14.古強者の戦①
戦闘開始を告げる号砲は、相葉たちの部隊からやや離れた場所で上がった。
既に相葉らが到着した時点で、戦場には『結界』が展開され、一般人は除外されている。中心地は街の郊外にある工業区画。その中のいくつかの工場だ。そこに、組織立った超能力者たちが潜伏しているとの情報を、情報部が突き止めたのである。先陣を切ったのは、展開した部隊のうち、最先端にいた班だ。
全員へ支給された通信機を介して、戦況が次々と届く。
『――二班三名、第八ブロックで敵の哨戒と接敵、交戦中!』
『――偵察中の五班三名、第二ブロックで接敵、全滅! 敵の能力は風だ! 触れたら朽ち果てる!』
『――三班二名、第五ブロックで奇襲に成功したが一名死亡! 応援を要請する!』
戦況と銃撃音が止めどなく耳に鳴る。未だ相葉は敵を視認していないが、確実に戦場は動いている――敵の所在と訃報が連続してわんわんと響く。そのような中でふと見てみれば、既に筧と久坂の姿は周囲から消えていた。他の面々は各所に潜伏し、警戒しながらじりじりと進んでいるが、あのふたりだけはまるで身を隠すことをせず、軽やかに先へ向かう。
相葉は潜伏する同僚たちとふたりの背を見比べ、先を追うことにした。さすがに身を隠しながら進みはするが、過敏に警戒することはしない。
初めこそ割り振られた班で開始するが、いざ戦場に出てみれば全員が個人行動となる――軍隊としてはあるまじき戦闘方針ではあるが、こと対超能力者戦においては集団で固まって行動する方が、かえって敵に撃ちやすい的を与えることになるのだ。固まって物陰に隠れていても、超能力者にとっては関係がない。彼らが用いるのは銃弾ではないのである。盾にしている障害物ごと、まとめて全員が潰される――それくらいならば、個々人でバラバラに散り、必要なときだけ連携を取るようにしたほうが余程効率がいい。全員がそのように訓練を受けている。
ペースに気を付けながら走っていると、じきに激戦区に突入した。四方八方から銃撃音と、悲鳴、絶叫、破砕音などが聞こえてくるようになる。さすがにここまで来ると、相葉も慎重に身を隠した。
敵に居場所を気付かれる前に一撃で殺す。先に気取られれば、逃げるしかない。既に超能力が行使された後らしく、隠れ潜む瓦礫には事欠かない。ついでに言えばそこらには、どうやらもとは人間だったらしい物体や血だまりと、銃弾で爆砕された死体も転がっているが、動かないのならどちらも問題ではない、と割り切って相葉は移動を続ける。筧と久坂の姿は既に完全に見失っている。通信機に耳を澄ますと、怒号、絶叫、悲鳴に混じり、平静と変わらず冷徹な指示を飛ばす筧の声と、銃声を背後にしたこの期に及んでも久坂の歌ういつもの鼻唄が聴こえた。どこでどんな状況にいようとも全くブレないふたりの様に内心のどこかで安心感を得るとともに、久坂のあの鼻唄は一体何の歌なのかを、後で訊いておこうと心の片隅に留め置いておく。
しばらく、ただ移動し続ける時間が続いた。自分以外に動くものの姿はなく、通信機から流れてくる過激な戦況が、まるで自分のいる現実とは異なる次元で行われているのではないかという気すら湧いてきた、その辺りで。
角を曲がろうとしたところで不意に激戦の中心に出くわした。
「――――!」
慌てて一歩を引き、ビルの角に身を隠す。そっと窺うと、誰もこちらには気が付いていない。他方にも警戒は払いながら、戦場を覗き込む。
視認できる敵、超能力者は三人。対して見方は恐らく、八人ほどか。姿を隠してはいるが、銃線の交錯から判断するにその程度だ。初めはもう数人いたようだが、既に原型不明になって転がっている肉塊が彼らだろう。
そして、その中心で舞うように戦っているのが、筧だった。
抜き身の長刀を下げた筧は、全く隠れることなく己を敵の目にさらしている。当然のこと、敵は彼女を狙って超能力を行使するのだが――当たらない。
切断が、突風が、潰撃が連続する中を、軽快なステップだけでかわし続ける。敵がわざと外しているのではないかというほどに鮮やかな身のこなしだった。その間も味方部隊が雨あられと銃弾をばらまいているにもかかわらず、それにすらかすりもしない。場所を移動すべく一瞬だけ敵の目に着くところに出た兵士が目敏く見つかり、一撃で爆死していくのに対し、筧の戦いは鮮烈だった。
ステップ、身の返し、首の振り。最小限の身のこなしだけで不可視の攻撃を全て回避し――一転。
針の穴を通すような隙を抜けて、瞬く間に筧が敵のひとり、突風をまき散らしていた男の懐にまで一足で迫る。限界まで低く、地を這うような姿勢で懐に入られた男は、反応が追いつかない。
銀光一閃。
男の首が、胴から離れて宙を舞った。さらに筧は容赦なく、空中にある首へ刃を振るう。一瞬でそれは十字に刻まれ、完全に生命を止められる。
一拍遅れて絶叫が響いた。超能力者のひとり、女の声だ。わけのわからないことを叫びながら、手のひらを筧へ向ける。しかし筧は女に背を向けていて、さらには斬撃を繰り出したばかりの不安定な姿勢だ。危ない――思わず、とても届く距離ではないと冷徹に判断しながらも相葉は銃を構えようとし、しかし間に合わなかった。
無形の斬撃が地面までも抉りながら滑空し、肉体を両断する。
しかし刻まれたのは、意志を失って崩れるだけだった男の身体だけだ。既に筧の姿は射線上になかった。
サイドステップ。軽い一歩だけで、敵の姿を見ることすらないまま筧は不可視の斬撃を回避した。しかも、回避するにとどまらない。
大きく、後方へ跳躍する。一足で数メートルを滑空する跳躍だ。まだ我に返っていなかった女には、次波を放つ余裕などなかった。
バックハンドで振られた刃が、女の首を切り離す。さらに身に加えられた旋回動作で、男と同様女の頭も輪切りになる。
そして、戦場は収束した。見れば、残っていた潰撃の男も、他の兵士の銃撃で絶命し地に伏している。
虚空に一振りし、刀身の血糊を払うと、筧は静かに納刀した。
通信機が鳴る。
『――第三ブロック、超能力者を三名討伐。戦死者七名。このまま第二ブロックへ向かう』
言下に筧は身を翻し、こちらを一瞥もすることなく走り出した。まだまだ戦いは続いているのだ。束の間の勝利に酔っていた隊員たちも、すぐに彼女に続く。
気付けば構えっ放しだった銃を下げ、壁に背を預けて相葉は深く吐息した。筧への心配など必要ない――この分なら、おそらく久坂も。
ただ、自分は。
……自分が生き残ることだけを。
それだけを念じて、壁から身を離し、相葉も次なる戦場へ動き始める。




