調査報告会
一連の会話のやりとりを襟亜さんとしながら、縫香さんがリビングに入ってきたのだが、その姿は一糸まとわぬ素っ裸で、片手にバスローブを持ったままだった。
しかも隠すつもりもないらしく、きょとんとした顔で俺を見ていた。
いつもなら、すぐに視線を反らしただろうが、この時の俺は先程のリザリィの話を考えていた事もあって、すぐには目を反らせなかった。
代わりに、隣にいた真結が呆気にとられている俺の目を塞いでくれた。
「お姉ちゃん、はやくローブを着て」
「うへぇ……本当に人肌の温かさだな。なんだか気持ち悪い……はい、着たよ」
縫香さんの返事と共に、真結が俺の顔から手を離す。
「ありがとう、真結、今、ちょっとびっくりして……」
「うん、固まってたね」
「目を奪われたって感じだったわよ。縫香でもいいんなら、もうちょっと年上の姿見になっても良かったわね」
「そうかな? もしリザリィが私ぐらいの年齢で現れたら、弓塚君は心を許さないと思うよ」
縫香さんはマッサージチェアをリザリィが占拠していたので、奥側の二人がけのソファに深く腰を降ろした。
それは頬白家のリビングでくつろぐ姿とそっくりだった。
そっくりなのは物腰だけではなかった。
バスローブを着てはいたが、素肌を隠すつもりはないので、座って足を組むと下半身がはだけ、白くて長い足が丸見えになる。
真結が縫香さんの側に座り、膝元を隠すと、縫香さんは低く呻いた。
「ごめん、暑いんだ。許してくれない?」
使い魔さんが着ていた為、バスローブはほかほかになっていたのだろう。
さすがの縫香さんも部屋ではくつろぎたいらしく、真結にそう頼んでいた。
真結は縫香さんの横に座ったまま、バスローブの太股のあたりを手で持つと、パタパタとはためかせる。
「あ、それいいね、ありがとう真結」
「涼しい?」
「うん。もうちょっとだけ、お願い。ドレスの代わりは持って来てないんだよ」
「ドレス、汚れたんですか?」
「ううん、一回脱いだ物をもう一回着たくないだけ。我慢しろって言われたら着るけどね」
「縫香姉さんの身体は、魔力の流れを止められないんですの。風が吹き抜ける様に魔力が吹き抜けてしまうから、裸が一番自然なのよ」
「弓塚君が居なかったら、裸でのんびり魔力を充電している所だよ」
「はいこれ、簡単なものだけど、小腹の足しにはなると思いますわ」
襟亜さんは俺達に気を使って、手早くおつまみを作ってくれていた。
紙皿の上にはおつまみと、豆腐でつくった可愛らしい小料理が乗っていた。
そして、その紙皿をテーブルの上に置く代わりに、リザリィの万札を取っていった。
「ありがたく頂きますわね」
「ね? 年の差なんて、関係無いでしょ」
「まぁ、うん……」
年上とは言っても、縫香さんも襟亜さんも、5歳程度しか離れていないから、リザリィほど年の差があるわけではない。
でも、だからリザリィに年の差を感じるかと言えば、子供っぽい面の方が多く感じられた。
「真結達がここに来てるって事は、何か進展があったのかな? それとも、あの会社員の事を聞きに来たのかな?」
「両方です。こちらも色々ありましたし、会社員の事も是非聞きたいです」
「それじゃあ、こっちの報告からしよっか」
縫香さんは落ち着いたらしく、真結にもういいよ、と言ってきちんと裾を気にしながら足を組み替える。
「あの会社員ねぇ、一日中フラフラしてるだけで、会社になんて行かなかったし、仕事をしてる風でもなかった」
「でも、さぼってるって訳でも無いのよね。電車に乗って、終点までいって、百貨店の中を歩いて物色して、ご飯食べたり、コーヒーのんだりして、繁華街の中歩いて……ただ彷徨ってるだけ」
「暇つぶしならパチンコに行くとか公園で寝るとかするだろうし、それが出来るお金は持ってるみたいだけど、そういう事はしないの」
「結局、ずーっと追いかけてるだけだったのよね。そっちの方が魔力を使う事になってしんどかったよ」
これで真結の違和感は説明が付いた。
あのおじさんは会社員ではなく、働いていない。
でも電車に乗るお金やご飯を食べるお金はあるらしい。
帰って来る時、体力的には疲れているが、仕事で疲れたわけではなかった。
毎日それだけ歩いているのなら、健康的かもしれない。
その疲れの差が真結に違和感を感じさせたみたいだった。
「103の奥さんの事も、調べておきましてよ」
襟亜さんはきちんと話をする為に、テーブルの側の丸いデザインの椅子に腰を下ろす。
「駅前付近のスーパーで、彼女の情報を聞き込みしてみたんですけど、誰も彼女の事を知らないんですの」
「彼女だけでなく、この裏野ハイツは知っていても、ここに誰が住んでいるのかは、皆が口を揃えて知らないって言うんですのよ」
「引きこもっている人が週に一度か二度、買い出しに出るぐらいでも、見かける事はありますわよね……誰も知らないというのは不気味だと思いません?」
「なるほど……こっちはこんな感じ。そっちはどう?」
縫香さんに問われてすぐに口を開いたのはリザリィだった。
「なんだかね、色々嫌なのよ。何か落ちるの二回も見ちゃったし」
リザリィは縫香さん達と話をする時に、あの絵についても話すと言っていたが、それ以前に支離滅裂な話を始めてしまった。
「……ぜんっぜん、話が見えないんだけど……」
「だからぁ、リザリィが窓を開けると、何かが目の前を落ちていくのよ! 昨日の夜は女性の生首だった気がするし、今日は子供が落ちてきた様に見えたし。でも、地面を見ても何も落ちてないのよ」
「とんだホラーハウスだな。リザリィにはぴったりじゃないか」
「もう一日だけでストレスで気がどうにかなりそうよ。 おかげで一日中何か食べてないと落ち着かないわ」
「悪魔は太らないからいいじゃないか」
「そういう問題じゃないのよ!」
縫香さんはリザリィの話を真に受けず、愚痴を聞くだけに止めて話をそらしていた。
いちいち真に受ける俺とは大違いだった。
(リザリィに、あの絵の事を聞きたいんだけど……)
どうやら忘れている様なので、こちらから尋ねるしかなさそうだった。