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不死王、再臨


「おおおおお、風が、風が気持ちいいぞぉ……!」


雲を突き抜け、自由落下する。この世の理を超越した存在――不死王。それが今の私だ。


普通の人間なら絶望の悲鳴を上げるところだが、私はむしろ大の字になって四肢を投げ出し、全身の骨に風を孕ませていた。

肉体がないゆえの開放感。

魔力の衣が空気を切り裂き、眼下には輝く水面、巨大な湖が迫ってくる。


(さて……おっと……)


もう少しだけ滑空を味わおうと、色気を出して足をピンと伸ばしたのが運の尽きだった。

加速した体は予想以上の揚力を得てしまい、予定していた湖面の着地ポイントを大幅に超えてしまった。


(しまっ、……)


直後、私の体は湖畔の硬い岩盤へと叩きつけられた。


グシャ、バキィィィィン!!


静かな湖畔に、凄まじい音が響き渡り、岩盤が派手に砕け散る。

その中には飛び散る大腿骨、彼方へ転がる頭蓋骨も混じっていた。

不死王の再臨は、あまりにも無残なバラバラ死体からのスタートとなった――




◇◇◇




しばらくしたのち。


魔力で無理やり骨を繋ぎ合わせ、私はよちよち歩きで街を徘徊していた。

まだ関節の噛み合わせが甘いのか、歩くたびに「カチ、カチ」と乾いた音が鳴る。


当然、そのままの姿で街を徘徊したとなれば、大騒動になるだろう。

前回降臨した際に、人間の姿であっても手痛い目に遭った教訓がある。

今回はその反省を活かし、認識阻害の魔術を展開中だ。

これなら人間どもに認識されることなく、平穏に街を徘徊できるはず――


「ほう……これは面白い……」


私は露店に並んだ奇妙な木工細工に足を止め、興味深げに独り言を漏らす。

賑やかな声が頭上を飛び交う市場。人々は私を素通りしていく。



近くでパンを盗む隙を伺っていた、薄汚れた身なりの少年。

路地裏の泥にまみれ、スリで日銭を稼いでいるであろうその少年が、ふと足を止めた。


そして、誰もいないはずの空間――私のいる場所を、凝視している。


「…………」


私は一切の動きを止めた。

少年の瞳には、明らかに「見えてはいけないモノ」を捉えた動揺が浮かんでいる。


そして、私は少年に見えるように、口角のない顎を歪めた。




◇◇◇




少年の視線を再び感じた瞬間、私は「ここぞ」とばかりに振り返った。

逃さぬよう、眼窩の奥に宿る魔力の焔を赤々と輝かせ、骨だけの口角を不敵に吊り上げてみせる。


「…………っ!?」


少年が息を呑む。私の一歩に合わせ、少年も一歩、引き下がった。

振り返り、一歩。詰め、一歩。そんな遊びを何度か繰り返して遊んでいると、少年は耐えきれなくなったのか、突然消えた。


「ふむ、逃がさんぞ」


私は好機とばかりに、よちよち歩きからは想像もつかない速度で先回りした。

本当はやればできるのだ。ただ、魔術を使うのが面倒だっただけ。


行き止まりの袋小路。

荒い息を切らして飛び込んできた少年は、目の前にそびえ立つ「空中に浮く骸骨」を見て、その場にへたり込んだ。


「ご、ごめんなさい! 許してください!」


少年は震える手で懐を探ると、輝きを放つ金貨を二枚、差し出してきた。

どうやら、先ほど私が露店を見ていた隙に、私の懐から盗んでいたらしい。いい度胸だ。


「よくも私から盗んだな……なぜ、全部盗らなかった? 私の懐にはもっと入っていたはずだが」


私の問いに、少年は涙目で理由を口にした。


「い、一度に全部盗ったら、警戒されて次から取れなくなるだろ? 」

「くかっ、くかかかか! なるほど、私はいいお客さんというわけか。合理的だな」


私は思わず喉を鳴らして笑った。


「それは取っておけ」

「えっ……?」

「その代わりだ。これを持って教会へ行き、聖水を買ってこい。今すぐ」


私はさらに金貨一枚を少年の頭の上にそっと置いた。


「少年、もし逃げるようなことすれば、わかってるよな?」


少年は呆然としながらも、首を縦に何度も振ってから、走り去っていった――




そして。

少年が怯えながら差し出してきたのは、教会の紋章が刻まれた小瓶だった。

小瓶の中には清廉な力が宿る聖水、私にとっては毒そのものだ。

ひさしぶりに聖水への耐性を確認しておきたかった。


「よし、よくやった。……では、試すとしよう」


まずは、着ていた紫のローブを脱ぎ捨てた。

そして、栓を抜いて、自らの頭蓋骨へと躊躇なく一気に振りかけた。


「――っ、くぅ……!」


頭蓋骨に流れた水滴が、肋骨などをつたい、足のつま先までつたっていく。


「おおおおおおおおおおおおおーーーーっ!!?」



私は一度深呼吸をし、子犬が全身の毛を乾かすときのように、勢いよく頭を左右に振った。


――シュアッ、シュアッ。


頭部にとどまっていた聖水が、遠心力に弾かれて細かな粒子へと変わる。

それは光を透かす無数の飛沫となって、私の体全体を清らかな光で包み込んでいく。

そして、眼窩に宿る赤い焔が、光に包まれ、色を失った。


「なんだこの感覚は! 洒落にならんほど効くぞぉぉぉ!!」


聖水のあまりの威力に、私の体はみるみるうちに透け、輪郭がボヤける。

「あ、これ消えるやつだ」と察した時にはもう遅かった。



「大丈夫!?」


少年の心配する声を受けながら、私の体は光の粒子となって、跡形もなく霧散してしまった。


(……ふむ、やはり早すぎたか……死ぬかと思ったわ……)

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