不死王のセレモニー
男は、広場の中央で一脚の椅子に座らされていた。
薄汚れた紫のローブを纏い、顔を隠したまま微動だにしない。
「最後に言い残すことはあるか」
処刑官が差し出したのは、不気味なほど鮮やかなピンクの液体で満たされたグラス。
たった一滴で人間を殺せる、猛毒だ。
「確認だが、これを飲んだら終わり……だな?」
「そうだ。ほかに言いたいことはないのか?」
「……」
男は拘束されたまま、右手の指先で、しなやかにグラスを取った。
そして、まるで高級ワインを嗜むかのように、最初少しだけ口に含むと、一気に飲み干した。
静寂が広場を支配する。
しかし、男は倒れない。
それどころか満足げな表情で、悠然と立ち上がった。
その瞬間、雲一つなかった空が急速に鉛色へと染まり、同時に周囲の気温が凍りつくほどに下がる。
「では、帰らせてもらうぞ」
男は、まるで上着を脱ぐかのように、いとも容易く拘束具を引きちぎった。
呆然と立ち尽くす群衆を横目に、紫のローブが静かに翻る。
彼が去った後の広場には、ただ凍てつくような冷気と、空っぽのグラスだけが残されていた。
――それが、惨劇の合図だった。
不死王をおとしめ、その沈黙を嘲笑った者たちに、等しく精算の時が訪れる――
◇◇◇
――あの衛兵たちは。
城壁の外へ続く跳ね橋を渡っていた。
「へへっ、あの金で今夜は――」
その時、頑丈なはずの橋の鎖が、音を立てて弾け飛んだ。
足場を失い、無様に手足をばたつかせながら、彼らは城を囲む深い堀へと投げ出された。
水面に大きな飛沫が上がった直後、澱んだ水底から這い出してきたのは、飢えた魔物の群れ。
「ま、待て! 助け――」
助けを求める叫びは、鋭い牙が肉を裂く音にかき消された。
――あの拷問官たちは。
地下の拷問室では、いつものように湿った悲鳴が響いていた。
「おい、昨日の奴みたいに黙ってんじゃねえぞ!」
真っ赤に熱した鉄棒を取り出した、その瞬間。
地下室を支えていた天井が、何の予兆もなく崩落した。
彼らが愛した拷問具と共に、拷問官たちは永遠の沈黙を強いられることとなった。
――あの裁判官は。
自室で椅子にもたれ、うつらうつら昼寝をしていた。
その時、開けていた窓から突風が舞い込み、机の上の書類を宙に舞わせる。
その書類を掴もうと、彼は窓枠に身を乗り出した。
指先が紙に触れた瞬間、彼の体は吸い込まれるように虚空へと投げ出された。
――あの店主と処刑官は。
処刑官は、不死王が飲み干しても死ななかった猛毒に疑念を抱き、あの薬屋を訪れていた。
「おい、この毒は本当に本物なのか?」
店主と肩を並べ、本物の瓶と見比べる。
その時、処刑官が持ち込んだ瓶が砕け、鮮やかなピンクの液体が飛散した。
ピンクの液体を顔に浴びた二人は、その効果を、その身をもって証明した。
◇◇◇
紫のローブが視界から消えても、街の拍動が止まることはない。
堀に沈んだ衛兵の代わりに別の男が橋の番に立ち、裁判官の椅子にはすでに別の欲深い男が腰を下ろしている。
新しく番に立った衛兵も、いずれは権力という毒に当てられ、前任と同じように強欲に染まるのかもしれない。
力を行使して不快な人間を塵に変えたところで、所詮は一時的な空白に過ぎない。
放っておけばまた次の悪を産み、別の淀みを溜めていくだけだ。
「……キリがないな。仕組みや構造から変えねば」
私はそう独りごちて、歩みを早めた。
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