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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
第二章 常識のドレスを纏う
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それは神話時代の奇跡

 ジックートさんの日記を読むと、流し読みででさえ色々なことがわかった。それはここ数日で私が構築した彼らのイメージを破壊するものだった。

 彼らが実は男性三人女性一人の典型的冒険者パーティーなどではなく、元王女一人とそのおつきの騎士三人であること。

 彼らは恐ろしい継母の王妃から逃れるためにこの街にまでやってきたこと。それなんて白雪姫。

 買取受付所にいたあの意味深な職員は王城でルイーダさんに使えていた侍女で、ルイーダさんを助けるために単身飛び出して彼女達を追いかけてきた人であること。百合疑惑はあながち間違いではなかったのかもしれない。

 ギルド長は元は王都の人間で、お菓子屋さんの三男坊だったこと。

 それ故ギルド長はルイーダさん達の正体を知っており、彼女達が万が一にも王妃の機嫌を損ねぬよう、情報を厳選して王都にある冒険者ギルドトルマリン王国支部に送っていたこと。王妃に『監視の目が届く中で力をそがれて寂しい暮らしをしている』というイメージを持たせていたこと、エトセトラ。

 思った以上に最初は自分達が警戒されていたこともわかった。それを覆す信頼を、亡くなる直前の彼が抱いていたこともわかった。あと、自分がロキシーの鎧の手入れをした時に大分ヤバい顔になっていたことも、わかった。

 それを見られたことに、女として多少の恥ずかしさを感じるのは、仕方のないことだと思う。だって我ながらあの顔はねーわって思うもの。ロキシーを愛でる両手以外の筋力を全て失ったかのようにでれでれのどろどろの顔は、我ながら素直に気持ち悪いなって思うもの。

 でも、それを見た人はもういない。

 日記を読めばわかる。ジックートの胡散臭く底を悟らせない風貌と言動の全てが、純粋すぎる騎士の心から来ていたものであることが。まるで活版印刷で刷られた本のように綺麗で上下の乱れ少なく並んだ文字達。日記の分量に多い少ないはあろうとも、ほぼほぼ毎日付けていたことから大分几帳面な人間だったということがわかる。几帳面で真面目で騎士としての誇りを胸に生きていたからこそ、騎士を捨ててもついていった主のために己の在り方全てに嘘を重ね、盗賊(シーフ)のような立ち回りをしてきたのだとよくわかる。

 私は思う。その献身フツーにすごいな、と。

「……この人、いい人っていうか、純粋な人なんだね」

 森という危険地帯の中に人が来るにはもう少し時間がかかる。時間の余裕に任せて日記を流し読み、大切な所だけを拾い上げて理解した私は、一番最後の今日のページをするりと撫でた。

「じゅんすい?」

「そ。大好きな人に、ルイーダさんにまっすぐな人。この人だけじゃなくて、たぶん、ヨンシーさんやアイルングさんもそうだったんだろうね」

 大切な姫と離れて森の中で狩りをしていたら、都市一つ軽く落とせる魔物と遭遇した。その恐怖はさぞ大きかったに違いない。

 けれど、死体の状況や、木々についた攻撃跡、それと体の前面にばかり傷があることから、彼らがこの難敵に真正面から構えたことは明らかだ。彼らは背を向けず、背に事を知らぬ姫を守って果てたのだ。その勇気はいかほどのものだったのだろう。想像もつかない。

 少なくとも、私はそんなものは持てないな、と思う。その時点でこの人達に「すごいな」と思うし、それは素直な尊敬になる。

 それから、ジックートさんは日記の中でロキシーを褒めていた。いや、褒めるというか「すごいやつだ」という認識をしていた。日本語が残念なのは気にしないでくれ。私には騎士様の言い回しとかそういうのはよくわからん。とにかく、この人はロキシーのことをすごいと思っている。私の作り上げた最高の存在を、この人は尊敬と畏怖の目で見つめていた。それは私にとって至極嬉しい事だ。それはもう、語彙力が三歳になるくらいうれしいことだ。これは当然のことだと思う。

 私のことも褒めていたが、まあそれはどうでもいい。大事なのは、この人が、ロキシーを、強者として認め、畏怖し、尊敬し、ロキシーの実力を測れない(・・・・)と認識していたことだ。鑑定とかいう反則じみたスキルを持っている人間がこんなことを言うのが私にとって気持ちよくないはずがない。

 総合して、まとめよう。私はジックートさんが気に入った。

 だから決めた。彼を、私の考える可能性のある方法で、蘇生させると。

 といってもそれは簡単な方法だ。なんせ、イストワールでやっていた方法なのだから。

「てーれっててー。ロキシー、ソレ出して。三個ね」

「はぁい」

 ソレとは太陽のしずく(グート・レ・ソレイユ)というアイテムの略称である。これはイストワールにおける復活アイテムで、瀕死もしくは死亡状態のキャラクターに対して使うとHPとMPの半分を回復した状態で復活するアイテムである。キャラクター一体につき一個使用できるアイテムで、これを使うとパーティーが潰滅しかけた状態でも立て直すことができるのだ。

 こう書くと美味しいアイテムに見えるが、イストワールでは完全に外れアイテムだった。なんせ一人に対して一つしか使えない消費アイテムだし、回復量も中途半端。ジョブスキルは死亡時の使用状態で復活する、つまりリキャストタイムがリセットされない状態で回復するからすぐに前線に復活できるとは限らないのだ。そしてこいつの一番の外れアイテムっぷりは、百個セットで一回二百円のガチャで稀に出てくるところである。嫌がらせかな? 嫌がらせだよ。

 もちろんプレイヤーはこれに実装当時から猛反発した。その反発に負け、二年目の大型アップデートで太陽のしずくを一定数集めると店で「太陽の耳飾り」という特殊効果アクセサリーと交換できるようになった。これは特殊アクセサリーで、なんとモンスター討伐時のレアアイテムドロップ率を十パーセント上げる効果がついているものである。これがなんと九千九百九十九個集めることで片方(・・)手に入るのだ。二個付ければ二十パーセント。伊達や酔狂で納められる程度の効果ではないため、これは外れアイテムにしてはそこそこいい値で取引されるものになった。

 だが、太陽のしずくの価値は交換アイテムとしてのものだけだ。実用品ではない。そういうわけで、もうロキシーに左右のピアスを装備させている私はこれを外れアイテムだと断じているのである。さっきも言ったように効果が中途半端だしね。

「でもねー、こういう戦闘終了時にパーティー潰滅している時なんかは有効だよね。さて使えるかな」

 独り言を呟きつつ、ロキシーからオレンジ色の小指ほどの大きさのアンプルを受け取る。ゲームでは他の回復アイテムと同じように地面に叩きつけるモーションが使用モーションとして用意されていたが、それはカーソルで使用者を特定してから使うという仕様だったからだ。流石の私にもここで地面に叩きつけたらただのおばかちんであるとわかっている。

 アンプルの蓋を引っ張って開けると、きゅぽ、という小気味よい音とともにふわりと爽やかなオレンジの香りが立ち上った。確か、オレンジを太陽(ソレイユ)に例える話があったはず。そう考えるとこの香りには納得だ。そんなことを考えつつ、食い荒らされて虫がたかり始めた死体に目を向ける。

 とりあえずはジックートさんを助けるか、と思った、その時だ。

「んおっ」

 見ている風景に光が灯った。それこそオレンジほどの大きさの明るい光が肉塊の一つの上に灯ったのだ。その光には見覚えがある。

(まさか)

 思い立ち、やっぱりヨンシーさんを復活させよう、と心の中で言ってみる。すると灯っていた光は別の場所にぱっと移動した。

(なるほど、カーソルみたいなものか)

 私はそれを「ここにかけるべし」という意味と解釈してみた。その解釈の正しさを検証するために、虫がわらわら寄ってきた肉塊の一つを足で跨いで光を上に載せた肉塊に近づく。そのまましゃがみ込み、光の上でアンプルを逆さまにすると、中から粘度のある透き通ったオレンジ色の液体が一滴、ぽたりと落ちてきた。ただその一滴は粘度があるから一滴なだけで、量的には小さじ一杯弱分くらいはありそうである。

 落ちた一滴が光をすり抜け肉塊に当たる。瞬間、一滴だけ触れた肉塊がオレンジがかった強い光に包まれた。同時に辺りに散らばっていた肉塊のうちいくつかが色を失い白色になり、まるで最初から脆い石灰で出来ていたかのようにぼろりと崩れて散っていった。その変化を受けたのは肉の方だけで、装備やちぎれた服なんかはそのまま中身を失ってぺしゃりと潰れた。

「おおー」

 一步、二歩、と下がって輝く肉塊を見てみる。まるでカメラのフラッシュが塊になったような輝きっぷりだ。

 下がる間に輝きはぐにゃりと形を変えた。私がかろうじて抱えて持ち上げられるサイズだったものが、粘土でもこねるように形をぐねぐね変えていく。輝きは上下に伸びていき、やがて人型になった。

「……あっ」

 咄嗟にひらめき、側に引き寄せていたジックートさんの革の鞄を引き寄せる。形の変化が終わり、輝きがおさまってきたタイミングで、私はそれを光で伸びた体の一部の上にぽいっと乗せた。そのまま待つこと三秒。手持ち花火の輝きが唐突に終わるように急速に輝きがおさまった後、私の目の前にあったのは、胸部の血まみれのアーマー以外すっぽんぽんのジックートさんだった。

 咄嗟に鞄で股間を隠した私、ナイスプレーだと思う。うむ。

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