため息をついていた。
「いや、なんでって言われてもこれから報告書まとめて、本部と会議でやり合わなきゃならんからな? 一応は俺の裁量の範囲内で処理できる所は処理はしたが、本部と国の担当の案件も多いんだよ。その直前に後回しに出来る試験とかやってられるか!」
「普通の一級遺物で、普通の特別昇格試験なら別にすぐにでも出来るんだけどねー。流石にこれだけ特殊事例が重なると試験官は誰でもいいって訳じゃないから、支部長の手が空くまで待ってもらうしかないかな?」
流石にこれから色々と根掘り葉掘り聞かれる上に、場合によってはネチネチと嫌味を言われるのが分かってる会議を前に余分な事はしたくないグランであった。
ちなみに通常の手順であれば、試験官を務めるのは支部所属のBランク相当以上の職員か、同部門のBランクの人間が依頼として引き受ける事になっている。冒険者部門の場合は、遺物を用いずにBランクの人間と戦って通用するかどうかという条件を限定した実戦形式の試験となっている。
「つーことで、今日はもう帰っていいぞ」
「支部長ー、私もちょっと孤児院まで行ってきていいですか?」
「手伝いが欲しいとこだから、理由次第だな」
「単純にレイちゃんが怠そうだから手を貸すためですかね? 記憶喪失設定のジュナっちの姿のハル君に孤児院まで肩を貸させるのも妙じゃないですか。後はカールさんに軽く事情説明もしてきますよ」
「あぁ、なるほどな。よし、ならそっちは任せるぞ」
「任されましたー。じゃあ行くよ、ハル君。あ、設定的にはジュナっちって呼んだ方がいいかな?」
「……いっそのこと偽名の方がいいかもしれない」
「まぁ人目がなければちゃんと呼んであげるから我慢してね、ジュナっち」
グランとエレインのどこか軽い調子の業務連絡も終わり、エレインの手を借りてレイアが立ち上がる。まだ回復していないのか、足元が覚束ない。呼び名にげんなりしつつもハルアードも帰る準備の為に大剣マルスと籠手ジュナスを手にする。
「あーちょい待った、言い方が足りなかったな。帰って良いのはハルアードとレイアの二人な。マルスとジュナスは明日まではここに居てもらう」
「え? あ、まだ持ち出せないんだ」
「なんでだよ!?」
「……ジュナス、お前は先程まで何を聞いていたのだ?」
「……あ!」
「今日の所は仕方あるまい。ハルアード、早く帰ってレイアをちゃんと休ませてやれ」
「分かったよ。明日は朝一でギルドに来るからね」
そうしてハルアードとレイアはエレインの付き添いの元、カールの運営するギルバート孤児院に帰るために支部長室を後にした。
ギルドの二階にある支部長室を出て、階段を降り一階へと辿り着く。
ギルドの一回には受付窓口や、依頼の掲示板、併設された直営の食事処兼酒場、待合用の座席などが見受けられる。まだ日が暮れるまでそれなりに時間がある為に人はそれほど多くはない。人が多くなるのは新規の依頼が多く貼り出される早朝と、日帰りの依頼の終了報告が集中する夕方から夜にかけてである。
「あれ? レイアとジュナスじゃねぇか? お前らもう帰ってたのか? ってレイアはどうしたんだよ?」
「マルスとハルアードの坊主もいねぇじゃねぇか? なんかあったのか?」
それでも顔見知りの冒険者が数人はいたようで、心配そうに声をかけてくる。ハルアードにとっても心配される事は嬉しくもあるのだが、事情が話せない状況では心苦しい限りである。
「はいはい、皆さん心配は結構なんですが、ちょっと今回の件は特殊事項になりますんで追求は自粛でお願いします」
エレインのその一言で、冒険者仲間たちは事情を察してそれ以上は何も言わなかった。
特殊事項とは、何らかの事情により重症者が出たりや仲間を失った場合やそれに類する状況の事を指し示す。必要以上の詮索は生き残った者達の傷を抉ることになるため、余程の場合でない限りは詮索しない事が暗黙の了解となっている。
厳密にはハルアード達は該当はしないが、対外的には仲間二人は行方不明となり一人は記憶喪失と人格障害という事になる為、表面上では間違った表現ではない。
そのまま、沈鬱な空気に支配されたギルドの一階部分を通り過ぎ、ハルアード達はカルエイアの街へと出ていく。ギルドに近くには冒険者やそれを客とする商店や宿屋が軒を連ねており、冒険者風の人間や獣人種、そうでない一般人など雑多な雰囲気で賑わっている。
遺跡の調査の為にこの街を出発して数日しか経っていないが、その光景を見て随分と久しぶりなようにハルアードは感じていた。
カルエイアの街はミーグレイス連邦のエイアル自治区の中で最も発展しており、人口も多い。獣人種の姿も当たり前のように街に溶け込み、冒険者は喧騒を広げている。街の中心部にあったギルドから、ハルアード達の拠点となっているギルバート孤児院までは少々距離があるために、定期的に街中を走っている乗り合い馬車に乗り、孤児院へと向かう。普段は歩きだが、レイアの体調を気遣っての事であった。
馬車に揺られること少し、目的地の近くまで来たので料金を払い三人は馬車を下りる。貸し切った訳ではないので、孤児院まではあと少し歩く必要があった。そして少し歩いたところでギルバート孤児院が見えてくる。
「あれ? レイアねーちゃん、だいじょうぶー?」
「ジュナにぃ、おかえりー!」
「エレナねーちゃんもいる! なになに、なんかあるのー?」
ギルバート孤児院に到着すると、小さな子供達がワラワラと集まってくる。その子供たちは猫の獣人種や、犬の獣人種、普通の人間など人種に統一性はない。
時間帯としてはまだ昼間の為、まだ学校へ入学出来ない年齢の子供が多い。もう少し経てば学校から帰ってくる子供や、この孤児院で育ち学校を卒業したが独立するにはまだ早い者達も帰ってくる。
「レイアさん、どうしたんですか!? エレインさん、一体何が!?」
幼い子供達の面倒を見ていた少年がエレインの手を借りてやっとの事で歩けている疲弊したレイアを見て慌てている。エレインはレイアを訪ねてよくギルバート孤児院に来ているので大半の孤児とその関係者は面識がある。
「私はただの魔力切れだから、心配はいらないわ。カールさんいる?」
「カールさんには私が話しておくから、レイちゃんはすぐにでも寝なさい」
「……分かったわよ。エレ、後の事お願いね」
「任せなさーい! さぁみんな、レイちゃん疲れてるから寝かせてあげてね」
『はーい!』
レイアはエレインに任せて自身の寝室へと向かい、エレインも大人しく寝られるように子供達に言い聞かせていた。入れ替わるように建物の中からマルスと同年代くらいの男が姿を見せる。
騒ぎ出した子供達の様子が気になって出てきたのであろう、この孤児院の院長であるカール・ギルバートであった。
「レイアが帰ってきてたみてぇだが、随分と早い帰還だな? ジュナス、ハルアードとマルスはどうした? エレインもこの時間だとまだ仕事中じゃねぇのか?」
「あーそれがなんと言うか……」
「私の方から説明させていただきますね、カールさん。私は仕事の一環で来ています。特殊事項の為、子供達のいない部屋で話せますか?」
普段とはまるで調子の違うエレインのその言葉でカールは事情をある程度理解する。ギルドの職員が直々にやってくる特殊事項など元々良くない話だ。それがギルドのお抱え情報員をやっているカールに説明など、通常では異常事態が発生したという事に決まっている。
「……分かった。院長室が空いているから、そこで話そう」
聞くのは気が重いがそういう訳にもいかずカールは施設内へと入っていく。その後に続き、エレインと
ハルアードが歩いていく。そして、院長室でこれまでの経緯が話される。
事情を聞き終えたカールは眉に皺を寄せながら悩まし気な表情になっていた。間違いなくカールがギルドの関係者でかつレイアの過去の事件にも関わっていなければ、完全に伏せられていた情報だ。頭を悩ませたくなるのも仕方のないことではある。
「……なるほどな。随分と厄介な事になってやがるな」
「表に出せるのはジュナスさんの記憶喪失と人格異常、それとマルスさんハルアードさんの失踪という事だけになります」
「はぁ、それだけやらかしてりゃ仕方ねぇ措置だが……ガキ共が悲しむじゃねぇか」
孤児院の子供達には表に出せる情報で嘘を伝えるしかない為、カールは子供達の悲しむ顔を思い浮かべ陰鬱な気分になる。救いとしては真実ではない事ではあるが、それを伝えられる日が来るかはわからない。
ハルアードは小柄なせいで一部の子供達に舐められていたが、それは懐かれていた事の裏返しであった。そしてマルスの魔術や豊富な知識に憧れを持っていた子供達もいた。だからこそ、二人が行方不明だと、嘘でも言わなければならないのが辛い。
だが、冒険者はそういう厳しい側面があるという実感を持たせる為もある。厳しいかもしれないが、それを知らずに冒険者になるのは危険だからだ。
ハルアードもまたカールのその言葉を聞き、子供達の泣く姿を思い浮かべて陰鬱な気持ちになっていた。
「まぁともかくだ、ジュナスの姿をしてるがハルアードで良いんだよな? よく生きて帰ったな」
「ただいまって言って良いのかな……? これから嘘で固めなきゃいけないのに……」
「良いんだよ。ずっとそのままでいるつもりはないんだろう?」
「……だけど、戻れるかどうかすら分かんないよ?」
「んなもん、こっちでも情報探ってやる。んで元に戻ってから笑い話にでもすりゃいいさ。それに姿形が変わったって、お前らの家は今はここだろう? 明日はちゃんとジュナスとマルスも連れて帰ってこい!」
子供達を悲しませるのは確実だ。元に戻れるかもまだ可能性すら全く探れていない。これからどうなっていくかすら分かりはしない。そんな中で帰ってこいと言ってくれる場所があることにハルアードはとても嬉しくなっていた。
その日の夜はカールから聞かされたハルアードとマルスの事で泣く子供達の姿をあった。その事実がハルアードの心に重くのしかかってくる。
ハルアードの劣等感の固まりであった自身の小柄な体に、意地でも戻ってやると心に決めた夜になった。




