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そう、この世界は、残酷なのだから。
餌皿を洗い、自室に戻った僕は今日の新聞を読みながら、メアリー・ジェーン・ケリーのことを思い出していた。彼女だけが、被害者の中で、最も残虐な方法で殺された。
一八八八年十一月九日金曜日。ジャック・ザ・リッパーは、メアリーの首筋を、右に左にと縦横無尽に切り裂き、眼球が原形を留めないほど、顔をズタズタに切りつけた。その際、鼻も奇麗に削ぎ落ちている。そして、胴体を縦に切り開き、内臓をすべて取り出した後、引きずり出した腸は額に掛けた。
取り出された内臓は遺体の周りに散乱し、えぐりとった乳房二つは鼻とともにテーブルに置かれていた。乗り込んだ警察は卒倒したに違いない。
ジャック・ザ・リッパーは、壁を染める鮮血を見ながら、部屋を後にするまで何を思ったのだろう……?
僕はずっと考えていた。なぜ、ジャックはメアリーだけを残虐な形で殺害したのかを。それまでの娼婦は練習台だったのか。それとも、臓器を一つや二つ取り去るだけでは我慢できなくなったのか。
しかし、これだけは断言できるだろう。ジャックは最後の集大成として、犯行現場に部屋を選んだ。時間もかかるし、誰かに見られては困るからだ。
少なくともジャックは周囲に聴こえないよう、抗いがたい思いに駆られながらも声を押し殺しつつ、それまでの人生の中で最高の、そして、両耳まで口角の端が届きそうな、狂いじみた笑みを浮かべたことだろう。
空に夕闇が溶け込む時刻。僕は再び、あの場所にやって来た。そう、最初の遺体が棄てられていた、場所に。今は警察の見張りも居なくなった。
後ろを振り返えると、白く塗りあげられた灯台がそびえ立っている。僕はその灯台に上ってみた。下を見ると、遺棄場所も含め、かなりの広範囲が一望できた。空を見上げると、鳥が疎らに飛んでいく。僕が思うに、彼女達は……カナリアだ。
籠に入れられたカナリアは、有毒物質を感知すると囀ずり、その危険性を人間に報せると一般的に言われているが、それは子供用にアレンジされたものだ。改変されたグリム童話のように。真実は有毒物質を吸うことにより、息ができず、喘ぎ苦しみ、嘔吐するカナリアを見た人間が鉱山から逃げ出すという仕組みだ。
そう、彼女達は、一人一人がカナリアだった。イースト・エンドという籠に閉じ込められた……。




