2、中学2年生
時はさらに過ぎ、僕は中学2年生になった。僕に後輩ができた。ドラムには5人の中1が入ってきた。相変わらず僕はこの部には何も期待していない。しかし、先輩というものは厄介なポジションだった。「後輩の失敗は先輩の失敗だ」みたいな建前はどの部活にも存在するだろう。この部も例外ではなかった。だから、中1が困っているなら適当に指示を出して、適当に動かしていた。このような社交辞令を坦々と続けていれば、特別注意されることはなかった。「先輩が指示をした」という前提が成り立っていれば、この部の場合不祥事は後輩の責任になるからだ。こんな生活が何日か続いた。
季節は夏になり、夏合宿が始まった。この時、僕の部活でのありふれた生活が一気に変わる事となった。突然レギュラーからはずされたのだ。しかも、同級生で僕だけ。当然だろう。僕は他の同級生に比べて、明らかにサボりまくっていたからだ。しかし、僕は何も感じなかった。「あっそ」の一言で片付けることが出来た。普通なら悔しがって、猛練習するだろう。しかし、僕はそんなことはしなかった。何も期待していない以上、そんなものは時間の無駄だったからだ。この出来事を利用し、僕は退部を図った。しかし、退部できなかった。休部すら出来なかった。結局、「金を払っているのは親なんだから、意見するな。レギュラー落ちしたのは自己責任だ。」という親の主張と、レギュラー落ちしたメンバーに言う顧問のお決まりのセリフに帳尻をあわせながら相槌をうち、僕は同じくレギュラー落ちした中1の世話係を1年間することになった。顧問の話によると、僕がレギュラー落ちしたことで、ドラムの先輩の何人かが泣いたらしい。僕はその理由を理解することができなかった。
9月になり、大会シーズンが始まった。僕たちの役割は、レギュラーのサポート役として、「プロップ」という仕切りの後ろでただバカ面して突っ立っていることだった。しかし、本来練習中は絶対に許されない、トイレに行くことや私語も僕たちには許されていた。僕はこのときに羽目をはずしたのだろう。ためし感覚で、同級生が後輩にやっているちょっかいを僕もやっていたのである。しかし、僕とその同級生とでは明らかに中1の反応が違った。だんだんと中1が僕から離れていくのがわかった。僕はその理由を理解できなかった。
この時、全てが手遅れだったのだ。




