#17 君には大変お気の毒だが
「うう、やっぱりですの~……!」
五十鈴は頭を抱えたまま嘆く。一難去ってまた一難とはこのことではないだろうか。
すると隣のダンデが五十鈴の膝に足を乗せて、心配そうに顔を見上げてきた。
「ああっ、お嬢様、お労しい……」
「おいこらダンデ、何故そちら側についているんだ。君も賛成していただろうが。仕事が楽になるってな」
「あっ、バラさないでください!」
「……ダンデさん?」
「ち、違います、お嬢様! 私はそんな! にゃーん!」
五十鈴が物言いたげな視線を向ければ、ダンデはかわいらしい猫の鳴き声を真似して誤魔化そうとした。けれども全部聞いた以上は手遅れである。
じっと見つめていると、しばらくしてダンデの耳がへにょんと伏せられた。しょんぼりと下を向くダンデを見ていたら、何だか毒気を抜かれてしまい、五十鈴は苦笑交じりにため息を吐く。
「もう、ダンデさんったら……異界ではあんなにかっこよかったですのに……」
五十鈴がそう言えば、ダンデは「えっ!」と嬉しそうな声を出した。
「本当ですか、お嬢様っ!?」
「五十鈴、その馬鹿は褒めないでいいよ。調子に乗るだけだからな」
「オーナー、何てことを! ひどいっ!」
「やかましい。いい加減話が進まないから、静かにしたまえ」
アルヴェアーレはダンデをひと睨みすると、それからコホンと咳払いした。
「五十鈴、先ほどの話だがひとつだけ補足しよう。これは君にも利益のある提案なのだよ」
「わたくしにもですか?」
「ああ。知っているだろうが、君は我々異形にとって、食欲をそそる美味しそうな香りをしている」
「それは……はい。身に染みて分かりましたわ」
五十鈴はこくりと頷いた。認めたくはないが、あれだけ異形に「ごはん」などと呼ばれて追いかけ回された後なのだ。そのことはしっかりと理解している。
するとアルヴェアーレは「よろしい」と満足そうに笑った。
「それで、その香りについてだがね……君には大変お気の毒だが、今後消える可能性はないだろう」
「そ、それってもしかして……わたくし、この先の人生でずっと、異形さん達にごはんとして狙われるってことですの?」
「そうなるね」
「そんなぁ……」
五十鈴はがっくりと肩を落とす。
今回はたまたまダンデのおかげで助かったが、もしも次に異形に狙われたら、今度こそ魂を全部食べられてしまうかもしれない。それは嫌だ。何よりも、家族の記憶からも友人の記憶からも消えてしまうのは、絶対に嫌だ。
「どうしたら……」
「まぁ一応、香りを消す方法がないわけではない」
「……っ! どんな方法ですのっ!?」
バッと五十鈴は顔を上げる。そして希望に縋るように訊ねれば、アルヴェアーレは「ああ、いや……」と少し言葉を濁した。
「喜ばせておいて悪いが、あまり現実的な話ではなくてね。その方法とは、君が『悪い子』になることなんだよ」
「悪い子?」
「ああ。例えば、そうだな……犯罪者になれば良いと言うか。要は魂が汚れれば良いんだ。そうすると美味しそうな香りじゃなくなって、今後一切異形に狙われることがなくなる」
「は、犯罪……あううう、どうにもならないお話になってしまいましたの。さすがにそれは無理ですわ……」
五十鈴は力なく首を横に振った。
いくら異形に狙われないためだと言っても、罪を犯すなんて絶対に出来ない。五十鈴自身そんなことはしたくないし、家族にだって迷惑をかけてしまう。
項垂れる五十鈴を見てアルヴェアーレは「だろうね」と微笑んだ。
「だから君の魂の香りは美味しそうなんだ。――そこで、五十鈴。私達から提案がある」
「……何でしょう?」
「先ほど言った通り、君が囮役としてうちで働いてくれるなら、その代わりに私達が君の護衛をしよう。君を狙ってやってくる異形から、いついかなる時も君を守る。期限は君が死ぬまでだ。どうだろうか?」
「…………」
アルヴェアーレの言葉に五十鈴は思わず目を丸くした。
「えっと、つまり終身雇用ですの……?」
「ああ。と言っても定年はないがね。もちろんしっかりと給料は出すし、学業や私生活を優先してもらって構わない。それに体が辛くなる年齢になっても、無理に働かせるつもりはない。君はそこにいるだけで異形ホイホイだからさ」
妙な二つ名をもらってしまったが、アルヴェアーレの提案は五十鈴にとって悪い話ではない。
そう考えた五十鈴は、あることに気が付いてダンデの方へ顔を向けた。白猫姿の彼は、くりくりとした瞳を五十鈴に向けている。その眼差しは何かを期待しているような、そんなわくわくした色を宿していた。
「ダンデさんの執事のお話は、もしかしてここから……?」
「フフ……」
「は? 執事?」
五十鈴が訊ねればダンデはにこりと笑い、アルヴェアーレは怪訝そうな顔になる。
「執事って……君まさか、また悪い癖が出たのか?」
「悪い癖ですの?」
「ああ。ダンデは執事フェチなんだよ」
「オーナー、その言い方は語弊があります! 私は執事フェチではなく、執事という存在に憧れがあるのです!」
さすがに心外だと言わんばかりにダンデがアルヴェアーレに怒る。それを見たアルヴェアーレは面倒そうに顔をしかめ、深々とため息を吐いた。
「ああ、始まった……」
「あはは……え、えっと、ダンデさんが執事さんになりたいと強く願ってらっしゃるのは、異界でしっかりお伺いしましたので大丈夫ですわ」
「ああ、そっちでもやらかしていたか。うちの従業員がすまないね……」
「いえいえ。驚きましたけれど、何だかんだで緊張が解れたのでありがたかったですわ」
弱り切ったアルヴェアーレに、五十鈴はにこっと笑ってそう話す。
異界で一緒に行動している時に、ダンデがただのかっこいいお兄さんのままだったら、きっと五十鈴は始終緊張しっぱなしだっただろう。だからどうしようもない面――と言うとそれこそ語弊はあるが、ああいう人間らしい一面を見られたことで五十鈴は安心することが出来たのだ。
「お嬢様……! オーナーと違って何てお優しい……!」
異界でのことを思い出しているうちに、何やらダンデが感動に打ち震えていた。うるうるとした瞳で見上げられ、五十鈴はほんの少しだけ引いた。
「ダンデさんは、その……か、感情表現が豊かですのね……」
「情緒不安定と言ってくれていいよ。こいつは執事と聞くといつもこうなるから」
アルヴェアーレは冷めた目でダンデを見下ろす。このうんさりした口調からも察するに、どうやら彼はいつもこうらしい。
「あらまぁ……。でも、こんなに情熱を向けられるくらい、好きなものがあるのは良いことだと思いますわ」
「……まぁ、それはそうだね。こいつにとっては良いことだ」
アルヴェアーレはぽつんと独り言にように言って、再び五十鈴の方へ顔を向ける。
「――と、まぁ、こういった理由だがね。やってもらいたい仕事が仕事だけに、断ってもらっても構わない。その時は、君が襲われるたび助けに行かせてもらうよ。駆け付ける時間は少しかかってしまうけれどね」
「そうなんですの?」
「ああ。こちらからすれば、囮には変わらないからね。出来れば承諾してもらえた方が嬉しいは嬉しい」
「なるほど……分かりました。わたくしのためでもありますし、お手伝いいたします! あっ、でも、ちゃんとしたお返事は、両親の許可を得てからですけれど」
「それで構わないよ。ああ、良かった!」
五十鈴が承諾すると、アルヴェアーレは満面の笑みになって、胸の前で両手をパチンと叩いた。
「それでは早速、うちの制服の試着と行こうじゃないか!」
「はい?」
そして放たれた言葉に五十鈴は思わず首を傾げる。囮役のはずなのに制服の試着とは一体どういうことなのだろうか。
しかし五十鈴がその疑問を口にする前に、アルヴェアーレによって肩をがしっと掴まれた。
「それではこちらだ、五十鈴! いやぁ楽しいなぁー!」
「な、何事ですの!? だだだ、ダンデさん~~!?」
「お嬢様……ファイト!」
どうやらダンデは今回助けてくれないようだ。何を頑張れと言うんですのと思いながら、五十鈴はアルヴェアーレによって、店の奥へとずるずる引きずれられて行ったのだった。




