#33 オムライス
――それから一時間後。
ダンデとアルヴェアーレからこんこんと説教をされたハイデローゼは、すっかり意気消沈して縮こまっていた。
「この度は、私の不用意な行動でご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした……」
彼女は数年分は年を取ったかと思うくらいにげっそりとやつれた顔をして、五十鈴に向かって深々と頭を下げる。
(……ど、どちら様?)
あまりの変貌っぷりに、そんな台詞が口から出かけ、五十鈴は慌てて言葉を呑む。そして首をブンブン振った。
「い、いえ! ごはんではないとご理解いただけたのでしたら、わたくしはそれで充分ですわ!」
「……本当?」
ハイデローゼはじっとりと昏い目で五十鈴を見上げる。その瞳が濡れているようにも見えて、何だかかわいそうになってしまった五十鈴は「もちろんです!」と答える。するとハイデローゼの表情がだんだんと柔らかくなりだした。
「……そう、ありがとう。あなた、美味しそうなだけじゃなくて、優しいのね」
「あ、あはは……」
それは果たして褒め言葉として受け取って良いのだろうか。五十鈴は一瞬疑問に思ったが、ひとまず後半部分だけはありがたく頂戴することにした。
そうしているとハイデローゼのお腹がくうと鳴る。
「……お腹が空いていたのをすっかり忘れていたわ。ねぇ、アルヴェアーレ。何か注文してもいい……?」
ハイデローゼは上目遣いにアルヴェアーレを見る。先ほどの説教の余韻がまだ続いているのか、少しばかりおどおどした様子だった。
そんなハイデローゼに、アルヴェアーレは「まぁ、良いだろう」と小さく笑う。
「ダンデ、何か作ってやってくれないか?」
「……かしこまりました。オムライスでよろしいですか?」
ダンデは渋々と言った様子で頷く。
ハイデローゼはパッと笑顔になって胸の前で手を合わせた。
「まあ、素敵ね! ええ、もちろんよ! 五十鈴も食べる?」
「わたくしですか?」
急に話を振られて五十鈴は目を丸くした。
確かに小腹は空いているけれど、今はまだ勤務時間中だ。お客様に誘われたとしても、一緒に食べるわけにはいかないだろう。
そう考えて断ろうとしたところ、
「ああ、良いぞ。今日の詫びだ、良かったら食べていきなさい」
「いいんですの?」
「構わないよ。どうせ客は来ないだろうし、それに……」
アルヴェアーレはダンデの方をちらりと見る。
「お嬢様も……私のオムライスをお召し上がりに……?」
ダンデは先ほどまでの気乗りがしない様子から一転して、ソワソワし始めた。
そんなダンデを見て、アルヴェアーレは何も言わずにスッと五十鈴へ視線を戻す。
「……と言うわけだから頼むよ」
どうやらダンデの機嫌を取ってほしい、と言うことらしい。
五十鈴はあらまぁと苦笑して頷く。
「それではお言葉に甘えて……。あっ、でも、夕食前ですので、小さいサイズでお願い出来たら嬉しいですわ」
「もちろんですとも、お嬢様! このダンデ・ライオン、腕によりをかけて、最高のオムライスをご用意いたします! フフ、ははは~!」
ダンデは意気揚々と鼻歌を歌いながら、キッチンの方へとスキップして行った。
「様子がおかしすぎる……」
後ろ姿を見送って、リカントがポツンとつぶやく。五十鈴もそれはちょとっと否定できないなと思った。何にせよダンデの機嫌はすっかり直ったようだ。
それを見てハイデローゼも目を瞬かせる。
「……驚いたわ。ダンデったら本当に、あなたのことを大事にしているのね」
「ダンデさん、執事さんに憧れてらっしゃいますから。それで張り切ってくださっているのだと思いますわ」
ダンデはとにかく『執事』という存在を意識している。そのための努力も欠かさないようで、五十鈴も家で実際に見ているが、炊事洗濯、掃除に裁縫――家事全般を難なくこなせるレベルだった。家族も「ここまでやってくれるなんて」と褒めているくらいだ。
(好きな気持ちって、本当に原動力ですのね)
好きなもののために邁進するダンデの姿は好ましい。自分もいつか、こうなりたいと強く心に願えるものを見つけられたら、ダンデのようになれるだろうか。
五十鈴がその時を想像しながらキッチンの方を見つめていると、
「ダンデのアレは、そういう類じゃないと思うけれど……」
ハイデローゼが訝しんだようにそう言った。
「え?」
「いえ、何でもないわ。うふふ、それにしてもオムライス楽しみね。五十鈴の魂ほどじゃないけれど、良い香りがしてきたわ」
「そうだな。……ふむ、オムライスの話を聞いたら、何だか私も食べたくなってきた。リカントもどうだ?」
「えっ、俺もいいんすか?」
「ああ。少し早いが夕飯にしてしまおう。悪いが、ダンデもどうか聞いてやってくれ。私の奢りだ」
「やった! すぐに伝えてきます!」
リカントは嬉しそうに顔を綻ばせると、キッチンの方へ早足で向かって行った。
どうやら皆で食事が出来るようだ。大勢で食卓を囲むのが好きな五十鈴は「わっ」と目を輝かせる。
(でも……さっきハイデローゼさんが仰った『そういう類じゃない』ってどういう意味なんでしょう)
五十鈴はキッチンでフライパンを振るっているであろうダンデを想像しながら、内心首を傾げたのだった。




