◆2月25日「春なのに・・・」
おはようございます。
本日の埼玉県ふじみ野市はな~んにも浮かんでない青一色の
空でございますよ。
今日は気温が15℃くらいまで上がるんだそうですが、
今の処寒いです。
でも、何と無く春が近い様に感じられて、なんとなくわくわくしますね。
でも、
花粉が飛び始めたそう何で、
花粉症の皆様には辛い日々がやってきます。
どうしても耐えられなくなったら、沖縄に逃げましょう。
誰だ、杉の木こんな大量にうえたやつぁ
責任者出て来~い!!
え~と、えへへ、今日も元気に参りましょうね♪♪
さて、
会うは別れの始まりと申しますが、
今週末には3月になろうとしておりますな。
3月と言えば卒業式シーズンですね。今でもあるんでしょうか
「先輩、制服のボタン下さい」って言う奴。
この風習がピークはだったのは、今、30代~40代の人なんですって。
ここをピークに第二ボタンを貰う習慣は減って行く一方となる訳です。
で、
この第二ボタンを貰う風習つて言うのは意外にも古くから有って、
どうやら「戦争」絡みの風習だったらしいのですよ。
詰襟の制服は軍隊の制服から始まっているらしく、
外国から来た人がそれを見て軍人と勘違いして、
日本は戦争を放棄したんじゃなかったのかって大使館に怒鳴込んだりなんかする人が
相次いだそうです。男子は詰襟、女子はセーラー。そう言う服装の
子供達が大量に街中歩いてれば、
この子達が成人した頃に、もう一発かまそうかって
思ってるんじゃないかって、言う風に見えても
しょうがないですね。
そんで、第二ボタンに戻りますが、
強制的に戦場送られる若者達が、もう帰って来る事が
出来ないかもしれない。
戦時中、物がない時代に何かを渡しておきたい。
でも、自分の一番大切な人には、何か渡しておきたい。
その時当時の若者は思ったのですよ。
軍服の第二ボタンなら良いんでないか言って。
第一ボタンだと襟元が開いちゃってだらしないし、
お国からの支給品になんて事するんだって
怒られそうだしね。
でも、
第二ボタンなら目立たないし襟元がびろ~んってならないから
だらし無くも見えない。
更に左手を胸の前に当てるタイプの敬礼なら、
完全に隠れちゃって分かんないからオッケーさっちゅう事になったんだそうです。
その理由は伝承されず、行為だけが残って受け継がれた
と、言う事なんですが、う~ん、どうなんだろ。
実はもう人う説が有ってですね、
今30~40代の人ってこの曲を聴いてる筈なんですよ。
そう、柏原芳江さんの「春なのに」が卒業ソングのピークに
なってた頃ですね。
この歌の2コーラス目に「記念に下さいボタンを一つ・・・」云々の
歌詞が出てくる訳なんですが、
ここがこの曲の聞かせどころになってるんですよ。
この歌は発売当初、バカ売れして、海援隊の「贈る言葉」と
人気を二分する人気が有った卒業ソングでした。
じゃぁ聞いてみたいなぁという方はYouTubeの
http://www.youtube.com/watch?v=2of-fZBzHL4
柏原芳江「春なのに」
で聞けますので宜しければ聞いてみて下さいまし、
あ~そうかぁって納得できる歌ですよ。
ちなみに作詞・作曲は中島みゆきさんです。あの頃はこう言う
あの時代は柔らかい曲も書いてたんですね。
今は「こっおやっより君に告ぐ~」つて言う物凄い
ハードな路線で勝負してますよね。
更にもう一つ理由があるんですが、これが本命だと思うんですが、
実は、この頃から学校の制服が学ラン、セーラーから
ブレザーに変わり始めたのですよ。
ブレザーじゃ第二ボタンもなにも無いですからねぇ・・・
今は、ネクタイとかリボンとか、ネームプレートや制服その物が
奪われるそうです、
とりあえずなんかくれって言う事なんでしょうけど、あんまし過激な事は
しないでくださいね。
それにしても身も蓋も無い結論ですなヽ( ・ω・ )ゝ
春なのにお別れですね。
でも、三年間培った友情や愛情は簡単に捨てないでくださいね。
学生にとって一番の人生の分岐点、
みんなで笑顔でお別れ致しましょう。
ではまた明日(⌒∇⌒)ノ“”マタネー!!
色々、ごちゃごちゃ書きましたが、個人的には戦時中の習慣から来てるような気がするんですよね。戦後になってもこのボタンの願掛けは続いて最後のとどめに柏原芳江さんの歌が付いて来るそう言う事になってんじゃないかな。学ランとかセーラー服とか激減してて、この風習も絶滅危惧種入りしてるんだろうんぁ、でも、昔のまんまで立ち止まってる訳にはイケませんものね♪♪




