11. 急患~B
~B:バローザ視点です。
城門を抜けると、町中の屋根を飛び越え、ギルド前広場に飛び降りる。
ズドォォン、…バターーーン!!
「きゃぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁっ。」
足で蹴り開けた扉は思いがけず大きな音が鳴り、ギルド内は一時騒然となった。
「敵襲だーーー!!」
とち狂った職員が緊急警報を打ち鳴らしたお陰で、ギルドどころか町中が騒々しく騒ぎ出したが、バローザはその一切を無視してギルド1階奥の救急救護室へと駆け込んだ。
「セルギリオ、急患だ。昨晩から発熱して熱が下がらない。」
「おおぉう!?は?バローザくん!?スパイダーリリー討伐に行っていたと聞いていましたが?まさか、また狂言自殺でも?」
コイツは腕は良いが一度話し出すと長々と無駄話しを続けるきらいがある。
じろりと睨み付けると、肩をすくめて治療道具を並べ始めた。
俺との婚約を迫って狂言自殺を試みた令嬢の所為で、今こうして苦労しているのだが、コイツはそんなデリカシーも無く蒸し返してくる。
「ええ、解っていますよ。男は黙って、仕事しろというのでしょう?」
漸く診察を始めたのを、俺は部屋の隅でじっと見守った。
暫くすると、セルギリオは女性の看護婦を呼び、俺に退室を求めてきた。
救護者として見届けるべきだが、看護婦の女から冷ややかな目線が飛んできた。
「バローザくん、いくらS級だからって婦女子の身体は見せられませんよ。勿論私は別ですけどね。あくまでも診察ですから。」
したり顔で戸口を指差すセルギリオを睨んでいると、その扉が勢い良く開いて、ギルド長のデグスレイが怒鳴り込んできた。
「バローザはいるかぁ!?貴様ぁ!大混乱を起こしておいて何を呑気に救護室などしゃれ込んでやがる!!」
ここ3年程は顔も合わせて居ないにも関わらず、このアンベルクの町の人間は馴れ馴れしい奴らばかりだ。
15年以上前になるが、たまたま俺が滞在していた時にスタンピードが起き、異例の早さでスタンピードを抑えることが出来たのを未だに感謝しているらしい。律儀な事だが、お陰で有力者達から婚姻や養子入りの持ちかけなど、面倒な話が舞い込んでくるのには閉口するが、此処のギルド長デグスレイや救護長セルギリオら、気持ちの良い奴らも一定数はいる。
総じて馴れ馴れしいのがネックなのだが…。
「おおぉいぃぃ!!この距離で話しているのだ、返事くらいせんかぁ!」
「この距離だから、返事はいらんだろう。で、何用だ。」
至近距離からつばを飛ばすデグスレイにうんざりしながら答えると、デグスレイは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「何を、だとぉう?お前、自分のしでかした事態を理解しているか?
凶悪な怒気を放ちながら森から降りてきて、民家の屋根を飛び廻った挙げ句ギルドに襲撃を掛けただろうが。町は大混乱だぞ。」
余りの騒々しさに、デグスレイと共に救護室を追い出され、執務室に連れて行かれるが、そこで補佐官のサムから聞いた話では、町はこの短時間でスタンピードが起きて、森の防御壁を破って魔獣が町になだれ込んだと大混乱になっていたらしい。
「で、何故俺が怒られているのだ?」
サムとデグスレイは顔を見合わせるとあんぐりと口を開けた。
「おま…お前…まだ解らんのか。お前が毛皮で顔を隠して魔獣のふりをして町中を蹂躙し、ギルドの扉を破壊したから、こんなことになっているんだぞ。」
「はっ!?身に覚えが無いぞ。いや、魔獣の毛皮は腕に抱えてはいたし、ギルドの扉を足で開けたのは確かに俺だが、どうしてそうなった。」
「どうしてそうなった、だとぉう?コッチが聞きたいわ。お前は、真剣になると、それはそれは凶悪な顔つきと、とんでもない怒気で人を殺せるほどだと自覚したらどうだ。
本当に今に死人が出るぞ。」
双方の誤解が解けたところで、討伐の成果についての話になった。
「山頂付近のスパイダーリリーはぱっと見、5~6体セットで動いているようだ。山頂の一本杉の辺りの集団が2,4に別れて固まっていたので、2体のうちの一体を仕留めてきた。
浮遊していた毒は昨日の雨ですっかり消えている。頂上の風は西南西だ。町には全く影響は出ないだろう。」
討伐状況を伝え、サムがそれを記録する。
リコリス群生地は山の何カ所かに散らばっており、それぞれにスパイダーリリーが住み着いているが、討伐後に、仲間の蜘蛛が飛ばす毒素のことを考えると、毒が薄まりやすく、退散が容易な頂上附近での討伐が一番理想ではある。
他にも、森の様子を細かく伝え、一旦、ギルド裏の加工場に職員を集めて、スパイダーリリーの解体を行い討伐魔材の一部をこのギルドに卸した。
「ありがとうございます。バローザさん。
お陰でこのギルドの名が売れて5年先まで安泰です。」
ほくほく顔のサムは早速待たせている商談相手との交渉のため書類を抱えて建物に戻っていった。
残されたバローザは、令嬢を置いてきた救護室へと向おうとしたが、ギルド長デグスレイに止められた。
「で、あの女は一体何処で拾ってきたんだ。まさか、お前が令嬢を抱えてギルドに駆け込む日が来るとは驚きだ。」
何だ、スタンピードだと騒いでいた割に、しっかりと観察していたようだ。
デグスレイは散々無駄口を叩いてから、失踪令嬢のリストを引っ張り出してきたが、何処にもあの令嬢に該当する捜索願は出されていなかった。
「手足に傷はあったが、労働者のそれとは明らかに異なる。肌の白さも、あの髪も、お前の言うとおり、どこぞの令嬢で間違いないと思うのだが、年齢は本当に成人の18歳を超えているのか?あのサイズだと良くて13歳だろう。」
救護室に居たのは短い時間だったが、あの一瞬でしっかり見るべき所はチェックしていたようだ。
流石、ギルド長を勤めるだけのことはある。
デグスレイも、あの令嬢の話しぶりを見れば、成人していると解るだろう。
だが、捜索願も出ていないとなると、ますます彼女の身の上が気になるところだ。
バローザとデグスレイは連れだって救護室へ向かった。
「ああ、バローザくんにギルド長。丁度診察も終わって呼びに行くところでした。」
救護室の隣にある個室から顔を覗かせた救護長セルギリオは、俺たちの顔を見ると、入室を促した。
然程大きくないはずの寝台にちんまりと横たえられた令嬢は、白い患者服を纏い、静かに寝ていた。
先ほどまでの苦しそうな呼吸が幾分か収まったことにほっと安堵する。
「呼吸は落ち着きましたが、体温が急激に低下しています。今までは、バローザくんが抱いていたから体温が確保出来ていたようですが、一人では一定の温度が保てないほど衰弱していますね。一体何があったんです?胃も空っぽのようだけど。」
何故か非難めいた目を向けられるが、俺は無関係だ。
「貴様、いくら女嫌いだからって、か弱い令嬢相手に非道な行いをしたわけではあるまいな。」
デグスレイが凄んでくるが、完全に濡れ衣だ。
「チッ。だから女と関わるのは嫌なんだ。
俺はこの女とは無関係だ。一昨日、6合目の草原で呑気に昼寝しているのを見つけて、雨が降る前に護衛と下山するか、洞窟で雨宿りを勧めたが、夕方になって護衛も連れずに洞窟に姿を現した。」
「6合目の草原に一人で、だと?」
ギルドに連れてくるまでの経緯を聞かせると、二人は腕を組んで黙り込んでしまった。
「では、この令嬢の名前も、出身地も知らないと言うことか?」
「ああ、俺とは無関係の他人だからな。」
「他人は無いでしょう。二晩を過ごした仲なんですから。何故食事くらいわけてやらなかったんですか。」
医者の観点からか、非難めいた視線を投げるセルギリオを無視して、令嬢に目を向けると、薄らと目を開いて何かを喋ろうとしていた。
「起きていたのか?調子はどうだ?」
寝台に手を着いて覗き込むが、令嬢から発せられた言葉は、俺の心を抉った。
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