不死王、降臨
目的の街が、雲の切れ間から小さな模型のように見える。
今、私はおぞましい瘴気を放つ魔龍に乗り、街のはるか上空をゆっくり旋回している。
こいつを近づけすぎれば、街の住人たちはその瘴気だけで枯れ果ててしまうだろう。
(このへんでいいか)
私は、魔龍の背から躊躇なく足を踏み出した。
凄まじい風圧が全身を駆け巡る――
「ぉ、ぉぉ……」
思わず声を漏らしてしまう。
その時。
降りる体勢を間違えたのか、体があえなくコマのように高速回転を始める。
視界が、空と大地で、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
ズォォォォンッ!!
凄まじい水しぶきが上がる。
私が落下したのは、街の傍らに広がる広大な湖だった――
水面に顔を出すと、ほとりで釣りをしていた男が椅子ごとひっくり返っているのが見えた。
私は波紋を立てぬよう湖面を歩き、彼に近づく。
「……邪魔をしたな。申し訳ない」
針のようにして、垂直に湖に落下できれば、ちゃぷんで済むと思っていたのだ。
呆然とする彼の足元に金貨一枚をそっと置き、私はその場を後にした。
◇◇◇
私は活気あふれる商業都市の門を、できれば正当な手段でくぐりたかった。
しかし、門では流れ者に対して厳しい審査があるし、擬態してすり抜けようとしても魔術具で検知されてしまう。
少し骨は折れるが、都市を囲む高い外壁を直接登るしかない。
私は幻術で壁の色に擬態し、確実に壁を這い上がっていった。
登るのは造作もない。問題は、降りる方法だ。
私は、一歩ずつ着実に降りるという行為がどうにも苦手だった。
縄があればいいのだが、あいにく何も持ち合わせはない。
(うーん……仕方ない……)
私は覚悟を決め、高々とした壁の頂から内側へと飛び降りた。
ドォォンッ!
凄まじい着地音が響く。
たぶん、大丈夫……。なるべく人目につかない場所を選んだつもりだったが……。
膝に走る衝撃を無視して立ち上がり、私は平然と大通りを目指した。
街は喧騒に満ちていた。
立ち並ぶ店、行き交う人々。その雑踏の中、一人の少年が私の方へ真っ直ぐ走ってきた。
「あ、ごめんおじさん!」
ドン、と腰にぶつかる。
少年は謝りながらも、器用に人混みをすり抜けて去っていった。
かつてどこかで見たような、見覚えのある活発な背中。
私は胸元の金貨を確認し、ただ静かに見送った。
市場のあちこちにある露店から、美味しそうな香りがしてきそうだ。
雰囲気に誘われ、思わず、串焼きを一本買ってしまった。
味覚もなければ、消化器官もないから、口には運ばない。
立ち上る湯気を骨で感じ、串焼きの温もりを感じることしかできない。
ただ、それだけで、私は十分に満たされた。
(もし、もう一度さっきの少年に会えたら、プレゼントしよう)
そんなことを考えながら歩いていると、一軒の薬屋が目に留まった。
わざとらしく肩を落とし、体調が悪そうなフリをして店に入る。
店主と目が合ったので声をかけた。
「聖水を、くれないか」
店主は私の身なりをじろじろと観察した。
薄汚れた流れ者。身寄りのない、無知なカモ。
そう判断したのだろう。彼の目が、卑屈な欲に濁るのを感じた。
「へへ、旦那、運がいい。聖水よりも効果があるとっておきの秘薬がありますぜ」
差し出されたのは、不自然なほど鮮やかな水色の液体が入った小瓶。
どう見ても、ただの水に色をつけただけの代物だ。
店主はそれを、平然と金貨五枚という法外な値を提示してきた。
「ほう……これが、秘薬か」
私はわざと、その小瓶を掲げ、光に透かして眺める。
そして、何も言わずに求められた通りの金を払い、その小瓶を受け取った。




