#42 消えたダンデ
ダンデと仔犬を探して、家の敷地内や周囲をさんざん歩き回った五十鈴だが、結局彼らを見つけることは出来なかった。
ダンデはこれまで一度も、五十鈴と一緒にいる時に何も言わずにいなくなることはなかった。
だから何が起きたのだと思った五十鈴は、助けを求めてカフェ・フロストへと駆けこんだ。
「五十鈴センパイ? 一人でどうしたんすか?」
「何やら慌てているようだが、大丈夫か? 水を飲みなさい」
息を切らせて飛び込んで来た五十鈴を見て、リカントとアルヴェアーレは驚いて、おしぼりや水の入ったグラスを持ってきてくれた。
五十鈴は心配してくれる彼らに途切れ途切れの言葉でお礼を言うと、差し出された二つをありがたく頂戴し、ごくごくと喉を潤した。そしておしぼりで汗を拭うとようやく少し落ち着いて、五十鈴はほっと息を吐く。
「あのっ、ダンデさんはこちらに戻ってはいませんか?」
「ダンデか? いいや、私は見ていないが……リカントはどうだ?」
「俺も特には……あいつ、五十鈴センパイを置いて、勝手にどっか行ったんすか?」
「いえ、あの、実は……」
息を整えながら、五十鈴はこれまでの出来事を二人に話す。
日用品を買いにダンデと一緒に外出したこと。
その途中で捨て犬を見つけ、動物病院へ連れて行って、いったん家へ帰ったこと。
そして家族に仔犬を飼いたいと交渉し、戻った時にはダンデと仔犬がいなくなっていたこと。
順を追って話しているうちに、アルヴェアーレとリカントの顔色が変わる。
「……妙だな。あいつは神出鬼没な節はあるが、五十鈴に何も言わずに消えるはずがない」
「まー、あいつの理想の執事像とは違いますもんね……ん?」
急にリカントが、くん、と鼻を動かした。
「……五十鈴センパイ、異形と会った?」
そして怪訝な顔でそう訊いて来た。
思い当たることのない五十鈴は、きょとんとして首を横に振る。
「え? いえ、特には……」
「そうっすか……」
「どうした?」
「いや、センパイから何か、異界の匂いがしたもんすから……」
「ふむ? 五十鈴、ちょっとこちらへ来なさい」
アルヴェアーレが五十鈴をちょいちょいと手招きする。
五十鈴が言われるがまま彼女に近付くと、アルヴェアーレは左手で前髪を持ち上げて、額の目を露わにした。
五十鈴がアルヴェアーレの目の前まで来ると、第三の目が開き、じっと五十鈴を見つめる。
ややあって、彼女は「確かに」と頷いた。
「……微かではあるが、異形の気配がするな。魂は食べられていないようだが」
「えっ!? い、いつ会ったのかしら……記憶にありませんわ……」
「まー、会ったとしたらダンデがいなくなった後じゃないっすか? 何たってあいつ、異形の間じゃ『異形狩り』で有名っすからね。迂闊な奴じゃなきゃ近付けないっすよ」
リカントが軽く右手を開いて不可解そうに言う。
確かにと五十鈴は思った。これまでに遭遇した異形たちは、ダンデを見ると「異形狩り」と、忌々しそうに言っていた。それほどにダンデの存在は広く知られ、そして脅威なのだろう。
だからこそダンデのことを知る異形は、基本的に近付いて来ないはずだと、リカントは言う。
「なら、一体どこで……」
可能性があるとすればダンデが姿を消した後だが、そうだとすれば五十鈴の魂がひと口分も齧られていないのは奇妙だ。脅威がそばにいないなんて滅多にないチャンスを、もしも近くで見ていたとしたら逃さないはずがないからだ。
そしてもし異形に見られていたのならダンデは必ず気が付く。
けれども先ほどまで一緒にいたダンデはいつも通りで、特に何かを察知した素振りは見せなかった。
普段と違う様子だったのは仔犬を拾った時くらいで――……。
そこまで考えて五十鈴は「あっ」と目を見開いた。
「もしかして、あのわんちゃんが異形……?」
「わんちゃん? ああ、君が拾ったという……なるほど。ダンデと一緒にいなくなったのならば、その可能性はあるな。だが、その時にも何も反応しなかったのも気になる……」
アルヴェアーレは額から手を離すと、腕を組んで唸る。
リカントも怪訝そうに首を捻っていた。
「このくらいの臭いじゃ、嗅覚がよっぽど鋭い異形じゃないと気付くのが厳しいかもしれねぇが……ここまで薄い異形も珍しいっすね」
「ああ。そこが気になる。リカント、すまないが、五十鈴の家の周りを調べてもらえるか?」
「了解っす」
リカントは頷くと、すぐさまカフェ・フロストを出て行った。
パタンと閉じたドアを見つめながら、五十鈴は胸の前で祈るように両手を組む。
(ダンデさん……)
何が起きているのか五十鈴には分からない。
けれどもアルヴェアーレとリカントは真剣な面持ちをしていた。
だからこそ、まずいことが起きているのだけは、ひしひしと感じる。
(どうか無事でいてくださいまし……!)
異形と戦う力も、異形を探し当てる力も五十鈴にはない。
無事を願うだけしか出来ない自分を歯がゆく思いながら、五十鈴はダンデの無事を祈った。




