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まだ持ってたんだ

                 

                  NO.2 「まだ持ってたんだ」


 はるかはコンビニエンス・ストアのドアの前で立ち止まった。レジにいる女性の店員は愛想のいい声で彼女を迎え入れた。彼女は雑誌の置かれた棚の前で漫画を読みふけっている航の背後に歩み寄り、肩に手を置いた。

「よっ、久しぶり」

 彼は驚いたように後ろを振り向いた。

「何だ、お前か」

 彼女は背中の後ろに回した両腕にハンド・バッグを提げ、にこやかな笑みを浮かべていた。

「何だとは、何だよ」

 彼が両手に開いている漫画に視線を戻すと、彼女は彼の背中からそれをのぞきこみ、にやけ笑いを浮かべた。

「何、読んでるの? ひょっとして、エロいマンガ?」

 彼がそれに取り合わず、次のページをめくると、彼女は不満げに彼の腕をはたいた。

「ねえ、暇なんでしょ? どこかに遊びにいこうよ」

「ちょっと、黙っててくれる? 今、いいトコロなんだよ」

 彼女はつまらなそうに唇を尖らせると、暇を持て余すように彼の着ている服をひっぱったり、彼が肩にかけているバック・パックの中身をのぞいたりしていた。彼は漫画のコマを目で追いながら、ようやく彼女に訊ねた。

「それで、どこに行きたいの?」

「カラオケなんて、どう?」

「カラオケか。そういえば、最近、あんまり行ってなかったな」

「いかがですか?」

 彼は両手で挟むように漫画を閉じて、フッと息をついた。

「よし、それじゃ、行きましょうか」

 彼は読み終わった漫画を戻すと、喜んでいる彼女に向かって思い出したように言った。

「あ、ちょっと待った。その前にタバコ買ってくる」

 彼は彼女といっしょにレジの前に並んで、前の客が買い物を終えるのを待った。その時、彼の黒いジーンズ・パンツのポケットに入っていた携帯電話のバイブレーションが震えた。彼はポケットからそれを取り出すと、着信画面を見た。

「誰から?」

 隣にいる彼女がそう訊ねると、彼は携帯電話を閉じて、またポケットにしまい込んだ。

「大学の……友達」

「いいの、出なくて」

「また、かけ直す」

「あの、お客さん」

 人の良さそうな店員のおばさんが彼にそう呼びかけた。

「レジ、空きましたので、どうぞ」

「あ、すいません」

 彼はいつも吸っているタバコをその店員に注文し、財布からお金を取り出した。

 彼は店の外に出ると、ポケットから自転車の鍵を取り出し、彼女は慣れた手つきで自転車のロックをはずす彼を後ろから見ていた。

「自転車で来てたんだ」

「まあな」

「ねえ、後ろに乗っけてよ」

「ええ、やだよ。お前、重そうだし」

 彼女は彼の自転車の後ろに強引にまたがると、彼の背中を引っ叩いた。

「ほれ、さっさとこぐ。早く行かないと、日が暮れちゃうよ?」

 彼は彼女の顔を見ながら、憎たらしげに舌打ちをした。

「あれ、そのネックレス……」

「えっ、何?」

 彼は彼女の着ている白いセーターの胸の上にたたえている十字架のネックレスを顎で示した。

「そのネックレス、まだ付けてたんだ」

「ああ、これね。けっこう気にいってるの。それに、私の大切なお守りだしね」

「お守り?」

「そう、お守り」

「ふん……まあ、いいや。行くぞ」

 彼は自転車のペダルに足をかけた。錆びついたチェーンが擦れる音をたてながら、自転車は二人を乗せてゆっくりと走りだした。彼女が彼の体に両腕を回し、力いっぱい抱きしめると、彼はペダルをこぎながら、背中にしがみついている彼女に顔だけ振り向けた。

「おい、危ないって。もう、ちょっと離れろよ」

 休日の街、穏やかな秋の午後の空気、そして、彼の後ろで悪びれることもなく笑っている彼女。二人を乗せた自転車は柔らかな日差しが降り注ぐ街路樹を緩やかに通り越していった。


 

 

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