アカガンダー
今、外に出れば星が綺麗だろう。
そう思えるほど、外は暗闇だった。先程までの具志堅家の喧騒で気が付かなかったが、ここは山腹の孤独な一軒家。よく目を凝らすと比較的近くに街明かりが見えるが、周囲に民家はないようだ。
「伯父さん達は街の方に住んでるんだけど、おばあさんは頑固に一人暮らししてたんですよねぇ」
蓮はスマホをポチポチしている。
「んん、今一緒に暮らしてるなら、それが正解っしょ」
シャワーを終えて大きめのTシャツとハーフパンツに着替えた縁ちゃんが、古いちゃぶ台に肘をついた。⋯結局、スマホをぽちぽち弄り始める。その辺はJKだ。
「明日も車移動なんだから、皆早めに寝ろよ。寝不足で車に乗ると酔うぞ」
「んん」
「りょっす先生」
曖昧に返して、彼らはまたスマホに没頭してしまった。⋯先生って何だ。俺を修学旅行の引率の先生だと思ってるのか⋯まぁいい。小学生じゃないんだから、寝る時間くらい自分で決めるだろう。
「そろそろ寝る」
奉がよろよろと歩いて襖を開けた。今日一日の乱痴気騒ぎで疲れ果てているのだろう。
「布団部屋は左の突き当たりです。あ、気をつけてくださいね!この屋敷、マジムンがいるらしいんで!」
「さっき遭っただろうが⋯」
遭ったよな、ウワーグワーマジムンに。
「ちがうちがう、家の中にもいるらしいんです。軽くイタズラする程度のやつが」
「あぁ⋯そういうのか」
心底どうでもよさそうに、奉が欠伸を一つして廊下の暗がりへ消えていった。
「⋯⋯誰か布団を敷いたか」
ふと目を上げると、先程寝に行った筈の奉が戻ってきていた。俺は敷いていない。他の二人も首を振った。
「布団が敷いてあったのか?」
「⋯⋯そうなんだが⋯⋯さっきの親戚連中が敷いたのか」
「良かったじゃないか。気を利かせてくれたのかな」
「あれは、どういう気の利かせ方なんだろうねぇ⋯⋯」
そう呟くと、思案げに顎に手を当てて考え込んでしまった。
「なんだよ細かいな⋯俺も寝るわ」
「待て、お前『どっちに』寝るんだ」
「え?」
布団部屋の襖を開けると。
正方形の豪華な布団に、枕が二つ並べられていた。
「―――は?」
つい、声が出てしまった。着いてきた二人も、部屋を覗いた瞬間、後退りしてしまった。
「え、一組!?ここでギッシギシになって寝るの!?山小屋!?」
「手前の部屋にも布団が敷いてある⋯」
「もう、先に言ってよ!」
ガラリと襖を開けた縁ちゃんが、再び後退った。
こちらには古びた布団が2枚、敷いてあった。
「あ、これ俺らが里帰りのとき使ってたやつ!」
「へぇ⋯そっか」
来客用ではなさそうだ。
「さて⋯ここからが問題だ」
「俺達は、どう寝ればいい?」
俺たち4人の間の空気が、妖しくざわめいた。
「いやいやいや!待て!なんかおかしいだろうこれ!これじゃ、ええと」
「この中の二人が、豪華な夫婦布団で同衾することになりますね!」
「言いにくいことをサラッと言うな!!」
縁ちゃんが、ジリジリと俺たちから距離を取った。⋯世話になっておいて言いたくないが、余計な事をしてくれるなこいつの親戚は。
「⋯⋯さっそく出ましたね、アカガンターが」
「アカガンター?⋯何だそれは。真っ赤な真っ赤な最強ロボか」
「結貴⋯それはレッドバロンだ」
「知ってるわ」
「さっき、ウチに出るといったマジムンですよ⋯座敷わらしとか、キジムナーに近い感じの子で、そこまで深刻な悪さはしないんです。各家庭によって個性はあるんですけど、ウチの場合」
人間関係を根底から揺るがすタイプの微妙なイタズラを仕掛けてきます!
「⋯⋯まさにソレだな」
改めて、二部屋の布団を見比べる。普通に考えれば二組の布団のうち一組を夫婦布団の横にくっ付けて俺達3人が寝て、縁ちゃんが別室ということになるが、縁ちゃんを古い布団に寝かせて俺たちだけフカフカの布団で寝るのはどうにも気が引ける。何よりその場合。
「縁をそっちの部屋に残して布団を一組持ってきた場合、俺と誰が同衾するんだ」
「そうなるのを考えるのが億劫だから何も言えなかったんだよな!?⋯あとお前がいい布団なのは決定なのか」
俺達は一応客だから、来客用の布団に寝かされるのは順当だが、でかい男が二人で一つの布団を使う絵面は考えただけで暑苦しい。なによりその横で幼気な中学生が古びた布団で寝ているのは何となく収まりが悪い気がする。が、縁ちゃんと蓮が同じ部屋で寝るのは⋯なんか、その⋯まあ、何もないとは思うが。
「俺と結貴は頻繁に同衾している。順当に考えればお前だな」
「待て!突然なんの話だ人聞きが悪い!!」
蓮が今までにない勢いでジリジリと後退り、逆に縁ちゃんが目を見開いて興味深げに身を乗り出した。
「そ、そんなことあんの!?」
「結貴はしょっちゅう、俺と同じ炬燵で寝落ちている」
「⋯なーんだ」
「ビビらせないで下さいよ!隣でおっぱじめたらどうしようと思いましたよ!!」
「気色悪いことを想像するな!!」
「ああ、それで言うなら縁も俺と同衾しているねぇ⋯布団を動かさなくてもいいか」
「嫌だよ高校生にもなって!ていうか今後、外で『同衾』て言葉を使ったら殺すから!!」
「くっくっく、神殺しかい⋯」
早くも人間関係がごっちゃごちゃに揺らぎ始めた。
「そもそも、これ敷いたのって親戚の誰かだよね!?⋯その人たちが、何考えてこの敷き方したのかが気になって眠れないんだけど!」
「いやいや、多分アカガンター⋯」「親戚でしょ!?そういうのいいから!!⋯これってさぁ、この中の誰かと私が『そういうの』だと思ったってことだよね!?」
そう言いながら縁ちゃんは俺の方をチラチラ見る。
「⋯ただ酔っ払ってただけじゃないかな」
「私が他人の家でそんなことする子に見えたってこと!?私そんなに派手に見える!?⋯あ、このかりゆしのせい!?」
「とんでもないです!ウチナーではかりゆしは正装ですよ!?」
「だよね!ならもう、これ普通にセクハラじゃね!?」
「うちの親戚はそんなことする人たちでは!⋯あの、いや、うん⋯ちょっと聞いてみようかな⋯」
親戚にも被弾。アカガンターの攻撃力よ。
「もう12時過ぎだ。こんな時間にバカバカしい事で電話するな」
「そう、ですね⋯余裕で起きて酒飲んでそうだけど」
「尚更だ。また乗り込まれてはかなわん」
「すみません⋯アカガンターとか言っちゃったけど、うちの親戚の仕業かも⋯若い衆が女の子連れてくると、すぐに冷やかしが始まるんですよぅ」
蓮がデレデレしながら頭を掻き、縁ちゃんをチラチラ見る。お、早くも仕掛けるのか。縁ちゃんが、ふっと苦笑した。
「さすがに小学生にその冗談は早すぎだよねー」
―――俺と、蓮が凍りついた。
蓮が、どしゃりと膝をついた。
「⋯⋯しょうがく⋯⋯」
「え、あれ?中一だった?」
「中二ですよ!俺は中二です!!」
そういえば、こいつの年齢の事を縁ちゃんに話していなかったような。
「そうか小学生!!俺は射程にすら入っていなかったんだ!!ふつう高校生は小学生を男と見なさないもんな!!思い知らされたよ!!」
縁ちゃんがびくりと肩を震わせて後退った。⋯大丈夫かこいつ、旅の目的をさらっとぶっちゃけたぞ。
「蓮、その辺で⋯」
一応フォローを入れる。
「ほら⋯こういうところですよ!ここのアカガンターの厄介な所は!!人間関係を根底からグラグラさせる!!どうせ今頃どこかで笑ってるんだろうよ!!出てこい卑怯者、やり逃げは許さないぞ!!」
崩れ落ちた姿勢のまま、蓮が叫びだした。うっわ大丈夫か、隣近所が!⋯と思ったがここは山奥の一軒家だった。
「や、待て。今日だけでマジムン2体にエンカウントしているんだ。これ以上呼ばれても俺はどうすれば」
「拝み屋稼業でしょう!もう祓っちゃってくださいよこんなヤツ!!」
まだ稼業じゃない。
「蓮くん⋯悪かったからマジムン呼ぶのやめよ?」
「縁さんは何も悪くないですー、俺がチビで声変わりもしてないのが悪いんですー!!」
最悪だこいつ⋯女子の前で拗ねてキレ始めた。自由か。
「―――俺はもう寝る」
俺たちが揉め散らかしているのにもう寝るつもりの奴がいる!
「奉!まだ誰が何処で寝るか決めてないから!」
「布団敷いたよ」
―――へ?
手前の布団部屋を覗くと、二組だった布団が三組に増えていた。
「もう一組敷けばいいだろう。なにを揉め散らかしてんだお前たちは」
「ぐっ⋯」
ぐうの音も出ない。俺達は何を不毛に揉めていたんだ。
「もう仕方ないから、縁はそっちの正方形の上等な布団を一人で使え」
いい布団を使えなかった事を根に持っているようだ。奉はさっさと手前の布団部屋に入って襖を閉めてしまった。
「なんか⋯ごめん」
奉を見送ったあと、縁ちゃんが上目遣いに俺たちの方を見て⋯少し首を傾げて笑った。
「お、おう」
「⋯⋯おやすみ」
そう呟いて、縁ちゃんも布団部屋に入っていった。
「⋯⋯⋯くっそぅ、やっぱり可愛いぃ!!あの初恋泥棒!!」
縁ちゃんを見送った後、蓮がまた叫んで崩れ落ちた。⋯何だこいつは。丸聞こえとかは気にしないのか。
「⋯あぁもう。さっさと寝るぞ」
崩れ落ちた蓮を引き摺って、俺たちも布団部屋に入った。
翌朝。
俺達は、絹を裂くような悲鳴で目を覚ました。
「何で!?」
悲鳴に続いて疑問形の叫び声が上がった。⋯声が、違う?隣に誰かいるのか?まだ寝ぼけたような顔で隣の部屋をぼんやり眺めている蓮⋯は放置して、隣の部屋に飛び込んだ。
「どうした!?」
急いで襖を開くと、衝撃の光景が広がっていた。
縁ちゃんが、同じ布団の隅で丸まっている蓮を、枕で乱打していた。
「え?あれ?なんで?」
「この子隣で寝てたんだけど!?」
「いやそんな馬鹿な!!蓮はさっき俺の隣で⋯!!」
首を巡らせて俺たちの部屋を覗く。さっきまで俺の隣でぼんやり座っていた蓮は⋯⋯。
ゲラゲラ笑いながら、徐々に赤くなっていった。
「蓮じゃ⋯ない!?」
「へぇ⋯⋯」
蓮を挟んで押し入れ前に転がっていた奉が、むくりと起き上がって蓮⋯によく似た何かを凝視し始めた。
「あんたぁ、蓮でも、アカガンターでもないねぇ」
くっくっく⋯と低く笑い、すっと指を差した。
「ここの、ヤシチヌカミだ」
すっと笑いを消し、蓮に似た何かは⋯溶けるようにして崩れ落ちた。
「⋯⋯今の、なに」
枕を手にしたまま駆けつけた縁ちゃんが、目を見開いて溶けていく蓮⋯に似た何かを見据えた。
「誤解ですよぅ⋯俺本当に何も知らんしぃ⋯」
蓮が枕を抱えてトボトボ歩いてきた頃には、蓮に似た何かは消えていた。
「ヤシチヌカミってのは『屋敷の神』、つまり家の守り神よ」
テーブルに雑に並べた昨日の宴会の残り物をつまみ、奉がぽつりと呟いた。
「うちじゃ、アカガンターだと思われてますよ」
「同じ存在の裏表かもねぇ⋯正しく、大切に祀られた『それ』はヤシチヌカミとなってマジムンから家を守り、その力が弱まるとアカガンターのようなマジムンの侵入を許す⋯と思われていたが、祀る者を失ったヤシチヌカミが、アカガンターに変じるのかも知れないねぇ」
そう言って、正面に座ってポーたま齧っている蓮と目を合わせた。
「⋯この家は、おばあさんが死んだらどうするのか、決めているのかい」
「えぇ⋯決めてないだろうなぁ⋯ああいう人たちだから」
なんくるないさーって感じで。と、残った米をもがもが頬張りながら付け足した。⋯さっきの騒動など無かったかのように、呑気に飯を食っている。今の中学生はこんな感じなんだろうか。
「―――決めておいてやれ。誰もこの屋敷を継がないなら、壊せ」
「えぇ!?⋯そりゃ酷くないですか、ここを守っている神様がいるんでしょ?」
「屋敷が無くなりゃ、土地の神に戻れる。いいか、朽ち果てた屋敷に彼らを縛り付けることだけはするな。⋯家が無くなり、野山に戻れば草や木が生え、鳥も獣も訪れる。それで十分だ」
珍しく、柔らかい声だ。⋯何かと、重ね合わせているような。
「それで彼らは、救われるんだよねぇ⋯」
「⋯だから、俺たちを屋敷から追い出して屋敷の取り壊しをさせようとしているんですか。アカガンターと化して俺たちを困らせるのはそういうことか⋯」
「違う」
奉は即座に否定した。
「祀ってくれる者が居ないのであれば、人を増やせばいい⋯そう考えたんだろうよ。だから婆さんの身内であるお前に、嫁をとらせようと⋯強硬手段に出たんだろうねぇ」
―――大変じゃねぇか!!
「ちょっ⋯何を!?⋯いやいやいや、皆まで言わなくていいですけど!?」
耳まで真っ赤にしてドリルのように首を振った。⋯縁ちゃんが、そっと距離を取った。
「じゃ、ここに寝泊まりしてるとこの子が必ず私の布団に放り込まれるってこと?お兄ちゃん、その屋敷神?っての、説得できない?」
「⋯⋯そう長居するわけでもないしねぇ、刺激しない方がいいだろ。シバサシをやっておく」
「シバサシってなに?」
「⋯⋯ちょっとしたまじないだ。蓮の強制夜這いくらいは止められるだろうよ」
「ちょっと止めてくださいよ人聞きの悪い⋯!」
「そういや、何でお前は今回の旅行に着いてきたんだ?あの土地から離れたこと、一度もなかったのに」
蓮が気の毒になってきたので、話題を変えてずっと気になっていたことを聞いてみた。
「なに⋯玉群と『切れた』あとの、身の振り方をねぇ⋯俺なりに考えてんだよ」
そう呟いて、奉はくるりと辺りを見回した。
「契約切れた後のことを考えて⋯?」
「俺は客人神だ。何処へでも流れていく。⋯この辺も、悪くはないねぇ」
奉の横顔を、縁ちゃんが何か言いたげに頬杖をついて眺めていた。
「ただ、Amazonの配送料が高くつくんだよねぇ⋯そういう意味では北海道もか」
頬杖が、がくっと落ちた。
「しょうもな⋯」
「しょうもなくない。離島の配送NGな品物だってある。だいたい、お前が俺の追い出しを画策するから移転先の心配をする羽目になったんだろう」
蓮が、バッと顔を上げた。
「お二人、仲悪いんですか?」
「んん?別に?髪とか切ってあげる仲だよ?」
「思った以上に仲良いですね!」
「⋯鋏持って襲撃してくる妹から死に物狂いで逃げる仲だ」
「いいじゃん!アシンメトリに切らせてよ!」
「⋯⋯今日は、美ら海水族館、いくんですよね?」
考えるのが面倒になったらしい。蓮は軽く伸びをすると、牛乳を飲み干して立ち上がった。
「俺、めっちゃ遊びますよ!!」
そう言って笑うと、何やらボカロめいた曲を口ずさみながら襖を開いて廊下を歩いていった。
「三体ものマジムンに遭遇したというのにな⋯」
あのメンタルの強さは、もはや尊敬の域に達している。⋯俺も軽く朝食の食器を片付けると、蓮に続いた。




