61 二人の時間
「あらまぁ、ローズ!お隣はだぁれ?プラムちゃんは一緒じゃないのね!」
元気よく挨拶を飛ばしながら笑顔を向ける市場の店員に私は頭を下げてフランを見上げる。咳払いをして口を開く前にフランに先を越された。
「夫のフランです。はじめまして」
「あーら、旦那様……!?」
驚いたように目を丸くするから、私はそれ以上の追求を避けるために形の良いトマトを見比べるフリをした。
フランを連れて歩くと注目を浴びる。
食料の買い出しには一人で来ることが多かったから、こうして彼を伴って来たことはない。プラムのお迎えの後で二人で訪れたことはあるけど、お店の人も初めて目にする男に驚いたことだろう。
(うぅ……なんだか落ち着かないわ)
とりあえずフランの腕を引いて必要なものだけカゴに入れて会計を済ませた。
そのままズンズンと通りを進む。ちょうどお昼時ということで、食事を取りに外に出た人が多いようだ。プラムはそろそろお昼寝の時間かしら、と頭の隅で考えた。
「ローズ、服が伸びる」
「あ……ごめんなさい、」
握っていたフランのシャツを離して謝る。
すると、目の前に手のひらが差し出された。
「………?」
「あんたが迷子にならないように手を繋ぐんだ」
「なっ、私が何度この道を通ったと…!」
「俺がそうしたいから、良いだろう?」
渋々頷くと、フランは私の手を取って歩き出す。
見慣れた景色、いつもの街なのになんだか一人の時とは違って見える。落ち着かない原因である彼は特に気にする様子もなく、立ち並ぶ店の中を覗きながら食事を取る店を検討しているようだった。
やがて、一軒の店の前で立ち止まると「ここで良いか?」と聞くので、私は承諾してフランの後に続いて中に入った。
「来たことあるの?」
「何度かな。店主が北部の出身なんだ」
フランはメニューを広げながら返事を返す。
店はどうやら卵料理の専門店らしく、ウロボリア内の様々な地方の卵料理を提供しているらしい。壁に掛かった絵画の一つに、ルチルの湖の絵を見つけて私は微笑んだ。
「なんだか不思議な気分。貴方とこうして二人で食事することになると思ってなかったから」
「そうか?俺はずっとこうなれば良いと思ってたよ」
「………っ、またそういうことを、」
「本当のことだ。どの面提げてって話だけど、ローズに思い出してほしかったし、だけど同時に嫌われたくなかった」
「そうね……貴方があの時の龍だって知ってたら毎日甲斐甲斐しく食事の用意なんてしなかったわ」
「………本当にごめん」
「ふふっ、冗談よ」
見るからにしょんぼりして見せるフランの頭をくしゃりと撫でてみる。私やプラムと違う黒い髪の下で、プラムと同じハチミツ色の瞳がジトッと睨み返した。
「冗談に聞こえないんだよ」
「そう?」
「あの医者が一緒に住みたいって言い出した時も気が気じゃなかった。あんたもまんざらでも無さそうな顔するし」
「そんな顔してないわ!断ったじゃない…!」
私は驚いてフランを見る。
どうやらまだ言いたいことはありそうだ。
「待って、そんなのお互い様でしょう?貴方は騎士団で女たらしで通ってるのよ。そんな人に私の態度をどうこう言われたくないんだけど」
「言っただろう。べつに特別な気持ちは無いし、話を聞いてほしいって言うから側に居たりしたのを相手が勘違いしただけだよ。誰とでもそういう関係になってたわけじゃない」
「………疑わしいわね」
フランは困ったように眉を寄せる。
凶暴な龍だった彼が今更そんな表情を作ったところで愛らしい小動物には見えないのだけど、表面だけでも害のない素振りを見せるから笑ってしまった。
「分かった、これ以上は問い詰めないから。お料理も来たし、食事にしましょう」
制服を着たウェイトレスが運んできたプレートをテーブルの上に並べる。私たちは互いの頼んだ内容についてやいやい好き勝手に言い合いながら、お腹を満たした。
オムレツを突くフランを盗み見る。
黒い髪の下で覗く顔はやはり以前よりも穏やかになったように思える。何か、彼が抱えていた秘密を下ろしたことによって内面に良い変化があったなら良いと思う。