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第5話

 スタンディ伯爵は驚いた。心の底から楽しみにしていた舞踏会から帰ってきた娘が泣いているのだ。わんわんと泣き、化粧が崩れるのもお構いなく、涙を流し続ける愛娘を抱き締め、伯爵は優しく問う。

「どうしたんだ、何があった?」

 すると、ベロニカは顔を上げ、伯爵に答えた。

「ギルバード様が舞踏会に恋人を連れて来ていたの! 私よりもその女を愛しているって!!」


 伯爵は驚いた。こんなにも見目に優れた自分の娘を振って別の女性と付き合うとは。モント次期公爵は見る目が無いが、ベロニカが愛するのは彼だ。何とかして愛娘の想いを成就させてやりたい。

「お前の方が器量は良いし、容姿だって優れている。きっとモント次期公爵だって気付くさ」


 泣きじゃくる娘を宥めたくて伯爵は言う。しかし、ベロニカは首を横に振る。

「今、私を選んでくださらないと嫌なの!」

 ベロニカは激しく泣き始める。美しい顔が台無しになるくらい泣いていた。伯爵は可哀そうな娘に笑って欲しくて考えを巡らせる。

「そうだ、父さまに任せなさい。可愛いお前の為に何とかしよう。その恋人の容姿を教えてくれるかい?」


 伯爵はベロニカから恋人の情報を聞くと、彼女を寝室に下がらせた。

 ベロニカが寝静まったのを確認すると、屋敷の地下室に向かう。地下室は石造りでいつもならひんやりとしているが、今は人が集まっているのでそうでもない。柄の悪そうな見た目をしたごろつき達がここを拠点にしているからだ。


 中身が無い酒の空き瓶や煙草の吸殻、ゴミが散乱する床を見て伯爵は顔を歪める。ゴミはきちんとゴミ箱に捨てろと、いつも言っているのだが、教養のないこいつらは毎度散らかす。


「おい、仕事だ」

 伯爵は地下室の真ん中に座る男に話し掛けた。他のごろつきとは違って、明らかに腕が立ちそうだ。褐色の肌には、白い染粉で見慣れない紋様が刻み込まれている。異国人というのがすぐ分かる。


 男は眉を上げると、伯爵に話の続きを話すよう合図した。

「攫って欲しい女がいる。髪は赤毛で目は紫。胸が大きい女だ」

 最後の言葉にごろつき達は歓声を上げる。節操のない態度に伯爵はうんざりしながら話を続けた。


「名前はバーバラという。攫った後はモント公爵家に身代金を要求、最後は殺せ」

 伯爵の言葉に入れ墨の入った褐色の男が問う。

「良いのか? 公爵さまの女だろう」

「構わん。まだ籍も入れていないから正式にはただの平民だ。それと、この拠点には連れてくるな。お前達の本拠地に連れて行け」

「あそこにはルース男爵の子どもがいるだろう」

 男の言葉に伯爵は首を横に振った。

「それも構わん。とにかくしくじらなければ良いんだ、しっかりやれよ、ダタライ」


 ダタライと呼ばれた褐色の男は、にやりと歯を見せて笑った。


 ◆ ◆ ◆


 私とギルは、彼の朝の仕事を始める前にお茶の時間を楽しむのが日課になっていた。朝食の時間に話しきれなかった事を話したり、特に会話をせず景色を楽しんだり、楽しみ方は日によって異なるが、私との時間を少しでも多く作りたいというギルの気遣いから習慣になったものだ。


 今日の私は、侍女が手渡してくれた新聞を読んでいる。新聞の一面には『アンティギア王国内で人攫い事件多発! 追及される国王の責任!』と大きく見出しが書かれていた。ルシオの責任が追及されているのは、私には関係がないことなのでどうでもいいのだが、ギルに影響が及ばないか心配だった。


「ねぇ、ギル。例の件、進展はあったの?」

 ギルはあまり教えてくれない。私に心配をさせないようにという優しさから彼からは話そうとしないのだ。

「もうある程度分かっていますが、尻尾を出すのを待っている所です」

 彼は優雅にティーカップを手に取り、琥珀色の紅茶を飲む。

 不安そうな顔をしていたせいか、私を見て微笑みながら話した。


「ルース男爵令嬢には申し訳ないですが、殺される事はないと思います」

「どうして?」

「貴族の女性にはいくらでも利用価値があるからです。高級娼婦として売っても良いし、他国の要人へ愛人として売り飛ばしても良い。殺すより生かしておいた方が利用価値はよっぽどあるのですよ」


 ギルの言いたいことも少し分かる。急いで動こうとして、こちらの情報が相手に伝わってしまったら、せっかくの機会が失われてしまうかもしれない。確実に黒幕ごと捕らえるには、ここぞという場面に動かなければならないからだ。

 だけど、私は納得していなかった。


「ねぇ、相手を罠にかけてあげましょうよ。悪役にはお仕置きが必要でしょ」

 私が言うと、ギルは柘榴色の瞳をこれでもかというほど真ん丸にして驚く。何を言い出すんだ、頼む、危ない事はしないでくれという彼の考えがひしひしと伝わって来る。

「どうやって罠に?」

「私が囮になるの。モント公爵家の関係者だし、元王妃だから狙われやすいと思う。そこを突くの」


 ギルは、あからさまに“やっぱりそういう事を言いだすと思った”というようにため息をつく。


「それだと大切な君に危害が加えられるかもしれないじゃないですか」

 心配そうに言うギルに私は笑ってみせた。

「その前に貴方が助けに来てくれるでしょ?」

 私は彼の前髪をそっと手で押し上げ、額に口づけをする。


「それに私はやわな女じゃないからね」

 簡単にはやられないわ、と言うとギルは困ったように笑った。

「君は本当に……私の弱点を知っていますね。危なくなったらすぐに逃げるんですよ」

「うん、ありがとう。ギル」


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