第八話「遅すぎた連絡」
夜。
部屋の電気はつけっぱなしだった。
昼か夜かも、もうよく分からない。
カーテンも閉めたまま。
時間の感覚が、抜け落ちている。
スマホが、静かだった。
珍しく、何も鳴っていない。
その静けさが、怖い。
「……来えへんな」
小さく呟く。
数日前まで、あんなに鳴っていたのに。
督促も、連絡も。
止まったわけじゃない。
ただ、“見ていないだけ”。
スマホを手に取る。
画面を開く。
通知は、溜まっている。
でも。
指が止まる。
開いたら、全部現実になる。
それでも、スクロールする。
一番上。
大地。
最後のやり取りは、あのまま。
『ほんまに?』
『ほんま』
それで終わっている。
「……まだ、いけるか」
小さく呟く。
何が“いける”のか分からない。
でも、その一言にすがる。
メッセージ画面を開く。
文字を打つ。
「ごめん」
止まる。
それだけでいいのか。
消す。
もう一度打つ。
「ちょっと話せる?」
弱い。
でも、それ以上が出てこない。
送信。
既読は、つかない。
時間が、ゆっくり流れる。
何も音がしない。
呼吸だけが、やけに大きい。
数分。
数十分。
既読。
心臓が跳ねる。
返信は、すぐ来た。
『今さら何?』
その一言で、体が固まる。
想像していた返事と違う。
もっと、優しいと思っていた。
勝手に。
「……そりゃそうやろ」
小さく呟く。
それでも、打つ。
「ごめん」
送信。
すぐ既読。
『何に対して?』
詰まる。
全部だから。
でも、“全部”って言えない。
「嘘ついたこと」
送る。
既読。
少し間があく。
『それだけ?』
胸が、ぎゅっとなる。
「……」
何も打てない。
『金のことは?』
逃げていた部分を、正面から来る。
「……ごめん」
同じ言葉を送る。
軽い。
でも、それしか出てこない。
既読。
しばらく、返信がない。
その“間”が、一番きつい。
やっと、来る。
『返す気ある?』
「ある」
即答。
『いつ?』
止まる。
何も決まっていない。
「……今月中」
また嘘。
既読。
しばらくして。
『無理やろ』
短い一言。
でも、全部を否定される。
「……なんとかする」
送る。
既読。
次のメッセージは、少し長かった。
『俺、何回も待ったで』
『信じようともした』
『でも、もう無理や』
目が離せない。
『助けるつもりで貸したけど』
『結果、悪化させただけやった』
その言葉が、刺さる。
『これ以上関わったら、お互い終わる』
呼吸が止まりそうになる。
「……待って」
打つ。
送信。
既読。
でも。
返信は来ない。
「……ごめん」
もう一度送る。
既読。
それでも、何も来ない。
画面を見続ける。
数分。
何も変わらない。
やっと、現実が追いつく。
「……終わった」
小さく呟く。
スマホを落とす。
床に鈍い音がする。
拾う気力もない。
助けを求めた。
でも、遅かった。
全部、自分で遅らせた結果。
部屋は静かだった。
でも、頭の中はうるさい。
・あのとき言えばよかった
・あのときやめてれば
・あのとき返してれば
全部、“過去”。
「……どうしよ」
初めて、その言葉が出る。
今までは考えなかった。
逃げていたから。
でも、もう逃げる相手もいない。
完全に、一人。
その静けさの中で。
沙紀は初めて、“自分だけで考える”場所に立たされた。




