27.久坂・読
「んー……前から思ってたけど、やっぱり変わってるよねえ、相葉くんって」
久坂に監督される射撃訓練を終えた後で、ふと久坂がそんなことを言った。
「……変わってるって?」
「いや、ほら。今日の成績。六発十セットで命中弾四十二。成績としては優秀だけど、前回の作戦前よりも上がってくらいなんだけど、相葉くんって何だかんだひとりは殺したわけじゃない?」
射殺したのは、味方だったが。
成績を記録してあるボードを眺めながら、久坂は小首を傾げる。
「たまにいる軍人上がりの人ならともかく、一般人からこっちに連れて来られた人って、初めて人を撃った直後は結構壊れちゃうことが多いんだよ。銃を持てなくなったり、かと思えば乱射してみたり。そういう人は大抵処分されるんだけどね」
さらっと恐ろしいことを久坂は言う。本当に、その辺りに関してはドライなようだ。相葉がそんなことを思っている間にも、久坂は先を続ける。
「それでなくても、しばらくは銃から離れようとするものなんだけれど……相葉くんは平気みたいだし。そういえば最初から結構平然としてたよね。その辺、変わってるなあって」
「……そんなことは、ないけどな」
ただ、生きなければ、と。
何度も重ねられている筧の言葉と、実際に見た戦場の悲惨さ。
恐怖はある。けれどそれ以上に、生きなくてはならないという思いを強く持っている。生き残って、生き延び続けて、その果てにどうするのかというのは、わからないけれど。
でも、戦場でどこの誰とも知られないまま無為に死ぬのは、嫌だ。
考え込み始めた相葉を見て、ふふ、と久坂は笑った。
「ま、別に悪いことじゃないけどね。むしろいいことだよ。生きていきたいならさ――訓練全部終わったんでしょ。シャワー浴びてきなよ」
「……ああ、うん」
訓練後は、新兵と熟練兵とを問わずシャワールームを利用している。確かに相葉も汗をかいていて気持ち悪いし、そうするのもいいだろう。そう思って射撃場の更衣室に戻り、軽く着替えて出ていくと、久坂が射撃場の外通路で待っていた。
「お、来たね。それじゃあ行こうか」
「……久坂も行くのか?」
「行くよー。私だって先に訓練してたんだから」
能天気に久坂は笑う。シャワールームは当然男女別だが、天井付近は繋がっている。
「覗くなよー」
「……覗かないよ」
こんなところで、そんな気概は湧かない。もともと、そういうことをしようという質でもないのだが。
ただ、同年代の異性と壁一枚を隔ててシャワーという状況に何も思わないわけではないので、さっさと汗を流して出ようと思うくらいだ。
脱衣所でさっさと服を脱いで、シャワールームに入るとブースはどれも空だった。貸し切り状態だ。しかし既に水音と、ついでに鼻唄まで聞こえてきていて、久坂の方がいくらか早かったらしい。衒いなくのびのびとしたその鼻唄を聞くに、女性用の方も久坂の貸し切りなのだろうか。
適当なブースに入って蛇口をひねる。すぐにヘッドから熱い湯が迸って、それを頭から被った。湯は熱い。けれども汗が流れていく感覚は心地よかった。
ふたり分の水音の中でも、久坂の鼻唄は不思議とよく聞こえた。またいつもの、聞いたことのない歌のようだ。そう、確か前回の戦闘中に、心に留め置いていたことを思い出す。しゃこしゃこと頭を洗いながら、他に誰もいないのなら、と何となく訊いてみる。
「……それ、何の歌?」
「んー?」
「鼻唄。前の作戦のときも、トラックの中とかで唄ってたよな」
「ああ、これ? んー……」
敷居の届かない天井付近を経由して、久坂の記憶を探るような唸り声が聞こえる。一分ほど久坂は唸っていたが、やがてあっさりと、
「いや、わかんないわ」
「……わかんないのか」
「わかんない。多分小さい頃に聴いてた歌なんだと思うけど。コヒメちゃんに訊いたらわかるかなー……」
今度訊いてみよ、という久坂の声が聞こえた。自分で歌っていたくせに、疑問に思ったことはなかったようだ。
と、筧の名前が出たところで、ふと相葉の口が問いを続けた。
「……なあ、久坂」
「ん、何」
「久坂は、超能力者と話したことって、あるか」
何気ない問いだった。本来なら、するべきではない問いだ。訊く相手を間違えれば、反乱予備因子として問答無用で処分されるかもしれない。
けれど久坂は、んー? と首を傾げただけで、すんなりと答えてくれた。
「あるよ」
短く、しかし相葉にとっては大きな答えだった。
あまりに簡素な返答だったために相葉は二の句が継げないでいたが、しかし久坂の答えにはまだ続きがあった。
「私の親友で、私が初めて殺した相手が超能力者だったよ」
――それは、どれほどの衝撃か。
初めて殺した超能力者は、親友だった?
しかも、だ。
どうして久坂は、それを、そんなことを、それほどに軽く答えられてしまうのだ。
「それがー?」
頭でも洗っているのか、話半分な調子での受け答え。むしろ相葉の手が止まってしまった。
俯いて髪に手指を差し込んだまま、数秒自分の足先を見つめて、それからようやく声を絞り出す。
「……そう、だったのか」
詳しく聞くことは、できない。訊けば久坂は、同じ調子で答えてくれそうではあったが、訊くわけには、いかない。
聞いたところで、どうすることもできないのだから。
「んー、そうだよ。相葉くんは? 超能力者に会ったこと、あるのー?」
話のついでに、といった雰囲気だった。明らかに気が抜けており、まともに受け答えしなくてもよさそうな感じだった。けれど、
「――あるよ」
相葉は、正直にそう答えた。
白井・円佳に会った。
氣境・凌士に、天城・遥風に会った。
彼らとの出会いをなかったことには、できない。
「そっかー」
やはり気の入っていない久坂の返事。ちゃんと聞いていたのかどうかも怪しい。
だから、かもしれない。
もう一歩、相葉は踏み込んだ。
「久坂は、さ」
「んー」
「……超能力者って、どう思う」
「ん、どうって?」
反問されても、どう説明したらいいか言葉に困る。だから、率直に言う。
「化け物、とか、怪物、とか……そういう風に、思うか」
相葉の問いかけに、数秒、久坂の返答はなかった。けれど、
「いいや、別に」
変わらないトーンで、声が降って来る。
「そういう風には思わないけど」
「けど?」
「――敵」
久坂の答えは、短い。
「敵だ、と思ってるよ。殺さなきゃ殺される。だから殺されるより先に殺す。――別に相手が超能力者じゃなくても、私を殺そうとするのなら私のやることは一緒だよね。超能力者だろうがそうでなかろうが、関係ない。私の敵なら、殺す」
きゅ、と蛇口の捻る音がして、壁の向こうから響く水音が止んだ。
「んじゃ、私は先に上がってるよー。相葉くんも、濡れたままで身体を冷やさないようにねー」
らららコーヒー牛乳、と今度は明らかに即興らしい歌を歌いながら、ぺたぺたと歩く音がして、久坂は出て行った。
「…………」
同じだ。
細部は異なれども、筧も久坂も、超能力者に対して抱く認識は同じだ。
人間であり、敵である。
そして、自分の前に立つのならば、等しく殺す。
「…………」
頭から熱い湯を浴びながら、相葉は立ち尽くす。
相手が化け物だと、人外なのだと思えば、当然その方が撃ちやすいだろう。機関七課に属する者たちのほぼ全員が、そのような認識を持って作戦に臨んでいるに違いない。超能力者と会話することもなく、相手を人間であると認識することもなく、だから人を殺しているという認識もなく――その方が、気が楽だからだ。そう逃げられない者は、壊れるしかない。
けれど、筧と久坂は、違う。
相手を等身大の人間として見て、その上で、敵として殺している。
狂うことなく。
生きるために。
自分は。
相手を人間として、筧や久坂と同じように認識してしまった自分は。
次の作戦で、果たして生き延びることができるのだろうか。




