19.会わねばならない名前
筧は一度しか来なかったが、久坂は割と頻繁に訪ねてきた。暇なのだろう、適当な問題を相葉に要求した後、それを取り組むべく帰っていく。独房は基本的に、形式的な見張りなどがいるだけでオールスルーだ。本当の意味で組織に刃向かった者が収容される施設は別にある。
だから、また誰かが相葉の独房の前に立ったとき、相葉は背を向けてベッドに横になっていたが、久坂あたりが問題をもらいに来たのだろう、と初めに思った。しかし、
「――相葉・瀬音、だな」
聞こえた声は、明らかに久坂の声ではない。男の低い声だ。聞いたことのある声ではない。
「……そう、だけど」
ゆっくりと身を起こしながら、相葉は応ずる。男の姿は逆光でやや見にくい。だがどうやら釈放に来た担当の者でもなさそうな様子だった。
若い。だが見た目は全く気にしないらしく、無精髭が好き勝手に伸び、無造作に伸びた髪を後頭部で雑に括っていた。少なくとも相葉は、この男を機関七課の内部で見かけたことはない。
そんな男が、冷淡な目で、相葉を見下ろしている。
「そうか。では、出ろ」
言下に、鍵を用いて鉄格子の扉を開けた。しかし、そこに相葉は違和感を覚える。
男の出で立ちは係員のそれではない。だから、独房担当の者ではないのは確かなはずだ。少なくとも常駐している見張りの男ではないし――だがそれならどうしてこの男は鍵を持っていて、相葉を外に出そうとする?
「……釈放は、まだなんじゃないか」
知らない。相葉はいつまでここに入れられているのかは全く把握していない。筧の話から、もう数日だろうと思う程度だ。だから、鎌掛け。
対して男は、表情を小揺らぎもさせない。
「いいから出るんだ。お前に話がある人がいる」
……やはり、機関七課の人間じゃないな。
慎重に、相葉は考える。だが、それなら誰だ。機関七課の施設内で組織と関係のない人間には会ったことがない。
「あんた、誰だ」
問う。もし外部の人間であるなら、鍵は見張りから奪ってきたと考えるのが妥当だろう。それに誰かが気付くのも時間の問題のはず。だからこれは、回答を期待しない時間稼ぎの問いだ。
しかし予想に反して、男は割にあっさりと答えた。
「俺は氣境。氣境・凌士だ」
わずかな苛立ちを滲ませながら、男は言う。
「早く出てこい。言ったはずだ、お前に話のある人がいる、と――我々には時間が多くあるわけではない。ハルカさんにだって限界があるんだ」
……これだ。
決め手となる単語が出た。
ハルカ。
その名前には、憶えがある。だから、
「わかった、出よう」
相葉は応じ、立ち上がった。
危険度は変わっていない。むしろついていくことで跳ね上がるはずだ。敵と内通しているとでも思われれば、どうなるかわかったものではない。
しかし相葉には、こればかりは危険を冒すに足る理由があった。
「俺も、その人には用がある――」
鉄格子をくぐり、男を見上げて言う。
「――伝えなきゃいけないことがあるんだ」




