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異世界ゼミの主人公諸君  作者: 福緒唯
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プロローグ

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なお聞こえけれ


                    藤原公任 【拾遺集より】


―藤原公任(ふじわらのきんとう)を知っているだろうか。

後に大納言(だいなごん)公任(きんとう)と呼ばれるこの人は平安時代を代表する歌人である。

そして、僕、織部真央《おりべまお》が幼少期にひどく感銘を受けた人物だ。

5歳の頃、読み書きの学びの一環として百人一首で遊んでいた。大人げなく札を取り続ける父に負けまいと目を凝らし、そうしてやっと取った一枚が『なこそながれて なほきこへけれ』だった。当時の僕は幼すぎて何を表している言葉なのか全く分からなかったけど、目に飛び込んできた平仮名にとても惹かれたことは鮮明に覚えている。

それから、父と母にこの言葉はどういう意味なのか。大納言公任という人はどんな人なのかと問い続けた。僕が分かるようにひとつひとつ答えてくれた両親の言葉は胸が躍るものばかりだった。


「もう無くなってしまっていても素晴らしいものはずっと語りつがれる。という意味かな」

「様々な才能に恵まれた人だったのですって。努力の人だったのかしらね」


今から千年以上も前に人が生きていて、その人が遺したものが伝わっている。

僕もそのような人になりたいと思うのに時間はかからなかった。


努力を重ねていけば、いつか何かを為せる人になる。漠然とした目標だったけど、僕はみるみるうちに良い子になっていったらしい。気づけば井戸端会議の人気者になっていた。


「真央くんは皆のお手本みたいな子ね」

「ウチの子ったら、将来は真央くんのお嫁さんになるのって聞かないんだから」

「真央くんはお母さん似でかわいい顔立ちをしているから、アイドルにだってなれちゃうわね、ふふ」


そんな幼少期を過ごしていた僕は、小学校に入ってからも文武両道・品行方正に努めていた。

元々勉強は好きだったし、目に見える形で成果が出ることが楽しかった。三舟の才と呼ばれた公任様を追い越すほど立派になりたいと作文に書いて、担任の先生を驚かせたこともある。

中学でも変わらず過ごしていた。周りと調和し、最善の選択をする……。けれど、思春期に入ったクラスメイトたちの浮ついた空気にどうしても馴染むことができなかった。別にモテなかったわけではないので僻みだと思われるのは心外だけど。……これが一生に一度の恋だといわんばかりに一喜一憂する周りを理解することができなかった。

結果、クラスのヒエラルキーをどこか別の世界だと感じるほどぼんやりした距離感で過ごす日常は、なんだか現実めいていなかった。

そんな日々は更に勉強に精を出す理由になった。それに何かを為すためには誰よりも努力を積み重ねなければいけないのだから、いくらかの犠牲は当然のことだ。


――この頃には、公任の遺した和歌の意味を理解することができるようになっていた。僕にとって希望だった和歌が、無常であったり儚い世を詠んでいるのだと知り、世知辛さを感じてしまった。彼の才でさえ、このような和歌を後世に遺してしまう。ならば、より一層勉学に励まなければいけない……そう思っていたことも僕という人間の形成に影響しているのかもしれない。


高校生になっても変わらなかった。変わるはずがない。

都内一の難関進学校に入学し、定期試験は学年一位。全国模試でも全国一位。何のことはない。勉強という努力がかたちになっただけ。そして、この結果を残していれば両親も親戚も教師も僕に対して評価を下げることはない。


「織部真央は俺らと住む世界が違う」

 そんな雑音を聞いている暇なんてなかった。


努力を続けていれば、僕はいつだって最適解にたどり着けるはずだった。


不測の事態に遭遇することなどなく。


そのはずだった。




「ところで皆は異世界転生派? 異世界転移派? 俺としてはやっぱ強くてニューゲームがいいから、転生のほうが好ましいんだけどエクストラスキル持ちで転移もしくは召喚ってのも夢があるよな! 今のまま強くなるのも超カッケーし!」

「転生先にもよるけど、その世界の世界観に見合った人物として過ごすほうが幸せなんじゃないの? だからアタシは断然転生派。やっぱ破滅の未来を回避して領地経営で周りをギャフンと言わせてやるわよ。商学部として腕が鳴るわ」

「あー、そっか……世界観ね。なっるほど! でもジャージで世界を股にかけ、俺の功績でジャージが流行るみたいなのもひとつのロマンじゃないかな?」

「ジャージの勇者とか最悪なんだけど」

「うわー、スミレちゃんきついなぁ! あ、九条さんはどう? 転生? 転移?」

「私はどちらでもなくて、招待……というんでしょうか。ある日、手紙が届いて魔法学校に……みたいなかたちで。ハイ・ファンタジーやロー・ファンタジーとの境界が難しいところですが、現実の延長線上に異世界があるという考えが理想です」

「誰もが一度は夢見るあれ! わかる~。それもまた異世界だよな!」

「現実世界でも空想やファンタジーのエッセンスが加わって世界が切り離されていれば、それは一種の異世界ってこと……ふぅん、いいじゃん。なんか九条さんっぽい」

「はい! わぁ、こんなふうに自分の好きなものをお話するのはじめてだったのでドキドキしました……!」


「じゃ、織部くんは?」


突然目の前で繰り広げられるわけの分からない討論に、僕はただ唖然としていた。異世界? 転生? 転移? それはつまり、いわゆる天国や地獄のことなのか。それとも異世界なら救われます的なあやしい宗教の話か? 僕は金髪が嫌味なく似合う男からの問いかけに対して、えと、あー……といった無意味な言葉にならない音を返すことしかできなかった。なにか、なにか言わないと。その一心で、パニック気味な脳をフル回転させて必死に言葉を絞り出した。


「……異世界って、なに?」


 ――どうして、こんな場所にきてしまったんだろう。


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