閑話・ちょっと昔の話
昔のことのイメージを思いついたので書いただけです。
本編には今んとこ一切関係ないので読まなくても大丈夫です。
その日、私はいつものように夕飯後のイストワールを楽しんでいた。いつもの世界。いつもの空気。いつもの人達。固定パーティーを組むほどではないが、ログイン中でありクエスト中でなければ一声掛ける程度のフレンドは何人もいる。ログインして暫く倉庫の整理をしていたらそのうちの一人に「ちょっと手伝い頼めますかー」と間延びした口調のチャットを頂き、私はロキシーを操作して得意の格闘剣士職で意気揚々とパーティーに参加した。
途中で二人ほどパーティーメンバーが唐突に増えたが、それは上限人数の四人でやっていなければたまにあることなので気にしなかった。参加と同時に「よろしいでしょうか!」とチャットを飛ばしてきた白魔術師の森人族の少女にはリーダー「アイテム集めの周回やってますがよろしいですか」と確認し、OKを貰えたので「出ないねー」「ほんとねー」「あっ出た」「おめでとー」などと言いながらわいわいクエストを繰り返した。
三人になってから数十分後、また一人野良参加のメンバーが増えた。しかしそちらの人はチャットが不得手なのかやたらとアバターをぐるぐる動かすばかりで「よろしく」「いこ」と言うばかりだった。
思い返してみると、この時点でそいつを疑うべきだったんだと心底思う。高レベルダンジョンに挑むレベル制限アリのパーティーに入り込めるほどレベルが高く、しかしまともなチャットができないプレイヤー。もちろんネットゲーマーが皆高速ブラインドタッチを習得しているとまでは思わないのでチャットが拙いこと自体はおかしくはない。しかし、それならそれで「タイピングが遅いのでチャットが苦手です」などの断りを入れるのが普通だ。その普通をしなかったプレイヤーを、私は感じた違和感を無視しないで疑ってかかるべきだった。
異変に気付いたのは、それから二、三のクエストを済ませた後だった。私がロキシーを剣士の格闘剣士にして前衛でボス敵と切り結んでいるとやたと小突かれモーションで攻撃をキャンセルさせられるようになったのである。
イストワールというゲームでは、基本的に同士討ちは発生しない。味方に攻撃を当ててもダメージが入らないようになっているためだ。だが痺れ状態や眠り状態という状態異常になった仲間をたたき起こすために攻撃の判定自体はあるようになっている。所謂「小突く」という効果が発生するのだ。もっとも、これを武器でやれば小突くなどという可愛らしい効果ではおさまらず、地上にメートルの高さに打ち上げられたりする。当然協力プレイをモットーとするゲームでは状態異常の解除目的以外でのこの行為は御法度である。当然だろう。いくらダメージが入らないとはいえ小突かれて当たり判定が発生し攻撃が中断されれば、多大なストレスをプレイヤーにかけることになるからだ。
高位ダンジョン『盗賊猿の巣穴』、第八階層。地下という暗い空間であるここはどうしてもキャラクターのグラフィックが見え辛くなる。ロキシーは普段藍色の鎧をつけているが、ここではそれは見えにくくなってしかたない。故にリーダーに許可を取り、極寒氷雪甲冑という火耐性のついた白を基調とした全身甲冑に着替えていた。
その、暗い空間でよくみえる白い体が、コンボモーションの途中で天高く吹き上げられた。
「あ、また」
咄嗟にアナログパッドを操作して後を見る。そこには格闘士がいて、この職業の基本装備である剛拳を振り抜いた姿勢で立っていた。考えるまでもなくロキシーが吹っ飛んだ原因はこいつである。森人族の少女の後に入ってきた、チャットのおぼつかないプレイヤー。
一度や二度ならまだ誤射で許されるだろう。だが、もう片手で数えられる回数を超えている。私は顔を顰め、攻撃キャンセルとともに吹っ飛んで転がり、挙げ句エリアチェンジしてしまったロキシーを見ながら素早くチャット欄を立ち上げた。
『妨害やめてください』
疑う心を理性で押さえ込んでいた分、それを失ってしまえばオブラートなどに包む余裕はない。コントローラーをあぐらをかいた足の中に落とし、流れるようなタイピングで必要最低限のコメントを打ち込み、パーティーチャットで送信する。コンマ一秒ほどの速度で打ち込んだ言葉は送信直前で思いついて入れたピッという主張音とともに画面に吹きだしの形になって表示された。
画面に現れた吹き出しを見ながら、ずざざ、と流れていったロキシーが土の上で体勢を立て直す前に手放したコントローラーを構え直す。追撃の妨害がくる可能性を考えて減速モーションが終わると同時に回避コマンドを打ち込めば、いつの間にか同じくエリアチェンジしてきたそいつが一瞬前までロキシーがいた空間にアッパーを打ち込んだ。エネミーに放てば打ち上げ効果のある一撃だ。
「やっぱり故意か」
連続で回避モーションを取る。もしも防御モーションを取れたら一度防御アクションを取って体勢を立て直せるのだが、運の悪いことに、今のロキシーの構成は格闘剣士。しかも、格闘剣士の中でもさらに防御を捨てた超攻撃特化スタイルだった。リーダーのタンクに甘えて職業構成を変えていたのだ。
それでも、防御を削った分効果の幅を回避に注いでいたのでそのプレイヤーからの距離が開く。充分開いた、と思った所で私はロキシーを攻撃に転向させ、一気に攻撃を叩きこんだ。といってもダメージを受けて死ぬわけではないのでタイミングよく通常攻撃の残撃を打ち込み、鋭角になったエリアの端に追い詰めてハメるだけである。
立ち上がろうとするが、立ち上がりきる前に吹っ飛ばされるアバターに、私は微かに顔を顰め、そっとコントローラーを机の上に置き、左手で覆い押しつけるようにしてコントローラーを掴んだ。小指と親指で左右のアナログスティック、薬指で十字キーと左上のトリガー、人差し指で右側の四つのボタンと右上のトリガーを操作する体勢である。こんなことをする人間が他にいるのかどうか知らないが、たぶんいないだろう。これは私がイストワール停滞期にあらかたのコンテンツをやりこみすぎて飽きてきた時「よし片手でダンジョン突破できるかやってみよう」と思いついてやり始めた操作法なのだ。これをやり始めた時は我ながら何を考えているのだと思ったが、今こうして生きているからあの時の時間と試行錯誤には意味があったと言えるだろう。
話を元に戻そう。
ハメ状態にして問題のプレイヤーを押しとどめつつ、私は右手でまたチャット欄を開き、喧嘩をふっかけてくる奴に見せつけるという意味も込めてリーダーにチャットを飛ばした。リーダーだけに話しかけるなら個人チャットでいいのだが、もう一人のメンバーにも状況を共有させるため、あとはパーティーに加入状態であるためにパーティーチャットを見られる地雷マンに見せつけるためにパーティーチャットを飛ばした。パーティーチャットを示す緑の吹き出しがぽこんと画面に現れる。
『妨害受けているのでちょっと抜けます』
ややあって、ぺこん、と返信があった。
『ぼうがい? ざこ?』
フィールドには大型モンスターと場を賑わすための雑魚エネミーがいる。その雑魚エネミーで手こずっているのか、と彼は聞いているのだ。
今のロキシーの構成でそれはあり得ない。確かにこのダンジョンは雑魚もかなり強いが、それ以上にロキシーの装備と私のプレイヤースキルは高い。だからパーティーリーダーは疑問系で聞いているのだろう、それは真か、と。嘘じゃないのか、と。
その不審は、裏返せば私『達』への信頼だ。私は顰めていた顔に少しだけ笑みを戻しつつ、キーボードの上で右手を踊らせた。
『いえ、PTメンバーのキリュウって奴から喧嘩売られてるんです』
キリュウ、というのが私を攻撃してきた相手だった。レア度だけがやたらと高い武器と防具を着ている人間族の男だ。
タンッ、と音を立ててエンターキーを押す。押し出されたメッセージが届き、今度はすぐに返信が来た。
『え』
『FFののけぞり効果を使って攻撃を妨害されまして。で、おっかしいなって思ってたらあからさまに自分をつついてきているんですよ。たぶんこいつ地雷ですので、自分が受け持っておきます。その間にイワさんとドランジェさんで耐えてください。後から合流しますが、倒しても素材は全部譲りますので』
イワさんとはパーティーリーダーの「イワトビ」のことであり、ドランジェさんとは森人族の名である。今日のパーティーは盾役がイワトビ、回復役がドランジェ、ロキシーとこの地雷マンが攻撃役という理想的なパーティーだった。だがロキシーと地雷マンが別エリアに移ったことで攻撃役がいなくなり、戦況がぐだるようになる。死にこそしないが敵の体力を削れず倒せなくなるためだ。
だが、ぐだると終わるは全然違う。終わらなければ問題ない。こいつが自分から抜けるまで延々つついてやればいい。
そう思った私の口の端には、きっと酷薄な笑みが浮かんでいたのだろう。最後にリーダーから『了解。後できかせて』という短いチャットを受け取った後、私はコントローラーを両手に持ち、それから地雷マンをお手玉にしてあげた。
攻撃、のけぞり、攻撃、ふっとび。起き上がった所で打ち上げ効果のある大剣での切り上げに、二段ジャンプで追いついた後にさらに切り上げ攻撃。着地モーション後少し離れて突進コマンドのある槍に持ち替えてはね飛ばす。ごろごろ転がった先に雑魚エネミーが居たのでわざと追撃をやめてやれば、私へのヘイトを溜めていたそいつは私に襲いかかろうとして、その背後から雑魚エネミーに吹っ飛ばされてごろごろと転がっていった。
そんな感じで、お手玉をして遊ぶこと暫く。クエスト中にフレンドとやったじゃれ合いという名のどつきあいの経験もあり華麗にお手玉を続けていると、不意にそいつが消えた。僅かに遅れてチャット欄のシステムチャットのコーナーにぽこんと『キリュウが離脱しました』という文言が出てくる。そこでコンボを止め、私は「変なもんに絡まれたなぁ」という呟きとともに展開していた打ち上げ中心の武器種をアイテムパックに仕舞い直し、『戻りますー』と言ってパーティーメンバーの元に戻った。戻った先で盾役と回復役がボス相手に粘っていたので、申し訳ないと思いつつ、得意の大剣を振りかざしてボスに襲いかかり、瞬殺してやった。もちろん宣言通りドロップしたレアアイテムを譲り渡したのは言うまでも無い。
おかしな人におかしな攻撃を仕掛けられてやり返した、その翌日。イストワールにログインすると、あまり利用されないメール機能が仕事をしていた。なんだと思って開けてみると、そこにあったのは仲良くしてくれているフレンドから「今晩会えないか」というゲーム内でのお誘いの文。その文面がなんだか少し硬いような気がして、気になった私はすぐに彼の『家』に跳んだ。
転送コマンドを選択し、待つこと少し。ロード画面の次に画面全体に表示されるのは、イストワールではたまに見かける純和風のインテリアで満ちた空間。所謂マイルームという奴だ。無課金ユーザーでも使えるマイルームを、このマイルームの主は課金して『部屋』から『家』にまでランクアップしてある。その分広く造り込みの幅が広がっている中に小走りで入ると、真ん中の部屋のちゃぶ台の所に座っている隻眼のおじいさんのアバターが座っているのが見えた。
『こんばんわ』
ロキシーを見て、チャットの吹き出しがぽこんと出てきた。
『こんばんわ』
挨拶を返しつつ、ちゃぶ台に向かう。流れるように位置を微調整し、胡座のモーションを選んでロキシーを座らせる。生憎アバターを最大身長にしているために体が大きすぎて膝がちゃぶ台のポリゴンから飛び出してしまったが、ゲームでのお約束なのでそれには見て見ぬフリをする。そうなるのがお約束なら見逃すのもお約束なのだ。
腰を落ち着けてすぐに私はメールの用件を聞いてみた。
『メールを見ました。お話とは一体なんですか?』
疑問を放つと同時に小首を傾げるモーションを打ち込む。こて、と首を傾げたロキシーに「うん、うちの子やっぱかわいいわ」と親ばかを炸裂させていると、言いにくそうな雰囲気を醸し出しつつ、おじいさん――私が懇意にしている高位の鍛冶師が話し出した。
彼の話は昨日私が遭遇したおかしなプレイヤーについてだった。思い出したくない奇人の話だったので思わず顔を顰めてしまう。だが、聞き始めてすぐにそんな顔をしている場合じゃないことがわかり、私は思わずリアルで小さく叫んでしまった。
「配信だと……!?」
フレンド曰く、昨日のプレイヤーは界隈では有名な所謂「地雷」とか「荒し」とか言われるプレイヤーなんだそうな。その地雷っぷりは私が遭遇したプレイ中の妨害行為ももちろん、プレイ中の罵詈雑言、インターバルが設定されているために使用のタイミングを見極めなければいけないフィールドギミックの乱発、意味の無い文句をチャット欄に打ち込み続ける、報酬の全取り、倒したボスからの採取の妨害など多岐にわたるらしい。それを当人は「自分は正しいことをしている」と信じてやっているというのだから恐ろしい。しかも、あろうことか、その様子を、共にプレイしている人間に無断でネット配信しているそうなのだ。
通常、ゲームの配信行為は運営が作った公式で配信が認められたフィールドでやるか、それか同じパーティーメンバーに許可を取った上で配信するかの二つに分けられる。というか、それ以外での配信はありえない。無断で配信するなどマナー違反で完全な迷惑行為だからだ。普通に街を歩いていていて動画サイトで生放送をしている人間に顔を映されたら誰だって嫌だろう。そういうことである。
だというのに、昨日の奇人はそれを堂々とやっていたらしい。しかも、その配信の中で私はクエストの最中にその人に誤って攻撃を当ててしまったそうな。で、その人は自分の攻撃をキャンセルされたことにキレて「正義の鉄槌」とか言って攻撃していたらしい。
『だからあんなにしつこかったのか……ていうか、平蔵さんそれ見てたんですか……』
この鍛冶師は剣の作り込みに特化した、鍛冶師の中でも刀匠という職をしている人である。無数に存在する武器防具の強化プランの中から依頼者に最適なもの、あるいは依頼者の求める通りのものを作り上げることができる、界隈では有名な方らしい。当然それは相応のやりこみ時間に応じたもので、彼もまた、私と同じβ版からのプレイヤーである。
そんな方と私が知り合ったきっかけは以前討伐した金色骸竜の魔石をゲーム上の自分の店で販売していた所に彼が値切り交渉のために接触してきた時である。所属している鍛冶師チームで作る巨大武器のためにどうしてもそれが必要だったそうな。当時の金色骸竜の魔石が売られているマイショップはチームショップで売られているものばかりで、恐ろしいほど高値だった。ギルド資金を吐き出しても足りない値段が付けられていたのだ。さらに、チームショップでは値切り交渉がほぼ不可能。合成で作れるものではないため自力で手に入れるなら直接モンスターを狩りにいかなければならないが、鍛冶師のチームでは戦力不足でまず不可能。どうしたもんかと迷っていた時に、彼らは唯一個人ショップで当該魔石を販売していた私を発見した。当時うちではチームショップで売られているもの以上の高値をその魔石につけていたのだが、個人ショップなら値切り交渉ができる可能性があると鍛冶師チームは読んだ。そうしてチーム代表として私の所にやってきたのがこの平蔵さんだった。
彼がきたその時、私は丁度課金ガチャでロキシーに『誇り高き赤のなび風』というアイテムを当ててほくほくしていた。後頭部に付ける兜用のアクセサリーで、色変更自由な長い馬の尻尾型の房飾りである。どうしても欲しかったそれを神引きで当てた私はとても気分が良く、ギルド資金を預かって持ち出してきた彼に『そんなことはよくて』『見て下さいこれかっこよくないですか』『尻尾かっこいいでしょ! でしょ!』と詰め寄った。それに平蔵さんは驚いたが、かっこいいのは事実だったらしく、冷静な言葉でロキシーの姿をかっこいいと褒めた。そして当時の私はそれに気分を良くし、『あなたいい人ですね! 魔石ほしいの? いいよ! かわりにともだちになって! かっこいいでしょこれ!』というアホ丸出しのチャットを送ってフレンドになり、彼は三百億というゲーム内マネーを全く消費せずに時価一兆五百億のアイテムを手に入れたのだった。当時彼は私を相当変な人だと思ったらしい。だが、私がロキシー愛でまくり、ロキシーを愛でるためだけにせこせこ武器やら防具を整えているのを見て、私を気に入り、幽霊フレンドではなく身のあるフレンド関係を築き上げるようになったのである。
長くなったが、彼との付き合いはこんな感じではじまり、今に続いている。この年単位の付き合いの中で、私は彼を常識のある大人であると感じていた。実年齢がどうかは置いておいて、少なくともゲームではちゃんと礼節をわきまえられるし非常識なプレイに眉を顰める常識のある人だと思っていた。あと、ロキシーを愛でるあまりたびたびゲーム内マネーの金銭感覚が崩壊する私を適度に諫めるだけの常識も持っている大人な人間だと感じていた。
だが、彼は私に妨害を仕掛けてきた地雷マンの配信を見ていたという。人としてやっちゃいけないことをしている人の配信を、見ていたと言う。そんな趣味があったのか、と思ったのは仕方の無いことだろう。
ほんの少しだけ非難する気配を混ぜてしまった私のチャットに、彼はご丁寧に首を横に振るモーションを挟みながら否定の言葉を紡いだ。
『俺だって最初から見てたわけじゃないよ。フレンドに問題プレイヤーのヲチが趣味の人がいてさ。その人が「近年稀に見る発狂っぷりが面白いから見ろ」って動画のURL送ってきたんだよ』
『いい趣味してますねその方』
『まあね。で、しつこいからお義理で一応見てみたらロキシーさんがハメてるんだもん。びっくりしたよ』
『驚かせて申し訳ない』
『いやいや。で、そいつ結構粘着しそうだったそうだから、ロキシーさんに早めにそいつをブロックした方がいいって教えといた方がいいなって思ったの。ロキシーさん、あの人がそこまで変な人だってわかってないでしょ、配信みてないから』
『おお』
ご友人はいい性格しているが、同じくらいいい性格もしている人だったらしい。ゲームでは楽しみたい派の私は平蔵さんの助言に素直に頷き、昨日のプレイ履歴から地雷マンを探し出し、流れるような手つきでブラックリストに叩き込みブロックした。誰だって自分にとっての危険人物が再接触してくる可能性があると聞いたらそうすると思う。
しかし、縁や執着というのは恐ろしいもので、この数日後私は件の地雷マンと嫌な再会を果たすことになった。私がフレンドと楽しくやっている時にいきなりオープン状態のパーティーに入り込んできたのである。ブロックしたのに何故、と思ったが、すぐに理由がわかった。リーダーが私ではなくフレンドだった故にブロック効果が発動しなかったのである。
名前を見て「やばい」と思いすぐにフレンドに警告しようとしたが、その前に、そいつは敵意百二十パーセント増しの状態で私に突っかかってきた。生憎チャットはブロック効果で見えなかったが、執拗に追いかけ回され、リーダーがパーティーから追い出してもマルチエリアで着いてくる始末。どうにも面倒だったので、私は逃げるのではなくこいつの心を折る作戦に移行することにした。
しつこく攻撃してくるそいつのブロックを解除し、PVPでガチンコ対決しますか? と誘いをかけたら乗ってきたのでリーダーに断りパーティーを脱退して移動。そうしてPVPコンテンツでロキシーノーダメでフルボッコしてやると、そいつは暫く棒立ちになった後、黙って消えたのだった。なんとなく私もどこかでやっている配信動画を見たほうがいいのかな、とも思ったが、罵詈雑言を言っている人間の声など聞きたくなく、また、そんなものを聞かなくてもフルボッコにできたので私は結局配信を一度も見ずにそいつを葬り去った。
『ロキシーさん、やっぱり強いね』
PVPエリアから戻ってきた私にしみじみと言ったフレンドに、私はロキシーに肩をすくめさせて答えとした。
◇◇◇
某動画配信サイトの、ゲーム配信タグ。それに今、急激に視聴者が増えている動画がある。
それはかつてあった有名な地雷プレイヤーがこてんぱんにたたきのめされる様をおさめた、所謂「ザマァ」「スカッと」系に属する動画である。当然撮影者自身がザマァ動画として配信していたわけではない。配信を録画していた人間が、ネットに後からアップロードしたものである。
動画の中で撮影者は他所のパーティーに挨拶もそこそこに参加した。参加された方のプレイヤーはまさかこの景色を無断配信されているとは知らずにのんびりとリアクションをしている。気安く穏やかなボケとツッコミのやりとりが展開される中、撮影者の男はまるで己が神にでもなったかのような上から目線でその軽快なやりとりをあざ笑っていた。
だが、あざ笑っていると考えていたのはおそらく当人だけである。視聴者の多くは、男が「うわアホくさ」「はいばーかバーカ」と三人のパーティーメンバーを笑う声に、それに混じれぬ悔しさや屈折したあこがれのようなものがあると見抜いていた。
クエスト開始とともに、四人がフィールドに降り立つ。ダンジョン探索の最中でボスとエンカウントして戦闘が発生し、男も戦闘に参加する。だがその立ち回りはダンジョンに見合った動きとは到底言えぬお粗末な立ち回りであった。
動画のコメントに「へたくそ」「レベル一からやりなおせ」などの言葉が流れてくる。男はそれを嫉妬故のコメントと判断し、甲高い耳障りな声で爆笑しつつ、調子に乗ってモンスターにがむしゃらに攻撃しまくった。そんな中、モンスターの挙動で位置取りがズレ、とあるパーティーメンバーの攻撃範囲に入ってしまった。もちろんそれを攻撃モーションの最中であるメンバーが避けられるわけがない。男のキャラクターはあえなく吹っ飛ばされ、地面を転がった。
――ざまぁ
――へたくそ
――サッカーかな?
一気に加速した心ないコメントに、へらへらしていた男の声が一段階甲高くなる。何を言っているのか聞き取りにくい罵声とともに、男は敵の討伐を放棄し、己を吹き飛ばした相手に執拗にやり返し始めた。そんなことをされれば当然モンスターに集中していたメンバーは吹き飛ばされることになる。
――かわいそう
――とばっちりやばい
――ロキ被害者www
ロキソプロフェンというキャラクターネームは長すぎるのだろう。ロキ、と略された名前でコメント欄が埋まる。一分もしないうちにコメントはロキ頑張れ主落ち着けという配信者の意にそぐわぬものになり、配信者は甲高い声で叫びながら意味不明な言葉をわめきつつ攻撃を繰り返した。
だが、いつまでもそうしていれば相手だって害意があることに気付く。気付いた後の行動に、視聴者のコメントは驚きで染まった。
――何この人上手すぎ
――これこそが本物のサッカー(確信)
――PVP経験豊富なのかな
――どっかのゲームの戦争部屋主とかかってたんじゃないかな
――兄貴だ
――ロキ兄貴かっけぇ
攻撃しながらのチャットでは、敢えてだろう、パーティーチャットで発信された「自分はこいつの相手をするからボス報酬はいらない」という旨のコメントが飛び出し、その潔さにまたコメント欄が賞賛で湧いた。この時彼らが討伐していたのは氷雪竜クケロドン。名前のシンプルさの割りに討伐が難しく、かつレアドロップが渋い敵だったのだ。報酬の放棄が割りに合わぬ敵であることは明らか。だというのに、貢献できぬから、と断ったその姿は、見目も相まって誇り高い騎士像を視聴者に抱かせた。一部の視聴者は隙の無いハメ技の間に流れるようにチャットが飛ぶのを見て「こいつは腕が四本あるのか?」などと思ったりもした。
驚くほどのプレイヤースキルに、礼儀正しいコメント。途中まで見ていた戦闘も危なげない立ち回りだった。それにコメント欄が湧き、配信者の狂気狂乱が絶頂を迎えた刹那。、配信者は(おそらくは)発狂の末パソコンの電源を落とし、逃亡した。
その数日後に、タイトルを「絶対アイツぶち頃す」と題した配信が立てられた。配信主はあの発狂プレイヤーである。配信主はロキソプロフェンをしらみつぶしに探すというある意味情熱的な探し方をし、見つけた挙げ句にパーティーに堂々と入り込むという偏執的な狂気を見せた。
絶対殺す。
絶対に謝らせる。
しねしねしねしね。
テメェ俺が勝ったらなんでもいうこと聞けよ。
俺は強いんだよ!
今時小学生でも言わないであろう、残念な罵詈雑言と、それを見て盛り上がる視聴者達。視聴者達はこのロキソプロフェンなる人物は完全なる被害者であり、さらに配信行為も知らないだろうと察していた。そして、この人間の、狂気に染まった人間に粘着された不幸を、娯楽として楽しんでいた。
その楽しさが絶頂を迎えたのは、粘着する配信者にロキソプロフェンが頷き、PVPコンテンツに彼を誘った時である。このコンテンツはあまり好んではいないのか、『道場』と呼ばれる施設に入った時に彼に与えられた道場専用職業・修行者のレベルは配信主よりも低かった。だが、試合開始と同時にそれがどうしたと言わんばかりのコンボからのハメ技が炸裂し、五分後にはロキソプロフェンはコメント欄が静まりかえるほどの恐ろしいプレイヤースキルを持って配信主を倒しきっていた。しかも、一打も当てられることもなく。その後この配信主は配信世界から姿を消した。
この後、イストワールのゲーム動画配信サイトで、ロキソプロフェンという名はそこそこ有名になった。この冷静かつ無慈悲な蹂躙が視聴者にウケ、キャラクターイメージが作られ、ファンアートが作られるまでになったのである。その中でロキソプロフェンは超凄腕の戦士であり、やろうと思えばなんでもできるが性格が温厚故に滅多なことでは手を出さない優しい人、という絶滅危惧種もびっくりな珍しい聖人属性を与えられていた。
だが、ロキソプロフェンの中の人はというと、生憎絵や小説を書くといった創作活動は全くしない人間だった。それ故、彼女はいつの間にか増えていた自分のキャラクターの二次創作――しかもものによってはかけ算が発生するもの――を見ずに済んだのであった。それは奇妙な粘着者につきまとわれたロキシーの不幸の中の、ちいさなちいさな幸運であった。
メモ
白魔術師…所謂ヒーラー。味方を回復し、状態異常を治すことを専門とする。余程尖った構成でない限りどんなパーティーにもいる職であり、視野の広さから大体の場合においてパーティーリーダーを兼任している。
黒魔術師…所謂魔法アタッカー。大火力の魔法で一気に敵をなぎ払う、戦略兵器的存在。攻撃に振った分ものすごく打たれ弱いので盾役や白魔術師が必須。
吟遊詩人…バッファー。味方にバフ、敵にデバフをかけまくる。物理・魔法を問わず攻撃系との相性がいい。火力超特化構成だと火力役×1に吟遊詩人×3なんてこともあるくらい。




