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魔法使いと太陽神  作者: 水栽培
二章 掌中の沙
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12/32

012 質問攻め

「孤立系の中でのエントロピーの減少を起こせる疑いが強い、という点も気にはなるが、ひとまずそれは置くとして、だ」


 黒板に一通り文字を書いた後、麦茶を飲み干し要が話し始めた。

 おおよそ整理がついたらしい。

 孝洋は醤油せんべいを齧りながら話を聞くことにした。

 エントロピーという、聞いた事はあるが今一つ正体がわからなかった単語の事を思い返しつつ、取り敢えず賢そうな顔を作って理解している振りをしている。


「吸熱魔法で熱から魔力を生産し、魔力で結界を作って動かし運動エネルギーに変える。

 結果として起きるのは熱エネルギーの運動エネルギーへの変換だ。

 魔法は熱を運動エネルギーに、それも恐らくロスの極めて少ない形で変換できる」


「まあ、そうだな」


「これはつまり、熱機関だ。それもシンプルで高効率、自動修復機能までついている。

 長寿命で高効率の外燃機関。これは極めて有用だ。

 そして熱機関が用意できるという事はそれを動力とした機械の製作が可能である事を意味する。

 吸熱魔法のおかげで排熱をそのまま動力に利用できる燃費の非常に良い機械だ。

 馬力の必要な物は燃料を消費して動かす事になるだろうが、どうも君の話を聞く限りではごく正常な範囲の外気温……大気熱を動力源として動作するような物も作れそうだ」


「ああ、確かに……作れるな」


 無限の魔力を何かの動力源に、と考えた事は孝洋にもあった。

 無限の魔力も使わなければ宝の持ち腐れだ。

 孝洋とて四六時中厄介事に関わっているわけでも無いのだから、作った魔力を数日に亘って死蔵する事も珍しくは無い。

 これをもったいないと感じるのは自然な事であると言える。


「良ければ山本さんが今までに作った物も見せて欲しい」


「いや、機械とかそういうのはちょっと専門外でな」


 作ろうと思いこそすれ、それを実現するだけの知識が無かった。

 学生の頃の孝洋に機械弄りの趣味は無い。

 魔法を得てからも感覚に任せて直接結界を操作するばかりで、慣れない物作りに関わるのをついつい避けてしまっていた。


「一つも、か。こんなに便利な……」


 要が愕然としている。

 怠け心を咎められたように思えて、孝洋は視線を逸らした。

 正確には、一つも作った事が無いわけでは無い。

 枯れた川の傍らにある水車小屋を蘇らせるべく、水車をひとりでにまわり続けるように改造した事はある。

 自動化した物はそれぐらいではあるが、魔法が使える自分だけが使用する前提の、少し便利な道具ぐらいならば二つ三つは持っている。

 しかしそれらも、この郷土資料館のような館の主に見せるには抵抗があった。

 稚拙な出来の物を見せるよりは、全く作れないと思われた方が多少マシに思える。


「ああ、いや、そうか……。

 人にはそれぞれ得手不得手がある。興味の対象も各々違う。

 何かと言えば自動化・機械化を考える私の方が少し変わっているのかも知れない。

 すまない、失礼な態度を取った」


「いや、何も謝られるような事は……。気にしないでくれ」


「……こう、何か興味の惹かれる事があるとだね、ちょっと気配りが出来なくなる悪癖があって。

 お恥ずかしい所をお見せした」


 要は恥じ入ったように顔を伏せた。


「……さて! 話を戻そう」


 気まずい空気を振り払うように、要が口を開いた。

 どうフォローを入れれば良いのかわからず黙り込んでしまっていた孝洋は安堵した。


「先程はエネルギー変換にばかり気を取られていたが、結界の性質についても二、三確認したい事が」


「なんなりと」


「ありがとう。

 で、結界だが……透過するものしないものはどの程度の精度で、どういった基準で選択出来るのか。それが知りたい。

 例えばヤマツミ様が張っている草壁郷を囲む結界は、基本的には生物に対してのみ働く。

 例えば一定以上の神力や通力を保有するものの内、人間以外を高レベルの妖怪と見做して拒絶し、人間を英雄と見做して素通りさせる。

 それ以外にも特定の種の虫や病原菌、郷長が指定した特定の個人を通さないといったこまごまとした設定が出来るそうだ。

 郷長の話を聞く限りでは結構ファジィに設定出来る。

 眉毛の無い人だけ除外、とか、刺青のある人だけ除外、とか。

 そのかわり生物以外には効果が薄いし、精度も100パーセントではない」


「へぇ……それはそれで便利そうだ。

 俺の結界は逆に、そういう生き物の選別には向いていない。

 海水から水だけ抜き取るとか、砂から砂鉄だけ取り出すとか、そういう無生物向けな感じかな。

 種族を判別するぐらいは出来るが、顔だとか行動だとかで選り分けるのは……少し難しいな。

 出来るかもしれないが、簡単では無い。個人を識別できれば色々幅が広がりそうなんだが」


「取り出した物の、砂鉄の内訳は?」


「普通の砂鉄だな。俺が知ってる範囲の」


「……鉄の化合物を根こそぎ、か?

 マグネタイトとヘマタイトだけ通す、とかそういう選別ではなく、砂鉄グループに属するか否かといった大雑把な選別が出来る?」


「ヘ、ヘマタ……? まあ、わりと大雑把な設定は出来る」


「でも、海水から水を分離する事も出来る。分離した水にはミネラル分は残っているのか?」


「残す事も出来るし、水だけにも出来る」


「単離も可能……? メープルシロップからショ糖を取り出したりは」


「ショ糖……? ショ糖がどんな物か知らないから無理だ。

 俺のイメージというか認識というか、そういうものが選り分ける際の基準になっている。

 イメージ出来ない物は全部通すかブロックするかになる」


「ショ糖は砂糖の主成分だ。

 上白糖の成分は約98%がショ糖。グラニュー糖はほぼ100%のショ糖だ」


「じゃあ多分、なんとかなる」


「なるほど。では次に……」


 質問攻めが終わり孝洋が一息つけたのはこの二時間後であった。







「──で、物質の内部に全透過結……こから全不透……部…ら破…………?」


「ああ、うん。確か……そんな感じ」


(いかん、自分が何を喋っているのかすらわからなくなってきた)


 要に何かを問われ、それに答えた。それだけは覚えている。

 しかしそれだけだ。問いの内容もどのように答えたかも思い出せない。


「山本さん、その、大丈夫か?」


「ああ、うん。ちょっと眠いだけだから」


 要がなるべく簡単な言葉を使ってわかりやすく質問してくれているのはわかっている。

 既にメッキは剥がれ、知識量が然程多くない事が見抜かれている。

 それでも──加減して貰っているとしても、普段とは違う頭の使い方をするのは疲れるものだ。

 意識せずに感覚に任せて使っていたものを記憶を辿って言葉に変えていく。

 そんな作業を二時間休むことなく続け、孝洋の意識は朦朧としていた。


「よし、じゃあ判明した性質を軽くまとめて、今日の所は終わりにしよう。

 これだけ確認出来たら私一人でもある程度までは何とかなるから。

 だから、その」


 要が申し訳なさそうに孝洋の顔色を窺っている。

 孝洋はゆらゆらと揺れそうになる視線をどうにか固定し、なんでもなさそうな顔を作った。


「もう少しだけ、付き合って貰えないか」


「任せとけー」


 孝洋は平板な声で応えた。若干テンションが変になっている。




─────




(あ、これもうダメだ)


 謝った端から配慮を欠いた質問攻めを行ってしまい、要は少々気まずい思いをしていた。

 無表情の孝洋が要の目に視線をぴたりと固定している。要は思わず目を逸らした。


「ええっと……今から黒板にまとめるから、合っているかどうかだけ確認して欲しい。

 もう事細かに聞いたりはしないから」


「どんとこい」


(ダメだな、うん)


 質疑応答の中で、実際の魔法の使用例をかなりの数聞き出す事が出来た。

 それらの情報から推察される性質を書き出しては孝洋に確認を取り、実際の使用感と然程齟齬が無い事は確認が取れている。

 まあ大きく外れているという事は無いはずだ。

 念の為にもう一度確認を、という程度の動機による行動であるから、孝洋が半分寝ていたとしても問題は無い。


「まずは、吸熱及び加熱魔法」


 カツカツと黒板の上をチョークが滑る。


 ○吸熱魔法と加熱魔法の性質

   ・吸熱魔法は熱を吸収して魔力に変換し、加熱魔法は魔力を熱に変換して放出する

   ・加熱魔法は温度変化に強いが吸熱魔法は高温に弱い

   ・吸熱魔法は設定温度+400度(正確なデータ無し)程度が耐熱温度

   ・加熱魔法が時間あたりに放射できる熱量は加熱魔法の面積に依存する

   ・吸熱魔法は設定温度まで熱を吸収し続け、設定温度に達すると吸熱をやめる

   ・加熱魔法は設定温度まで熱を放出し続け、設定温度に達すると加熱をやめる

   ・加熱魔法及び吸熱魔法は結界表面にしか展開できない

 ○吸熱魔法と加熱魔法の利用法として考えられるもの

   ・吸熱魔法で熱から魔力が生産出来る

   ・運動の結果生じた熱及び魔法の崩壊によって生じた熱を魔力に戻す回生機構に利用できる

   ・吸熱魔法は冷房及び冷蔵庫に利用できる

   ・加熱魔法は電磁調理器並みに安全な熱源に成り得る

   ・ほぼ同じ設定温度の吸熱魔法と加熱魔法を組み合わせる事で保温が可能


 書き終えて孝洋の方に振り返る。

 孝洋は無表情で親指を立てた。


「次は、結界魔法」


 ○結界魔法の性質

   ・特定の物質だけを選択的に透過する膜を作れる

   ・特定の物質を除く全てを透過する膜を作れる

   ・「特定の物質」は魔法使用者のイメージし得る範囲で自由に設定可能で、複数可

   ・物質に限らず光及び波も波長毎に透過不透過を細かく設定出来る

   ・結界それ自体は電気の流路にならない

   ・結界それ自体は化学的変化を起こさない

   ・不透過に設定された物質に対する結界の弾性・硬さ等はある程度自由に設定可能

   ・結界作成の前後を問わず自由に形を変えられる

   ・体積も可変

   ・重量は0もしくはそれに近い数字

   ・設定内容によって追加の魔力を必要とする

   ・結界は魔力の流路になる

   ・結界作成に必要な分量を超えて結界に魔力を籠める事が出来る

   ・結界に溜まっている余剰魔力は漏洩しない

   ・設定された強度以上の力を加えられると崩壊し、魔力分の熱を放出する

   ・中空の結界内部に通常の物質を充填すると魔力の節約になる

   ・通常の物質の表面を厚み0の結界でコーティングすれば摩耗や酸化を防げる

   ・水分や温度及び圧力変化による膨張・収縮が起きない

 ○結界魔法の利用法として考えられるもの

   ・結界は魔力を通すので、離れた場所に魔力を供給する導線になる

   ・結界は余剰魔力を漏らさず蓄えるので、魔力を貯める電池代わりになる

   ・変形を利用して魔力を運動エネルギーに変換出来る

   ・変形を利用して冷間加工が可能

   ・選択的に透過する性質は金属及びその他の物質の精製を極めて容易にする

   ・物性を自由に設定出来て加工が容易な疑似物質として利用できる

   ・自己修復する表面がこれ以上無い程平滑なコーティングが施せる

   ・変形・選択的透過・自己修復を利用して高効率・長寿命のピストンが製造可能

   ・透過する光の波長を調整する事で塗料が作れる


 書き終えて孝洋を見る。

 黒板を見てから目元を押さえ、長考している。


「……ごめん、わからない。内容が頭に入って来ない」


「わかった、また今度にしよう」


 魔力の性質の確認もしておきたかったが、これ以上続けるのも酷というものだ。

 要は続行を断念した。


 ふと、部屋が薄暗くなっているのに気づく。

 時間を忘れて熱中していたが、もう夕食を準備しないとまずい時間だ。


「夕食の準備をしてくるから、出来るまで向こうの部屋ででも横になっていてくれ。

 疲れただろう。無理をさせてすまなかった」


「いや、気を使ってくれなくても……向こうの部屋とは?」


「仮眠室として使っている部屋がある。押入れに布団が入っているからそれを使ってくれ。

 昨日干したばかりだしシーツはマメに洗ってあるからそう汚くも無いはずだ」


「そうか。じゃあ、ちょっとお言葉に甘えさせて貰うよ」


「ああ、ゆっくり休んでくれ」


 孝洋が仮眠室に入るのを見届け、軽く後片付けを済ませる。

 黒板の汚れを拭き取り煎餅を戸棚に仕舞う。

 体を動かしても尚、頭に浮かぶは魔法の事ばかりだ。

 魔法を利用すればこの黒板もあの戸棚ももっと便利になる。

 目に入る物全てが改良を待っているように見える。


(意識を切り替えようとしてもどうにも上手くいかないな。

 あれも作れる、これも作れると思うと、早く作ってしまいたくて落ち着かない)


 楽しくはあるが、明日も寝不足で頭痛に苦しめられるのだろうと思うとつらいものがある。


(体調が戻ってからにすれば良かった。人の忠告というものは聞くべきだな)


 贅沢な悩みだと苦笑しつつ、要は台所に向かった。




─────




 仮眠室に入った孝洋は、押入れから引き出した布団を敷いてそのまま倒れ込んだ。

 マメに洗ってあるとの言葉通りに布団は白く清潔で、ほのかに良い匂いがする。

 押入れから出したばかりの布団とは思えない肌触り、石鹸に似た清潔感のある匂い。

 そして石鹸に似た匂いの中にわずかに混じる、何とも言えず心安らぐ匂い。


(癒される……もうずっとこうしていたい)


 思わず意識を手放してしまいそうになるが、ここは人様の家である。

 外出用の服のまま掛け布団の上で眠りこけるのは、少々非常識であるように思われた。

 のろのろと起き上がり、風呂敷に入っている寝巻を取り出す。

 少し厚みのある四角い布きれだ。


 孝洋は長年風呂敷一つ程度の軽装で旅をしている。

 宿場町など碌に整備されていない世界でもそれを通してきた。

 魔法のおかげで旅をする上で必要な道具類をごっそりと削る事が出来たからだ。

 しかし、衣類はそうはいかない。

 魔法で服のような物を作る事も出来たが、魔法を解除すれば真っ裸というのは精神衛生上よろしくない。変質者になったような気分になる。

 汚れない衣類を作れても、何日も同じ服を着続けるのは日本人としてはつらいものがある。

 すると、数日分の下着と外出着、そして寝巻が一着は最低限必要になる。

 どうしても場所を取る。それだけで風呂敷の容量の殆どが失われる。


「圧縮袋は偉大な発明だ」


 孝洋はしみじみと呟いた。

 布団圧縮袋と衣類圧縮袋という収納用品がある。

 布団が場所を取るのは空隙が多く膨らんでいるからだ。

 布団圧縮袋は布団を詰めたビニール袋の中の空気を抜き、およそ四分の一程度まで体積を圧縮できる便利アイテムである。

 衣類圧縮袋はその亜種だ。

 布団同様に無駄に膨らんでいる衣類をぺらぺらに圧縮する事が出来る。

 衣類は布団程には空気を含んでいない為圧縮率は然程高くは無いが、それでも衣類の種類によっては半分程度に圧縮する事が出来る。

 衣類圧縮袋の場合、圧縮率よりも形状をある程度固定できるという性質の方が重要だ。

 衣類は勝手に膨らみ勝手に広がり、他の荷物を中に巻き込んでいく。

 小物と衣類を一緒に入れると小物を取り出す時に面倒な思いをする事になる。

 圧縮袋で板状に固められた衣類にはその心配が無い。

 孝洋は結界魔法を利用して着替えの類を全て圧縮して持ち歩いていた。


「欠点は戻すのに一手間必要な所だな。面倒だからこのまま着るか」


 圧縮すれば当然変形する。繊維が押しつぶされてぺらぺらになり、折り目がつく。

 圧縮を解いたとしてもすぐに元に戻るわけではない。蒸気等を利用して戻す工程が必要になる。

 物によっては二度と元に戻らない事もあるが、孝洋も一応考えて衣類を選んでいる。

 圧縮する前提で、比較的戻しやすい素材の物ばかり買っている。

 しかし戻しやすいとはいえ、綺麗に皺を取るには魔法を使っても数分かかる。

 外出着なら戻さないわけにはいかないが、これから寝る為に着る寝巻ならそこまで気にする必要も無い。

 孝洋は圧縮を解除した寝巻に着替え、掛布団を被って床に就いた。

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