#19 とある放課後の
「五十鈴ちゃん、またねー!」
「藤原さん、また明日!」
「はい! 皆様、それでは失礼いたします!」
クラスメイト達に手を振って五十鈴は教室を出る。廊下は綺麗に磨かれた窓ガラスから、緩やかな夕方の陽射しが射し込んでいた。
窓の向こうに見える校庭ではクラブ活動に勤しむ生徒達の姿もあって、その賑やかな声に目を細めながら五十鈴は昇降口を目指して歩き出した。
異界から帰還して一週間。あの日以降、五十鈴は異形に狙われることもなく、平穏な毎日を過ごしていた。
特に学校生活では頭がぼんやりすることもなくなって、一日しっかりと授業を受けることが出来ている。
(皆様からはびっくりされてしまいましたけれど……)
五十鈴はここ一週間の出来事を思い出してふふっと苦笑する。
特にに初日のクラスメイトや教師達の反応はなかなかのものだった。いつもぼんやりしている五十鈴が授業中ずっと、目をばっちりと開いて勉強をしているものだから、彼女達は口をあんぐりと開けるほど驚いていた。
「どうしたの藤原さん!?」
「どこか具合悪い!?」
しかもそんな心配までされてしまって、これには五十鈴もさすがに困ってしまった。普通にしている方が異常だと思われるほどに、毎日ぼんやりしていたことを理解したからだ。
もっとも五十鈴の家族が、ぼうっとする理由については「原因不明の病気で」と伝えてくれていたので、クラスメイト達は驚いた様子ではあったが同時に「治って良かった!」と喜んでくれた。本当にありがたいことだと五十鈴は思っている。
自分のことのように「良かったねぇ」と声をかけてくれる彼女達の優しさが嬉しくて、五十鈴はちょっとだけ泣きそうになってしまったけれど。
そんなことを思い出しながら昇降口へ辿り着いた五十鈴は、靴を履き替えて外へ出る。そうしていると、何やらきゃあきゃあと女子生徒達がはしゃいでいる声が耳に届いた。
「ねぇねぇ、誰あのかっこいい人!」
「執事っぽくない?」
「本物? 本物?」
彼女達は校門付近を見ながら黄色い悲鳴をあげている。
「執事……?」
その言葉が聞えたとたん、五十鈴は何となく嫌な予感を覚えた。
まさか、と思いながら校門の辺りに目を凝らすと、そこには案の定彼がいた。
「あっ! 五十鈴お嬢様、お帰りなさいませ!」
白色のメッシュが入った艶やかな黒髪に切れ長の赤い瞳。とんでもなく整った顔立ちの執事服の男性。
五十鈴を異界から助け出してくれた紳士こと、ダンデ・ライオンである。
「お、お迎えありがとうございますの、ダンデさん……」
手を振ってこちらにアピールするダンデに知らない顔を出来るはずもなく、五十鈴はぎこちない笑顔で彼に近付く。
するとダンデは、胸に手を当ててにっこりと笑みを深めた。何やらとても満足そうである。
「ああ……こうしてお嬢様のお迎えが出来るだなんて……生きていて良かった……」
ダンデはジーンと感動しながら、どこか恍惚とした瞳でそうつぶやく。
五十鈴としては、お迎えをしてくれるならばもう少し控えめでお願いしたいところだが、ダンデのこの楽しそうな顔を見ると何も言えなくなってしまう。
(ダンデさんが楽しいなら、まぁ……)
何せ彼は五十鈴の命の恩人だ。そのお礼もまだちゃんと出来ていないので、彼が喜ぶことならばそれでいいかと五十鈴は思うことにしている。
――さて、ダンデがどうして異形頭ではない上に、こんなことをしているのか。
その理由は五十鈴の護衛だ。人間の頭をしているのも執事をしているのも、その仕事を円滑に行うための一環なのである。




