#44 五十鈴に届いた一通の手紙
その手紙が届いたのは、リカントが調査から戻ってきてすぐのことだった。
「オーナー、妙な手紙が郵便受けに入ってた」
そう言って彼はカフェ・フロストの中へと入ってくる。
その手には一通の封筒が握られていて、リカントはひらひらと軽く振っていた。
彼曰く、カフェ・フロストの郵便受けに、差し入れ口から半分ほど顔を覗かせた状態で入っていたらしい。
「妙な手紙?」
「うす。住所も書いてなけりゃ、切手も貼ってない。ただ、宛名だけはありますよ」
「ほう、誰充てだい?」
「藤原五十鈴。どーぞ、センパイ」
リカントはそう言って五十鈴に手紙を差し出した。
まさか自分宛の手紙だとは思わず、五十鈴は目を丸くした。
「わたくしですの?」
「しかも異界の匂い付き。持ってきたのは十中八九異形だな。危険な類の匂いはしねぇから安心していいっすよ」
どうやら差出人は異形のようだ。しかし五十鈴には手紙を送り合うような関係の異形の知り合いはいない。いたとしてもカフェ・フロストの関係者だけだ。
他に誰かいたかと考えて、果歩やハイデローゼの顔も浮かんだが、前者は消滅しているし、後者は手紙のやり取りをするほど仲の良い関係ではない。
(――それなら、誰から?)
五十鈴は頭に疑問符を浮かべながら、ちらりとアルヴェアーレを見上げた。
見ても良いかと視線で問えば、アルヴェアーレは頷く。
「とりあえず、開けてみるといい」
「分かりましたわ」
五十鈴も頷き返すと、リカントから封筒を受け取って、丁寧に封を開ける。
すると中からふわりと白檀の香りがした。
異界の香りかと五十鈴は一瞬考えたが、すぐに違うなと思い直す。これまでに何度か異界へ足を踏み入れたが、白檀のように落ち着く香りは感じなかった。むしろ匂いがないのがあそこのような気がする。
(手紙の差出人の趣味かしら?)
そんなことを考えつつ封筒を覗くと中には観劇チケットのような、長方形のメッセージカードが入っていた。
光沢のある黒地に、銀のインクで縁取りがされたカードだ。そのデザインは、どこかダンデの名刺と似ている。
「…………」
五十鈴はひとまずカードを手に取ってじっくりと眺めた。
カードには、筆者の几帳面さが窺えるよく整った筆跡で、五十鈴の名前と文章が記されていた。
「藤原五十鈴様、弟の誕生日会にご招待いたします……?」
カードのメッセージを読み上げて、五十鈴は首を傾けた。
下の方には誕生日会の開催場所らしき住所も記載されている。
「これはどういうことでしょう……?」
誕生日パーティーの招待は両親の付き合いがあって、五十鈴もこれまでに何度か受けたことがある。
しかし今回はあまりにも脈絡がない。そもそも『弟』が誰を指しているのかすら分からないのだ。
「……ああ、なるほど」
「そーいうことっすか」
するとアルヴェアーレとリカントが、何かを察したようだった。渋面になった二人は、言葉少なくお互いに目配せをしていた。
その硬い表情を見て、五十鈴は届いたこの手紙が良くないものであることが分かった。あの、と五十鈴が声を掛けると、二人は揃って彼女の方へ顔を向ける。
「ああ、すまない。手紙の送り主が誰なのか分かったよ。それと、ダンデの居場所もな」
「本当ですの!?」
「ああ」
アルヴェアーレは頷いて、五十鈴が持つメッセージカードを指差す。
「手紙の送り主は、恐らくシュラムという名前の異形だ。そいつはダンデの兄のような立場の奴でな」
「まあ、お兄様……あら? となるとこれって、ダンデさんのお誕生会の招待状なんですの?」
「だろうと私は思っているよ。まぁ、私はダンデの誕生日がいつか知らなかったが」
アルヴェアーレはそう言うと、五十鈴の手に持つカードを見つめた。
その瞳はすうと細くなり、どこか剣呑な光が宿る。
「そこにどんな意図があるか知らないが、ダンデはそいつのところにいる。恐らく無理矢理連れて行かれたのだろう」
「……!」
五十鈴はハッと息を呑み、手元のメッセージカードへ目を落とした。握る手に自然と力がこもる。
「それじゃ、これって……」
「ああ」
アルヴェアーレは頷く。
「誕生日会なんて書かれちゃいるが、これは誘拐犯からの脅迫状だよ」




