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魔法使いと太陽神  作者: 水栽培
二章 掌中の沙
13/32

013 予感

「おお、ヒロさん来てたのか」


「ああ、お邪魔してるよ、ジロさん」


 夕食の準備が出来て孝洋を母屋に呼び、料理を並べていると折好く次郎が帰って来た。

 ヒロさんジロさんとあだ名を付け合い近頃は親しく付き合っているようだ。

 雷神騒動直後は神と人という立場の差から少々距離感を量りかねている所があったようだが、要が忙しく走り回っている間に上手く関係を修復できたらしい。

 次郎が普段から孝洋を連れまわしてくれているおかげか、郷の男連中の孝洋への心証は上々だと聞く。

 郷に、孝洋の居場所が着々と作られて行っている。

 それでも、孝洋はいつかはここを去るのだ。日本に帰る為に。


「じゃあそろそろ食事にしようか」


「おう。今日は……天ぷらか! 豪勢だなおい」


「山本さんが来ているからね。

 こないだ兄さんが中辻さんから貰ってきたごま油があったろう。

 神饌に使ってくれとか言われたって」


「ああ、あったあった」


 孝洋が雷神を名乗ってからというもの、里人から毎日のように楠本家に供物が届けられるようになった。

 孝洋の意思を尊重し気持ちだけを受け取るとして要は固辞したが、それでも朝起きれば玄関先に差出人の名も無く置き去られていたり、次郎が断り切れずに持ち帰る事もあった。

 大半は食料品でとてもではないが孝洋一人で消費しきれる量ではなく、神官の一族として要や次郎が相伴したとしてもそれでも消費が追いつかない。

 ある程度時間が経てば供物の量も落ち着くだろうからという事で、一時しのぎとして郷の倉の一区画を借りて保管する事となった。

 郷の倉には神の力が働いており、腐敗や食害を防ぎ鮮度を保つ事が出来る。

 以後は供物は直接そちらにという形になり、楠本家がようやく落ち着きを取り戻したのはほんの二日前の事だ。


「贅沢は好きではないが、贈り物はちゃんと使ってやらないとな。

 倉に仕舞い込むばかりでは贈った方も浮かばれない。

 油を使った料理だと、今の時期だと山菜の天ぷらだろうと思ってね。

 たらの芽と筍もあったから」


「ヒロさんと要は解るが、何もしてない俺まで食わせて貰うのは何か悪いな」


 そう言いつつも次郎の顔は綻んでいる。

 天ぷらは次郎の好物である。

 菜種油ならともかく、ごま油の天ぷらは久しぶりだから嬉しいのだろう。


「油はやっぱり貴重なのか?」


 孝洋が訊ねる。

 忙しさにかまけて草壁郷周辺の経済事情について全く教えていなかった事に、要は今更ながら気付いた。


「食用の植物油はそうだね。

 ごま油に菜種油、綿実油も既にあるが、綿実油は精製が不十分らしくて今はまだ食用には不向きとされている。

 普段使いは菜種油だが、これもまだ広まって間もないから安くは無い。

 ごまは面積当たりの収量が少なすぎてえらく高い。

 何より、草壁郷は田の神のお膝元だから稲作に特化していてね。米以外の作物の自給率が低い。

 運搬の手間があるから、どうしても価値が上がる。揚げ物はまだ庶民の味では無いね」


 要は目を細めて天ぷらを眺めた。


「手頃な物では無い。だからこその、捧げ物だ。

 里人の中には山本さんの今後の貢献に期待して先行投資のつもりで物を贈る人も居るかも知れないが、これはそういった物ではないから安心してくれ。

 後払いの、純粋なお礼の品だ」


「礼、とは何に対しての」


「妖怪退治の礼だ。

 中辻さん、と言ってもまだ顔と名前が一致しないだろうが、ハリネズミに襲撃された時に足に針を受けてうずくまっていた人だよ。

 彼なりの精一杯の感謝の気持ちだ。よく味わってやってくれ」


 妖怪は健在で、置き盾は貫かれ、足を負傷して射程範囲の外に逃げる事も出来ない。

 当時の中辻の絶望は察するに余りある。

 孝洋が郷への協力を渋ったとしても態度を変えるような真似はせぬだろうと要には信じられた。


 恩人の自由意思は可能な限り尊重したいと考える要にとって、大量の供物の扱いは頭痛の種であった。

 多少なりとも、孝洋の好意的な反応を期待しての捧げ物であるはずだ。

 神にご利益を期待するのは当然と言えば当然。孝洋を神に祭り上げた要に責める資格は無い。

 とはいえ、それで孝洋の判断にバイアスをかけられては困る。

 善意で助力してくれた人間に、それ以上何かを求めるのは要の好む所では無い。

 そんな折に中辻から贈られた純粋な礼の品は、要にとって一服の清涼剤となった。


(そう、私は彼からこれ以上利益を得てはならないのだ。

 道具作りは返礼であって、私の生活を便利にする手段では無い。

 山本さんの魔法を使って自分の為の道具を作った時点で、それはもう礼でも何でも無い。

 魔法の工業的利用は礼の品を作る目的に限って行われるべきだ。

 ……でも旋盤と壊れない工具一式だけならギリギリセーフという事には──)


「要、冷めるぞ」


「──ああ、悪い。頂こうか」


 次郎に促され手を合わせる。いただきますと唱和して、食事が始まった。




──────




 楠本家で食事をするのは数日振りだがいつにも増して会話が弾む。

 壁を感じさせない次郎の振る舞いはやはり有難いと孝洋は思った。

 神を名乗った事も有り、郷長やその周囲の人々は孝洋を敬い一線を引いた態度を取る。

 次郎と次郎が引き合わせた少数の友人には、それが無い。

 過度になれなれしくする事も無く、それでいてするりと人の懐に入り込む。計算してやっているとも思えない。次郎の天性によるものなのだろう。


 居心地が良い。

 気候風土は記憶にある日本に似ているし、少数ながら自分の力を知ったうえで付き合ってくれる友人も出来た。

 神という立場上過度に干渉される事も無く、神として不自然でない範囲であれば魔法を使っても騒ぎにならない。

 神としての仕事を程々にこなしながら、この郷で要と次郎と余生を過ごすわけにはいかないか。

 最近は事あるごとにそういう考えが頭をよぎる。

 もう充分旅をした。このあたりで腰を落ち着けるのも良いかも知れない。


「山本さん、少しは眠れたか?」


「お、ヒロさんさっきまで寝てたの?」


「ああ、仮眠室を使って貰った。ちょっとその、頭脳労働をさせてしまって……」


「客を働かせるってお前」


 呆れ顔の次郎に見つめられて要は気まずそうに眼をそらした。


「いや、俺が暇を持て余してたから要さんが気を効かせてくれたんだ。要さんは悪くない。

 お陰様で良く眠れたよ」


 要にフォローを入れるが、要はすっきりしない顔をしている。


「山本さん、いつまでもその要さんという呼び方は……。

 呼び捨てにしてくれて構わないと言ったと思うのだけれど、嫌だったか?」


「う」


 嫌というわけではない。ただ、女性の下の名を呼び捨てにするのに少し抵抗があるだけだ。

 要にそういうつもりが無いだろう事はわかるが、男女間で下の名で呼び合うとなればどうしても恋仲の男女のイメージが浮かぶ。


「私も名字で呼ばずに孝洋さんと呼んだ方がいいだろうか。

 どうも、さん付けされるのに慣れていないというか、壁を感じるというか……。

 名前で呼んでくれというのは私なりの好意の表明のつもりだったのだけど」


 好意という言葉がそういう意味なのかどうか、判断の別れるところだ。

 多分深い意味は無いのだろうな、と孝洋は判断した。

 女性の出すサインは酷くわかりにくい。見逃せば鈍感と罵られ、飛びつけば勘違いを笑われる。

 基本的に、自分は恋愛対象に見られていないと思っておけば酷い恥はかかずに済む。

 迷った時、孝洋はそう考えるようにしている。

 日本での友人であった恋多き男の数々の失敗談は孝洋の心にトゲのように突き刺さり、今も尚女性との関係を進める上での障害となっている。


「お、要さん告白ッスか」


「こっ!? いや、違う、そういう意味じゃない! ただ私は山本さんともっと仲良く」


「ねんごろに?」


「違う!」


 次郎にからかわれ要が取り乱す。

 やはり違った。友人として仲良くしたかったようだ。

 力いっぱい否定されるのも少し悲しいものがあるが、まあなんといっても年が離れすぎているし、自分との恋愛など考えもしていなかったのだろう、と孝洋は納得した。

 体の老化は十八で止まっていても、孝洋は四十年近い時間を生きている。

 要も中身は三十代前半の計算になるが、前世の人格が継続しているわけでは無いらしいから、まあ外見年齢通り中の人も十四歳程度と見るべきだろう。

 孝洋の中身が四十近い事を知っている要からすれば完全に恋愛対象外であろうから、この反応もむべなるかなというものだ。


「あー……そうだ、もう石鹸も作られてたりするのかな」


「石鹸? ああ、うん。ここから北東にある扶桑と呼ばれている大国の特産だな」


 話題転換に要が食いついた。反応が解りやすくて微笑ましい。

 要の言う事は深読みせずにそのまま受け取った方が良いのかもしれない。

 褒められれば素直に照れて、からかわれれば取り乱す。

 駆け引きを楽しむタイプには見えない。

 それでも、雷神騒動の時には咄嗟に演技もして見せた。

 やはり女性は役者だと孝洋は思う。


「石鹸がどうかした?」


「いや、布団から石鹸っぽい匂いがしたから」


「ああ、石鹸というか石鹸に含まれる香料の匂いかな。

 確かに日本の石鹸の匂いとよく似ているね。

 国名からして扶桑だし、向こうにも日本に縁のある人間が居たのかもしれない。

 石鹸が偶然作られるまでならともかく、偶然で匂いまで似る事は無いだろうし」


「あ、石鹸の匂いって石鹸そのものの匂いじゃないのか。

 ちょっと違う匂いに感じたのはそのせいかな」


 石鹸それ自体が良い匂いのするものだとばかり思っていた孝洋は少なからず動揺した。

 よくよく考えれば商品の売り上げを伸ばす為に匂いに手を加えるのは当然だ。

 なにしろ清潔を売りにした製品である。匂いから受けるイメージは無視出来ない。


「違う匂い? 石鹸の匂い自体は殆ど同じはずだけど……洗い方が足りなかったかな」


 次郎が何か言いかけた所で玄関の引き戸が動く音がした。





「夜分に申し訳ない、要と雷神様はご在宅か」


 玄関から訪いを入れる声が聞こえる。聞き覚えのある里人の声だ。

 三人で顔を見合わせる。

 夜に人が訊ねてくる事は多くは無いが、珍しいという程の事でも無い。

 しかし呼ばれるのは大抵が次郎だ。今日に限って次郎に用は無いらしい。

 孝洋と要と二人揃って呼ばれるような用事。

 どうも厄介事の匂いがするな、と孝洋は気を引き締めた。


「はーい」


 次郎が玄関に向かって返事をし、箸を置いて立ち上がる。


「ちょっと俺が話聞いてくるわ。

 玄関先で済む用事じゃないかも知れんから、要とヒロさんは外出用に何か羽織るものでも準備しといてくれ」


「わかった」


 孝洋が別の部屋で着替えを済ませようと風呂敷を掴むも、要は考え込んで動かない。

 どうした、と孝洋が声をかけようとすると何かに思い至ったらしく、失敗した、というような表情を見せた。


「もしかすると、戦争になるかもしれない」


 郷長が上手く回避してくれると思うけど、と要は自信なさ気に呟いた。

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