パシリ
「あ、お出かけですか? 牛乳が切れましたので買ってきてくれますか?」
「牛乳飲んでも大きくはなれないぞ」
主に胸部。
「今度は私がキレますよ?」
「おお、カルシウム取っておけ、カルシウム」
「そのカルシウムに今し方ケチを付けたのは貴方ですけどね」
洒落とユーモアに少しの殺気を混ぜながら、雛子は応じる。本当に俺たちは許嫁同士なのだろうか?
もしかしたら永久だけでなく、俺自身の記憶も混乱しているのかもしれない――。と、懐疑的になってきたところで、雛子の部屋を後にする。にらまれている気がしたが気のせいだと思うことにした。
「さて、あっさり許可もでちゃったけど、どこに行こうか」
一応女性(型)と二人で外出するわけだから同居人兼許嫁に許可を取ろうと思ってみたのだが、そんなことよりカルシウムが大事らしい。
「これで良いのか分からなくなるけどね」
「うん。俺もちょっと分からなくなった」
一般的女性のような反応はまるで期待していないけれど、もう少し独占欲とか燃やしてくれても良いんだけどな。このままじゃ俺はアンドロイド偏愛になっちゃう気がする。残念ながらそれを燃やしていようが、それを見せないのが雛子だ。
「お出かけ? 丁度良い。スパイスから作るカレーに挑戦したいから各種取りそろえてきて欲しい」
「あ、お出かけですかー。お菓子作りたいのでパウダーシュガーとグラニュー糖をお願いします! あ、グラニュー糖以外のお砂糖はだめですからね! 間に合わせとか無しね」
………………。
「永久、なんかまじめに悩んでるのが馬鹿らしくなってきたんだけど」
結構前の段階から。
「うん。何をクソ真面目に悩んでるのだろうって、悲しくなってきた……」
ええと、なんだっけ、牛乳と、スパイスと、パウダーシュガーとグラニュー糖……。
腐るし、細々してて持ち運びに不便だし、重いし!
もう少し同居人に優しくしてあげて欲しいと思ってしまうのだが、俺が言えたことでも無い。
…………あ! 『俺が言えた事じゃないって』って毎度思ってるからこんな事になってるのかも!
「これはこれで愛情表現なんだと思うことにした。異論は認めない。」
そうでもしないと心が壊れてしまいそうだ。アンディーもなかなか繊細だが、人間は人間で面倒なものだ。
が、さすがは人間。心を守るための思いこみや切り替えならばお手の物だ。
「私もそう信じよう……」
あえて何でもないことのように振る舞っているんだろう、皆。あまりプレッシャーをかけても良いことはないだろうから。夕陽なんて、さっきわざわざ相談に行っているのにあの反応なんだから。
俺と雛子の下らない痴話喧嘩よりも、さらにぞんざいな扱いを受けてしまっていた。
「街に出てみると、やっぱり第5世代以降が多いみたいだな」
「リードとか、デイブレイクとか、あ、ユニバース社の子もいる」
ユニバース社はデザイン・機能面で独自路線を突っ走っており、固定ファンはいるのだ。ああいう固定ファンがいる会社は強いよなぁ。それに、様々なコラボなどで新規顧客開拓にも余念がないのだ。
目立たないが、確実に存在感を放っているのだ……むう。
「まぁ、あんまり余所の子を見るのも失礼か」
現在の日本のスーパー・マーケットはアンディーのたまり場となっており、人間よりアンディーの割合が多かったりする。アンドロイドの見本市、なんて呼ばれ方さえしているほどだ。確かにここに来たならば実際に稼働しているありとあらゆるアンドロイドを見られるからな。
「あー、知ってるはずなのに知らない子ばかり――」
「記憶が飛んでるわけだしな」
本当に記憶の混乱は深刻らしい。データの照会がうまく行っていないのかもしれない。
「試作機と自作機を除けば、永久は最新機種なんだけどな」
「私としてはまだまだ〈ピア〉のつもりなのに、〈ネクスト〉って名前なんでしょう、この素体。よく分からないけど、ピアよりも、その、胸が……」
永久ことネクストさんは、自分の胸のあたりをちらりと見つめる。なぜネクストの胸が小さいのかは諸説あるのだが、彼女としては理屈付けよりも結果の方が大事だろうから何も言わないことにした。
「パテでも盛ってやろうか?」
「魔改造フィギュアじゃないんだから……」
よくあることなんだけどな。電器屋でも売っているんだぞ、アンディー用パテ。人工皮膚の延長的なものだけど。
「それはそれとして、お買い物をしないと!」
緑色の買い物かごを握り直し、永久にそう言った。果たして、なんでこんなことになったのだろうか?
俺は確か、永久の記憶混乱をどうにか解決しようと対話を試みていたはずなのだが……?
「あ、そうだ――イチゴオレが切れていたかも」
とりあえず牛乳は後回しにしておこうと思ったのだが、真っ先にイチゴ牛乳を想起したらしい永久がひらめきを口にする。
「イチゴオレ、もう飲まないから買わなくて大丈夫だから。トラウマから来るイチゴ嫌いが般化して全般駄目になっちゃったんだ」
理屈は分かっているし、なんか情けないのも分かっているのだがどうにもならないのがトラウマと言うものである。一度危険と認識した食べ物を何度も食っていては命が幾つあっても足りないから、本能的な恐怖を覚えるのかもしれない。
「――ああ、だから私の記憶混乱に気づいたのね?」
「そう。永久は生意気なポンコツだけど、持ち主の好き嫌いくらいは気にかけてくれる子だよ」
まあ、たまに雛子がどうしてもイチゴオレが飲みたいと駄々をこねることもあるから全く買わないと言うわけでもないけれど――あの子が背伸びをし始めてからは、滅多にお目にかかることのない飲み物になっていた。
「ふふ――そんなマスターを堂々と裏切って記憶を封じ込めた私って、どれだけ卑怯なんだろう」
卑怯、か。アンドロイドとしてのつとめを完全に放棄していることは確かなのだが――。
「良いんじゃないか。少なくとも、まだお前はまだ元気に動いてるんだ。それに越したことはない」
「それで納得できるほど単純な思考回路を積んでいないのが、私たちの不幸かもね」
あまりにも複雑になりすぎた機械は、人一人の力でどうにかできる域を越えてしまう。そんなのは21世紀に入った頃から当然のこととして受け入れられていたことだ。
ただ、それを自覚できる機会が案外少ないのが人間の悲劇だろうか。
「それで――夕陽のスパイスってどんなのが良いのかな。朝陽もお砂糖買って来いって言ってたし」
「一通りそろえて欲しいみたい。それにしてもマスターを堂々とこき使うアンドロイドもなかなか……」
便利な便利なデータリンク機能、すばらしいね。
我が家は永久を中心にネットワークが形成されているし、やはりなんやかんや彼女は我が家の要である。
「お前が考えすぎなんじゃないか?」
「かもね」
もしかしたら、三人は俺たちに会話のきっかけでも与えてくれたのかもしれない。
きっとお使いをこなさずに帰っても、三人は何にも言わないだろう。あいつらはそういう人間だ、たぶん。
「マスター」
……珍しく、永久が自分のことをそう読んだ。いつもはぞんざいに呼び捨てのくせに。
「明日修理に出して、もし駄目そうなら目覚めないうちに買い換えてね」
「砂糖、砂糖…………」
「人が真面目に考えてるのに……」
「なんだっけ、グラニュー糖以外のお砂糖だっけ?」
「グラニュー糖以外は認めないって言ってたのに」
あざけるような視線の割に、どこか楽しそうにしている彼女は、デザイナーのおかげなのか、彼女の魅力のなせる技なのか――とても可愛らしかった。




