43."無双"の戦い
「――さて」
相葉たちの気配が遠ざかっていくのを感じつつ、筧は両肩に担っていたそれを放り捨てた。ぞんざいに扱おうとも構うものではない。それらはもう用済みなのだ。
立ち込める粉塵の中、ふざけるんじゃねえ、と怒号が響く。
「RPG-7だと!? そんなもん、どっから取り出しやがったっ」
「それを教えてやる義理はないな」
ふん、と鼻で笑い、筧は腰の一刀を引き抜いた。そのまま鞘も抜き払い、投げ捨てる。
もう刀を納めることはないのだから、構わない。
「しかも、ひとりで、一度に、二本も……!」
「それを不可能だと思うのなら、お前たちの鍛錬はあまりにも甘すぎるという話だ」
あっさりと、筧はそう断じた。
そう……たった今筧が道を作るために乱射し、投げ捨てた対戦車ミサイルは事前に備えておいた仕込みのひとつ。それを一度に二発ずつ撃つことが可能なのは、単純に筧の訓練の問題だ。
生き残り、生き続けるための鍛錬。
「さあ、有象無象ども。続きをしよう。三つ巴の乱戦の続きを。ここを貴様らの終の地としよう――」
筧の言葉が空に消えるより早く、筧の身体が揺らぎ、失せた。
いや、違う。
移動したのだ。
ご、という鈍い音とともに、血柱が立った。瓦礫の山のひとつ、その上に立っていた男ら三人の頭部が、宙を舞い、バウンドし、転がり落ちていく。その後ろで、中枢を失った身体がそれぞれに血飛沫を上げながら崩れていく。
「どうした? 始めないのなら私が始めるぞ」
崩れ落ちた人体の上に立って、睨み回す。
静まり返った戦場。新派、超能力者とを問わず、何が起こったのかを理解できていない数百対の視線が筧に当てられる。
だが、それも長くは続かない。
「この、やりやがったな――!」
怒号が誰のものだったのかはわからない。
攻撃は一斉だった。
銃弾が、ミサイルが、手榴弾が。
風が、煙が、雷撃が。
四方八方から降り注ぐ。
けれど既にそこに筧の痩身はない。
悲鳴と、血飛沫が連動する。筧の姿は見えないのに、まるで鎌鼬か、それこそ超能力に殺されたかのように、次々と地に伏すモノが増えていく。
新派と、超能力者とを問わず。
「お、圧されるな! 奴は刀しか持っていない! 近づかれさえしなければ――!」
「本気でそう思っているのか?」
タン、と銃声が響いた。
左手に拳銃を構えているのは筧、額に風穴を開けられたのは、名も知らぬ兵士。
そんな、と誰かが呻いた。
「筧班長は刀しか使わないんじゃ……」
「誰がそんなことを言ったのかは知らんが、私だって銃器は扱えるとも。成績は久坂に劣るがな」
言う間にも筧は走る。まるで体重がないかのように軽々と瓦礫の上を駆け回り、跳び、抜ける。走路にいる対象は尽く右の一刀のもとに斬り捨て、距離のあるものは左手の拳銃で確実に撃ち抜く。
速く、確実に。
弾数を撃ち切れば即断で投げ捨て、しかし瓦礫の陰を駆け抜けたときには新たな銃を持っている。ときに拳銃を、ときにサブマシンガンを、ときに無反動砲を。
敵陣を駆け抜ける筧が、く、と不意に顎を上げた。そしてすぐさま側方に跳びのく。その一瞬に、筧の目と鼻の先で反応できないでいた新派の数人がまとめて煙となった。
超能力だ。
「あいつら……!」
新派の誰かが歯噛みする。当然の現実だ、超能力者にとっては新派も旧派も関係ない。丸ごと消し去ってしまえばいい。対して新派にとっても、旧派は筧ひとり、超能力者もまとめて倒したい。
だが、筧にとって話はもっと単純だ。
自分以外は全て敵。
……わかりやすいのはいいことだ。
シンプルであればあるほど、余計なことを考えなくていい。
……遅い。
新派も、超能力者も。反応が遅く、ゆえに行動も遅い。
「や、奴は刀を失ったぞ! 今だ!」
また誰かが叫んだ。見ずとも知れている、今の超能力で筧の刀は中ほどから先が煙となって失われた。だから即断で投擲する。切っ先を失った刀はそれでも豪速でまっすぐに飛び、叫んだ某の額を打ち貫いた。
……この程度を光明と見るのか。
数日前までともに訓練していた兵士たち。その質の低さに、筧は失望する。
……生き残る意志の、ない者たち。
自らの命に代えても、ひとりでも多くの超能力者を葬る。
その意志は、この程度の強さにしか繋がらない。
筧は走る。左手の拳銃で正確無比に敵の額を撃ち抜きつつ、手近な瓦礫の陰へ潜る。
そしてその陰を抜けたときには、既に筧の両手にはともに新たな刀と銃があった。
そんな、と誰かが呻く。言葉の終わらぬうちに、脳天から両断される。
……考えが甘過ぎる。
銃を持ったもの、持たないもの。両者を問わず、ただ斬り捨てる。
納刀は敵の体内に、リロードは銃器ごと。次々と得物を入れ替え、狩る。
正確な整息によって呼吸は乱れず。
精確な歩測によって誰にも捉えられることなく。
踊るように風を纏い。
血飛沫の中にて舞う。
十がとうとう百となり、それもやがて二百を越え、三百を数え、なおも増える。
いつしか空間を満たすのは、悲鳴、絶叫、断末魔。
その中心には、ひとりの少女。
筧・小姫。
「見ぃつけたぁ」
――不意に、その声は響いた。
狂乱の状況下で、不思議とまっすぐに筧の耳朶を打った。同時に全身に走る警報。
常に筧を救ってきた第六感が、最大級のアラートを鳴らす。
首裏に走った寒気に従って、背後を一瞥もせず右手へ側中を入れる。不意の挙動に、ただでさえついて来られていない新派の兵士や超能力者は全く反応することができず、
全て粉塵と化した。
「――――っ!」
そのまま二転三転して距離を置き、ようやく背後へ身を回す。
「よぅやく見つけたぜぇ、女ァ」
そこにいたのは、男だった。
猫背の薄っぺらい長身で、手足が目立って長い。だが、その四肢は一本を欠いている。
左腕。
旧派十三人の命と久坂、筧をもってようやく腕の一本を斬り落としたその男。脇から切断されたそこは、どうやってか止血してあるらしく、既に流血はない。
「……粉塵の能力者」
「刀の女だけかぁ? あの二丁拳銃の方はどうしたぁ。お前らは俺が生まれて初めて殺し損ねた記念すべき獲物だからなぁ、まとめて始末したいんだがぁ」
きょろきょろと男が探すのは、久坂だろう。勿論、それを教えてやる義理はない。
機関七課、超能力者とを問わず、この男はまとめて攻撃してくる。生きてさえいれば、殺せさえすれば相手が何であろうとも構わないのだろう。
殺人狂。
……こいつを、先に行かせるわけにはいかないな。
最悪の乱入者に、男と筧以外の全員が青ざめた顔で立ちすくんでいる。ある意味で、男と筧のスタンスは同じだ――自分以外は全て敵。
「まぁいいか。先にお前だけ殺しておこう。思えば俺の腕を斬り捨ててくれたのはお前だしなあ――」
言下に男の痩身が消える。直後に湧き起こるのは再びの悲鳴、絶叫、そして暴風だ。
触れたものを塵に変える魔の風。
辺り一面で暴風が吹き荒れる。その進路上にあるものは生物非生物を問わず粉塵となる。新派、超能力者のいずれもが悲鳴を上げながら逃げ惑うが間に合わず、次々と空に消える。
当然、筧も黙って立っていたりなどはしない。男が動くと同時に筧も走り出している。走路で慄いている敵を一刀のもとに斬り裂きながら、考える。
……どうやって隙を作る。
つい数時間前の戦闘では、他の旧派の兵士や久坂との連携によってようやく生まれた間隙を筧が急襲した。
しかし、それでも腕の一本がやっとだったのだ。
ともすれば男が常時纏い続ける魔風。あれを徹る手段は。
「余所見してんなよぉ!」
はっと見たときには遅かった。
眼前に、恐らくは新派の兵士であろう巨体が突っ込んでくる。その四肢には力なく、目は虚ろに濁っていた。既に死んでいる。
だが、その肉壁は邪魔だった。右にも左にも身を翻すには間に合わず、正面からぶち当たればただでは済まない。
……油断。
それでも筧は動く。
回る。
片足を軸に、長刀をもって高速に旋回する。
三回転で、名も知らぬ死兵は輪切りになった。
その肉塊の隙に左腕を突き込む。
握るのは銃把。
判断より早く、第六感が引き金を引く。
その手首が掴まれた。
「ヒィ――――っはっはっはぁ!」
ぶん、と振るわれた風が、未だ宙にとどまっていた肉塊を塵に変える。筧は仰け反って鼻先で回避するも、左手首を掴まれているためにそれ以上退くことができない。
死体を投げつけ、その向こうから筧の手首を掴み、哄笑を上げているのは他の誰でもなく、粉塵の能力者だ。
「捕まえたぜぇ!」
耳まで裂けるのではないかというほどに口端の尖った笑みで、男は叫ぶ。しまった、と筧が思うも遅い。
ぶわ、と男の右腕が風を噴いた。あらゆるものを無為にする魔風。
当然、その手に掴まれた筧の左手も例外ではない。
痛みはない。ただ、感覚もない。そして音すらもなく、筧の視界の中で、拳銃が、それを握る己の左手が、塵芥となる。
「――――っ!」
判断は一瞬だった。
右手の刀を一閃する。
銀弧は難なく、筧の二の腕から先を斬り離した。
そのまま筧は後方へ大きく跳ぶ。十メートルを二歩で広げ、着地するときは既に失った左腕を、肩口からきつく締めて止血している。
へえ、と男は凶悪に笑った。
「なかなか悪くない判断だぜ。俺の能力は指先が触れただけで全身に及ぶ。浸食されきる前に自分で斬っちまうとはなぁ……だが、借りは返したぜぇ、くれてやった腕一本をよ。そしてこれで、右腕一本しか使えねぇお前は負けだ。何なら両腕失くそうが、俺の能力にゃ関係ないんだからな」
確かに、奇しくも筧は斬り落とした男と同じく、左腕を失った。既にその形もなく、全て風に消えている。
だが――筧は、嗤う。
「何を勝ったつもりでいる。確かに私は腕を一本失った。だが、それだけだ。貴様程度の輩など、腕の一本で十分すぎる。左腕は貴様への餞と覚えておけ」
「は、負け惜しみを――」
鼻で嗤った男の右腕が、ずる、と肩口からずれた。は、と見下ろす目の前で、ぼとり、と力なく落下する。途端に噴き出る鮮血。
斬っていたのだ。筧は。左腕を斬り落とす勢いそのままに、翻した刃で男の右腕も。
「お陰でまた刀を失ったが、な」
「失ったって……お前、持ってるじゃねぇかよ」
男の言う通り、筧の右手には既に抜き身の長刀が収まっている。それは、
「拾ったんだよ、跳ぶ途中でな。ついさっきまでと同じように」
隠しておいた刀を、新たに。
さらに一肢を失ったことに呆然としていた男だったが、徐々に顔を紅潮させていく。怒りに、歪んでいく。
「この女ァ……楽には死なせねぇぞ……!」
「さて、できるものならやってみろ。私はお前には殺されないぞ」
右手だけで刀を構え、筧は不敵に笑った。
「貴様は両腕、こちらは左腕を一本。だが、これ以上貴様に髪の一本もくれてやるつもりはない――次は貴様の命を斬る」
「やってみろよォ――――!」
咆声とともに、男が風を巻いて躍りかかる。
粉塵の能力者を、筧は正面から迎え撃つ。




