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暢気小娘と全身甲冑のマイペース生活記  作者: へび
第二章 常識のドレスを纏う
23/26

チートな戦闘能力は仕方ない

 私達、とか言ったけど戦うのはロキシー一人だ。私なんて林檎の皮むきくらいしかできないからな。ネズミ型の魔物一匹狩れない私など冒険者と名乗ることすらおこがましいと思います。

 でも私は私で大事な存在だ。なんてったってロキシーの創造主(メイカー)なのだ。私はロキシーがいないと心がうきうきわくわくする大事なものが居なくなってぺっちゃんこになるし、ロキシーはそもそも私がいなければ存在できない。数日前に人生設計の参考にしようと思って「ねえロキシー、私がこの世界で風邪拗らせてぽっくり死んだりしたらどうしたい?」と聞いてみたらその日の夜は毛布を持ち込んでロキシーの鎧の中で寝ることになったからね。そんなん絶対嫌だ、を拗らせて鎧に飲み込まれるとは思わなかったわ。びっくりだったわ。そのリアクションが嫌じゃなかった自分に一番びっくりしたわ。

 私とロキシーは別の存在。でも別たれることはできない存在。だから二人で行動する。一人と一体で行動する。それが私達の在り方で、だからこそ、私はロキシーを『自分の一部』として認識し、その力の強さを信じるし、利用するし、大いに誇る。

 私の誇り高き騎士君。私の最愛の息子君。彼にかかれば森の奥からやってくる人食いの獣なんてお坊摂取に覚えてかっちんこちんに固まったわんちゃん以上に弱い存在である。

「ロキシー」

 二本の足を交互に出して風を切って走るロキシーに話しかける。抱き上げられた状態で、足を腕と胴体で挟むようにして抱えられているのでロキシーの顔はすぐ側にある。故に風の心配もいらずに普通の声量で話しかけると、ロキシーは「なあに?」と少しだけ間延びした声で聞き返してきた。

 他に人がいる時、彼は聞き返す時「なに?」とか「うん」とか、「はい」と、ちゃんと発音する。けれど、私と二人だけの時は、甘えるように間延びする。それがはっきりしてきたのはここ数日。甘えてよいのだ、甘え方というのはこうなのだ、と学習したロキシーは、そうやって言葉の端に甘やかさを乗せてくる。

 それがうれしい。自分の最高傑作に肯定されて頼られているのがとてもうれしい。これからおっかない魔物と戦わなきゃいけないから本当は怖いはずなのに、ロキシーの間延びした声だけで心がぎゅんと沸き立ってくる。

 浮かぶ笑みを隠さずに、私はロキシーの頭に抱きつきながら言った。

「どきどきする」

「僕も!」

 人が死んだというのに。知り合いが三人亡くなったというのに。その事実から感じる怒りが、目の前の戦闘で高ぶる精神が、頬を熱くさせる。心臓を強く動かす。どくりどくりと滾る血が、沸き上がるアドレナリンが、毛細血管にまで隅々と大きな鼓動を響かせて全身を駆け回る。

 まるで、やっと作り上げた武器を携えて始めてクエストに行ったときのような。

 まるで、手に入れたばかりの最新作のゲームに、その世界に、足を踏み入れた時のような。

 見るもの全て、聞くもの全て、感じるもの全てが未知で新しい。それに私の心は高鳴って仕方ない。これからの戦闘に、血が滾って仕方ない。

 知人の弔い合戦なんだから真面目かつ悲壮な顔つきをするべきだと思うのだけど、そんな表情を作る余裕がないほど高ぶってしかたない。

 ああもう! と、抑えきれぬ興奮をバタ足でなんとか発散させているうちに私達は森の中に入った。まだ誰も来ていないようなので、血の臭いも荒らされずに残っている。まだ平穏な植物の優しい香りを肺腑に吸い込み、堪能しつつ、私は考えてみた。

「ロキシー、私はね、あれ、あなたの言うとおりスタンピードが原因ではないと思う。でも、そうしたら、原因は何だと思う?」

 このアブダの森は広大だ。話によると、この森を擁するトルマリン王国最大の森、かつ、その森の北側はエルフの居住地域に触れていてエルフの国との明確な境界線というものがないほどらしい。森の奥に境界線を引こうとも、奥には強大な魔物がいて、魔獣がいて、線を引く前に喰われてしまうからとのこと。

 そんな奥まで行けば確かにマンティコアのような見るからにヤベー生き物もいるだろう。でも、こんな、大きな街の側にまでやってくる程じゃあないと思う。

 ここまでやってきた原因として考えられるのは、本来の生息域にもっと強い生き物が現れたから、というものだろうか。ずっと前に発売された狩猟ゲームではそんな話がメインストーリーのプロローグに掲げてあった。

 でもこれはたぶん外れだ。だって、だったらもっとこう……なんか、他の生物だって騒ぎそうだもん。でも森の中に騒いでいる雰囲気は感じない。

「感じないね」

「でしょ。てことは、理由は違うと思うんだ」

「人間に、調査は、任せようよ」

「そっかぁ。考えてもわからないなら、そうするしかないよね」

 推理ゲームは好まなかった。私が好きなのはRPGアクションゲーム。戦ってなんぼ、知ってなんぼの冒険物語。推理は探偵と調査団にお任せしときましょう。

 ざざん! と大きな音を立ててロキシーの足が地面を抉る。その後盛大な原始的ブレーキで土を抉り飛ばしながら止まった先に、見覚えのある獣がくちゃくちゃとものを喰らう姿があった。

 もちろん食べていたのは『師匠』の肉体。それと、ロキシーが肉塊に変えた毛皮袋。それを美味そうにくちゃくちゃ喰らう者達の顔が、一斉に私達を見る。三頭いるそれは先程倒したのと同じマンティコアだった。不思議なことに、おっさんの顔のが一匹、おばさんの顔のが二匹いる。倒した奴がおっさん顔だったから、もしかするとおばさん顔のどっちかの旦那だったかもしれない。マンティコア達は真っ赤な口元をぎちりと歪ませ、おぞましい声で唸った。

「ごる、うご、ぉおおおあお……」

 お前がやったのか――そう言っているような気がした。

「ええ」

 頷くと同時にロキシーから飛び降りる。ここまで来て何だけど、私は物理的にはマジで戦えないからね。側にいることしかできないからね。でも側にいることこそがロキシーの力になる。だから私は側にいるし、ここに留まる。私が彼の行動の責任者になるのだ。


 この世界に生きる者をロキシーが屠るなら、その咎は全てこの私が背負おう。

 この世界に生を刻む代わりに、刻まれて消えるもの達の怨念を、いただきますの精神で喰らい飲み込み飲み下そう。

 それが生きると決めた私の行動で、それを為すのが私のアバター(化身)たるロキシーだ。私の決定、私の選択、それを実現させることこそが彼の存在を確定させる重要なファクターであり、これこそが彼の存在意義にして生の糧なのである。


「ロキシー」

 手を上げる。人差し指以外を握り込み、人差し指だけをまっすぐ伸ばして、生を危うくする者達を指し示す。

 そして叫ぶ。赤子が生まれた瞬間に上げる産声と同じくらいの声量で。


クエストの始まりだわたしたちはここでいきる!」


 瞬間、ロキシーの体から、ぶわりと黒い粒子のようなものが舞い上がった。瞬間的に現れた竜巻の中に飲み込まれるようにして彼の姿が見えなくなる。なんぞと一瞬思ったが、それを口にする前にその竜巻は晴れた。

 晴れた後に現れたロキシーは、見た目こそ変わっていないものの、その雰囲気は少しだけ変わっていた。


 ――毒耐性・全


 ふと頭に過ぎった言葉から察するに、どうやら今の一瞬で気合いとともに能力向上のアクセサリーを付け変えるかなんだかしたらしい。竜巻とは関係なさそうなので、竜巻のエフェクトがただの気合いなのだろう。

「まずは、一匹!」

 いつの間にか、彼の手には見慣れた剣が現れていた。幅広の大剣。巨大な生物の骨から削り出したかのような自然派素朴なデザインで、柄の所に補強用の革が幾重にも巻いてある。補強用の木材がとってつけた感があって、正直言って今のロキシーの最強防具とは合っていない。

 この大剣の名前は『骨大剣』。そのまんま過ぎるネーミングなのは、期間限定で実装される武器や特典武器以外の全ての武器がこの武器の強化系だからだ。イストワールというゲームは武器そのもののドロップでは武器に愛着が湧きにくかろうということで、武器に「進化」という要素を与えたゲームであった。たぶん鍛冶師(スミス)の活躍の場を作るためってのもあると思う。

 そして、この武器はその強化の一番最初に位置する武器。木でいうと幹の一番下の所である。故にこの武器はどの武器のベースにもなれるようシンプルなのだ。

 全ての基礎にして全ての母。万物はこれから派生しにけり。そう断言できるこれは、全ての基礎である故に攻撃力なんてあってないようなものである。大剣の中で最も攻撃力が低い。どれくらい低いかというと、レベルマ剣士の持つ剣の攻撃力が大体六千とかなのに対し、この武器の攻撃力は脅威の三である。そこまで小さいならいっそ一にしとけと思わなくも無いくそ雑魚ナメクジな攻撃力である。ね、低いってのがよくわかるでしょ。

 ロキシーがそれを敢えて取り出してきたのは、先程素手で戦ったから次はワンランク上げてみたいから、くらいの理由だろう。それでいい。そういう目の前の存在に対して真剣に舐めてかかっている辺り、とってもとっても私らしい。

「ハァッ!」

 気合いとともにロキシーが奔る。後ろに流れるようにして構えていた大剣を、マンティコアの口に囓られる寸前で足を止めて、慣性を生かすようにして振り抜く。

 支点たる足を土にめり込ませ、下から上に振り抜かれた大剣が、マンティコアの顔面に食らいついた。左顎の下から入った剣が、額の右上に抜ける。愚かにもロキシーを囓ろうとした不届き者は、かじりつこうとする体勢のまま血を吹きだしてどうっと地面に倒れた伏した。

 びしゃあああ……と、おぞましい血液がロキシーに降りかかる。地面に触れれば白煙を上げるそれを、ロキシーは何の影響も受けずに身に受けている。毒耐性・全が効いているのだろう。残り二匹が警戒の動きをする中でロキシーは暢気に武器の刃を見ている。私もつられて刃を見ると、そこには地面すら溶かす毒液に触れたというのに全く刃こぼれしていない大剣があった。

「……そういえば、骨大剣で一撃だね?」

 チュートリアルもびっくりな弱さだ。いや、それとも大剣の攻撃力を補って余りあるほど今のロキシーの防具とレベルで積んだ攻撃力がすごいのか? 何れにしろ、この大剣で見るからにヤベー生き物を屠れるなら、とりあえずは向かうところ敵なしだろう。

「ふむ」

 そんなことを考えていると、ロキシーが大きく後ろに跳躍した。飛び退いた所にマンティコアの棘が何十本も刺さっている。

「遠距離武器か」

 ロキシーが手を離すと、剣はまるで最初から幻だったかのようにふわりと消えた。代わりに、自由になった左手に弓が現れる。所持した武器の情報が登録される『武器図鑑』というものを埋めるためだけ(・・)に作った弓武器だ。無数にある骨系武器の派生の一つ、『陽ヲ穿ツ者』というもので、神性特攻が高い弓である。マンティコアはどう見ても神属性じゃあないからこの武器を使う意味はないように思える。だが、意味はある。大いにある。それは何か?

 私がこの武器の見た目が好きだからである。

 いやね、もう、真面目な話この武器のビジュアルめちゃくちゃ好きなのである。青×金の配色もいいけど、白×金の配色も神々しくて好きなのだ。

(光沢を消した白い弓に、金の装飾。真ん中にあるのは武器作成に必要だった太陽獣アラウラーの宝珠! あれを取るのに何匹アラウラーを狩ったことか!)

 神性属性の武器を作るために神属性の敵を死ぬほど狩らないといけなくて、途中から無心で狩っていた記憶がある。苦労して作った神々しい弓が素晴らしすぎて、ただただロキシーに装備させて試し打ちさせて何枚スクショを撮ったことか。その時は聖騎士っぽい全身甲冑に態々着替えて撮ってた気がする。弓使いのフレンドは『俺ですら作ってない武器をなんで大剣使いのロキシーさんが作ってるんですか……』とどん引きしていたなぁ。

 そんな微笑ましい思い出のある弓に矢を番え、ロキシーは矢を射た。射った瞬間矢が分裂し、棘を無くした個体と、機会をうかがっていた個体に襲いかかる。神聖な中にもどこか白痴の冒涜性を含んだ白色の光は、食らいつくような幻影を伴って豪雨のような音とともにマンティコアに突き刺さった。

「ご、ぎゃ、ァアアア!!!」

 断末魔というのはきっとこういうものなのだろう。か細くも壮絶な音とともにマンティコアの体が白い炎に包まれる。そのまま彼らは数秒暴れたが、やがて力尽きて倒れ伏した。

 後に残ったのは、切り裂かれた獣が一体と、ぶすぶすと黒煙を上げる獣が二体。それとロキシーと私と、犠牲者達だけ。

「……ふう」

創造主(メイカー)、お疲れ様」

 知らずのうちに息を止めていたらしい。殺気が無くなった戦場に濁った息を吐き出すと、労る声と手が伸びてきた。その手にかかっていたはずの血は、いつの間にか消えている。

「うん。ロキシーありがと。すっごくかっこよかったよ。流石私が育てた子」

「えへへぇ」

 嬉しい、と言うようにロキシーの鶏冠がゆらゆら揺れる。うーんなんだこの可愛い生き物。いや、不死竜種(アンデッド)?どっちでもいいか。どっちだろうとロキシーがかわいいことには変わりない。

 そんなことを思いつつ、遺体の周りに歩き出す。散乱した肉塊を少しでも集めておこうと思い、厚い革手袋を腰のポケットから取り出して装着しようと掲げる。

 だが、それを付ける前に、私は隅に落ちている見覚えのある革袋に気づき、眼を止めた。

 少し開いたその口から、分厚い紙束が覗いている。冒険者には少し不似合いにも思えるそれは、ジックートさんの鞄から出ているものだ。

「……」

 見ていいものか、悪いものか。寸の間迷う。迷ったら心の声に尋ねるに限る。

 私は眼を閉じ、心に聞いてみた。


 ――あの気になる紙束、引っ張り出して見てみていいと思う?


 ――気になったなら見てみるべきだと思う。目星ロールを省けたのは美味しいよね。


(後半ちょっと変なコメントだったけど……)

 結論は出た。瞼を持ち上げ、見つけた紙束に手を伸ばす。ずるりと引っ張り出してみれば、それは紙に巻き付けるタイプの革の手帳に入った日記帳のようなものだった。

 他人の日記を覗くのはどうかと思わなくもない。けど、もう亡くなった方のものだ。亡き漫画家の大御所などえっちな落書きも後生大事に保管庫に入れられるわ展覧会で引っ張り出されるわしているのでこれくらい大丈夫だろう。

 そう思って開いた日記帳には、彼らの――『青空の牙』の正体が記されていた。

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