41.異色の協力者達
死屍の累々と折り重なった惨状を、相葉たちは駆け抜けていく。
先頭を走る相葉はもとより、続く筧、久坂、氣境も周囲を警戒し続けている――氣境がしんがりを走ることについてはわずかに揉めたが、相葉が信用できると重ねたこと、背後からの攻撃の壁にはなるだろうと氣境が自ら言ってのけたことによってあっさりと了承された。相葉も氣境も明言していないが、筧、久坂ともに氣境が超能力者であることを察してはいるのだろう。それでも氣境の同道に頷いたのは、相葉への信頼と、元々のふたりの考え方だ。
超能力者が敵、ではなく。
自らを脅かすものが、敵。
とにかくそんな一列で走っているのだが――天城の先導は、思っていた以上に正確だった。
『五十メートル直進、そこで右に曲がってください』
『十時の方向二十メートルに過激派が数人います。七メートル先の瓦礫で十秒やり過ごしてください』
『三十メートル先、崩落したビルの対角線側に異能者がいます。迂回しましょう』
正確にして、精確。
上空から見ているのではないかというほどの確かな指示で、四人はただの一度も交戦することなく、迅速に、そして着実に本部跡へ近づいていく。
『相葉さん……私はやはり、本部へ向かうことは賛成できません』
そろそろ本部まで数百メートル、壊滅した本部がいよいよ視認できる距離までに至って、天城は相葉の脳裏にそう言った。
『ここまで進んで、今さらのこととはわかっています。ですが、本部にはあまりにもあなた方の敵が多すぎる……あなた方の呼称するところの旧派構成員は、その大多数が戦死し、残った人々も筧さんの通信に従って既に脱出しています。その人数ですら五十に満たない人数しかない……対して新派と超能力者は未だ数百といて、その全てがあの本部へ集まっているのですよ』
四面楚歌です、と天城ははっきりと言った。
『敵中に救いはありません。そんな中にたった四人で突撃するなど、その結末は火を見るより明らかでしょう』
今さらのこと、と自分で前置いた通り、天城の口調には翻意を促す色は感じられない。あるのは、確認だ。
本当に、いいのかと。
だが、相葉にとってはその程度、応えるまでもないことだった。それこそまさに、今さらなのだ。まして心を感じ取る天城に対して言葉に表す必要はない。
ただひとつ、応えないまでも言わなければならないことがある。
「たったの四人じゃない」
『え?』
「五人だ」
行く先は確かに死地かもしれない。絶体絶命の血煙へ頭から突貫を図る愚行かもしれない。けれど、それを敢行するのは四人ではなく五人であり、
「それも、ただの五人でもないんだ」
筧・小姫。七課七班班長にして機関七課最古参。そして無双の剣士。
久坂・読。筧に次いで古参、歴戦の『ダブルトリガー』。
氣境・凌士。超能力者であり、天城・遥風の護衛。
天城・遥風。感応の超能力者、そして異能者組織一党の代表。
「普通の人間なんてほとんどいない。こうして考えてみれば、凡人なのは俺だけだ」
改めて思い返してみて、一行の奇抜さに苦笑する。そして、顧みた自分の普通さを自嘲する。相葉自身には卓越した戦闘技能などなく、勿論一寸の超能力もなく、唯一己の手で殺したのはあろうことか味方だったという、戦力として心もとないただひとりだ。
だが、『いいえ』と天城は短く否定した。
『あなたは凡人ではありませんよ、相葉さん……あなたはこの状況にあっても驚くほど冷静です。高揚することも悲観することも、ない。あなたのバイタルは以前お会いしたときと寸分違いない。それに何より――あなたがいなければ、この一行が成ることは在り得なかった』
あなたは稀有な人間です。
天城はそう言い切った。
「……変わってる、とはよく言われる」
筧にも、久坂にも何度となく言われた。そのことに対し、相葉は是とも非とも返さない。
そうかもな、と思う程度だ。
自分がどんな人間であるかなど、どうであっても大差はない。そう思っている。
死ねば終わりだ。
だから死なないために、生き延びるため、生き残るために、戦う。
それだけのこと。
そんなやり取りを交わす間にも、徐々に本部が近づいてくる。奥へ進めば進むほどに、当然のこと周囲を動く敵の数も増え、天城の指示も細かくなる。だがそれでも、一度も接敵することなく確実に歩を進めていっていた。
このまま、行けるか。いよいよ本部までの距離が数百メートルにまで迫ると、相葉も一瞬そう考えた。ここまで近づいて見ると、先の爆発の惨禍が生々しくわかる……もとの外観は見たことがないため判然としないが、外壁は派手に崩落し、屋内の壁もあらかた全てぶち抜かれ、倒壊した壁や落下した屋根が折り重なり山を作っている。周囲には爆圧で蹂躙されたコンクリートや鉄筋が好き勝手に散らかり、積み上がり、風が粉塵を巻き上げている。そしてその至るところから突き出た腕、転がる脚、ぶちまけられた紅血。その数は、ここに来るまでに見てきたものを遥かに上回る。
ここが地獄の中心地――
『――っ、相葉さん、止まってください!』
「止まれ相葉!」
相葉の脳裏で天城が叫ぶのと、筧が背後から抑えた叱声とともに肩を掴んで引き留めるのとは、同時だった。反射的に相葉は足を止め、素早く手近な瓦礫に身を隠す。背後では見るまでもなく、全員が同じく物陰に身を潜めている。
『相葉さん、ダメです。これ以上は進めません』
「この先は敵が密集している。恐らく、隙を縫うには限度がある」
天城と筧が呼応するように言う。能力で感知している天城だけでなく、気配だけで同じものを気取った筧にはさすがとしかいいようがないが、その内容は最悪だった。頷きをもって聞きながら、相葉はそっと進路を覗き込む。
一見、その先には誰もいない。あるのはただ、物言わぬ死体、あるいはその断片ばかりだ。だが、気配に疎い相葉でも、注意して観察すればさすがに多少は感じられた。
緊張。
『集結した新派と過激派が、睨み合っている状況です。どちらも互いの隙を窺っていて、きっかけさえあれば一斉に戦いになるでしょう。今は偶然、そのきっかけがないだけで……』
「抜けるのは、やっぱり難しいか」
『不可能です。互いが互いを監視している状態ですから、動いているものがあれば反応せざるを得ません。その上、数がどちらも膨大ですから、その分視界も多く広がっています。気配を縫って動く、という次元ではありません。姿を消しでもしない限りは無理です』
「いつだったか、あんたが機関七課に入り込んだようにはできないのか?」
あのとき、天城は誰もの認識をすり抜けて機関七課に侵入し、氣境に相葉を連れて来させていた。あれと同じことができれば。しかし天城は、無理です、と即答した。
『もともと私がいる場所からそちらまでの距離が遠く、能力が届きにくいということもありますが、例え現場にいたとしてもそれだけの数の人間から認識をすり抜け続けることはできません。せめてひとりやふたりであればまだしも、四人ともなるとなおさらです。力不足で申し訳ない限りですが……』
いや、と相葉は首を振る。そもそも天城がいなければ、ここまでたどり着くことすらできなかったのだ。だから、力不足だ、などと非難する理由は微塵もない。
ただ、進退は窮まった。
天城の見通しを筧に告げると、やはり筧も同意見だったようで、やはりな、と即応した。
「ならば、迷っている時間はない――私が、道を作ろう」
一瞬、筧が何を言ったのかわからなかった。
それは筧の向こうの久坂も同じようで、一拍置いて「……は?」と返す。
だが、筧の口調は揺るぎない。
「私が敵全軍を引きつけ、止める。その間にお前たちは奥へ急ぎ、迅速に北山総長を救出、かつ岸田副長を討て」
迷いすら微塵もない。
「いや、でも、それじゃあコヒメちゃんは?」
まだわからない、という表情の久坂に対し、筧は何でもないことのように応じる。
「二度も言わせるな。私はここで奴らを縫い止める……いや、言い方が相応しくないか。ならばこう言い換えよう――殲滅する、と」
「殲滅する、って」
敵は数百。それも、新派と超能力者の混成軍だ。そのことは筧だってわかっているはずだ。だが絶句する相葉を、筧は鼻で笑う。
「何を勘違いしている相葉。奴らは混成『軍』などではない。奴らは連立しているのではなく、対立している。ならば立ち回り次第で、双方を戦い合わせることも可能だ」
「でも」
「私を誰だと思っている。敵が新派だろうが超能力者だろうが、遅れをとるわけがない」
きっぱりと、堂々と、筧はそう言い放った。
「それに、こんなこともあろうかと、随分前からこの辺りには密かに仕込みをしてあるからな。問題はない」
「だったら、私も残るよ。あの数にひとりでなんて」
「不要だ」
久坂の申し出を、筧はばっさりと切って捨てる。そんな、と言い募ろうとする久坂に、筧は噛んで含めるように、
「戦力としての問題だ、久坂。相葉をひとりで行かせるつもりか? いや、正確にはそちらの男もいるが、相葉に足を引っ張られては実力も発揮できないだろう。その挙句に共倒れでは、目的を果たすこともできない。お前なら相葉の呼吸はわかっているだろうし、相葉もまた然りだ」
加えて、と筧は続ける。
「ひとりの方が私は動きやすい。何しろ、私以外は全てが敵なのだ。動くものを全てただ斬って捨てて構わないのだから、余計なことに思考を回さずに済む」
そして、と筧は結んだ。
「武装の問題だよ、久坂……お前の武装は銃。残弾数には限りがある。対して私の武装は刀だ。折れることや曲がることがあっても、足りなくなることはない」
「でも、だから、折れたり曲がったりしたら」
「言ったはずだ。この辺りには仕込みをしてあると。残念ながらお前に全て教えている時間はないからな。――説明はこれで十分か? これでも納得しないのなら、私は班長命令を発動するが」
理路整然と詰められて、ぐ、と久坂は口をつぐんだ。言いたい思いはあっても、反論はできないのだ。唇を噛んで黙り込んだ久坂に頷き、お前は何かあるかという視線を相葉に向ける。
「……訊きたいことが、ひとつ」
「何だ。言ってみろ」
「死ぬつもりは、ないんだよな」
質問、というよりは確認。その相葉の言葉に、ふっと筧は笑った。
「無論だ」
わかりきったことを訊く、とでも言うように。
「死ぬつもりなど、毛頭ない。私は当然の如く、お前たちの道を作り、背を守り、奴らを殲滅する。勝機はあり、勝算もある。負ける公算はない」
当たり前のことを、当たり前として言う。筧の目に、驕りはない。
だから、相葉は頷いた。
「……信じる。だから」
「また生きて会おう。死ぬなよ、相葉、久坂」
筧の言葉に、ああ、と相葉は頷いた。久坂はそれでもまだ不満そうだったが、お前は、と筧に促されようやく頷いた。
「またね、コヒメちゃん。また後でね」
ああ、と筧は笑みで頷き、それから軽く久坂の頭を小突く。
「私の名は小姫だ。コヒメちゃんなどと呼ぶなと何度言わせる」




